三人寄らばバカの知恵〜怪異が出たならお呼び怪?〜

夏野YOU霊

1-1 バカと合コンと森の霊



 怪異。実際にはあり得ない不思議な現象やその様子を指す言葉。

 空を機械の塊が飛び交い、見えない電波が張り巡らされ、夜の闇さえかき消す明かりが灯るこの時代にも──それ・・は存在し続けている。



「おう! ふたりとも一緒か?」

『ふたりでいるけどよ……今テレビがイイとこだ邪魔すんじゃねェ! バカ野郎!』

『風呂出たところだ。ドラマはどうでもいいがレポートがある。何の用──』

「今すぐ双葉ふたばの森集合な! 西から・・・来い!」

『ハァ!? 何いってんだクソバカ!』

「じゃあな!」

『待ておま────』



 騒がしい電話の後、目の前の彼はこちらを振り返る。頭の上で束ねた日に焼けた髪。月明かりで白く映える頬の絆創膏。春先の少し冷えた風に鼻を赤くしながら彼はにしし、と笑う。


「これでよし!」


 彼の笑みを見て、僕はゆっくり息を呑む。それから、ずきずきと痛む頭を押さえ──彼と、向かい合った。そして、彼は口を開く。




「おれはユースケを信じるよ」

 




 ──事の発端は一時間ほど前に遡る──





 楽しげな声、響く笑い声。都会の明かりが離れた空の下、上へ下への大騒ぎ。煌々こうこうと燃えるバーベキューコンロを囲む、長机に並べられる皿、皿、コップ。中身のあるもの、空のもの、関係なく所狭しと並んでいる。そこに座る一同。人数は二十人と少し、ほどだろうか。胸に簡素な名札をつけて、話し込むものジュースを飲むもの──そして、ひたすら肉を摘むもの。


 そんな騒ぎようを少し離れた位置、後ろの方の椅子に座って眺める僕。簡易テーブルの上に置かれた、冷めきった肉を箸で突く。この机の周りには、僕みたいに俯いた大人しそうな男子しかいない。

 派手な男子や元気な女子は、バーベキューコンロの周りに集まっている。焼き立ての肉を摘みながら、楽しげな話に花を咲かせていた。




 親睦会──とは名ばかりの合コン。なんで僕みたいに地味で引っ込み思案な奴が呼ばれたのか、それは僕が一番聞きたい。

 大学に入って一年、僕は友達と呼べる友達もおらず、ほとんどひとりで過ごしていた。違う学部には同じ高校の生徒もいたが、高校時代も話したことがない人ばかり。

 それが先日、講義終わりに席を立とうとしたところ、いきなり声がかかったのだ。顔を見れば、小学生から高校までずっと同じ学校だった男子。

 だが彼とは、ほとんど話した覚えはない。向こうも絞り出して思い出したのだろう。何事かと焦る僕に彼は言った。「来週末、双葉ふたばのキャンプ場で親睦会やるんだ」、誘いの言葉。正直、聞き直した。



 先も言ったように僕は友達がいない。髪を染めたり、眼鏡をコンタクトにする度胸もなく、陰気臭くて地味な男子なのだ。それが嬉しくていざ来てみたら、このザマである。

 人数合わせでももう少し人はいるだろう。地味で陰気な奴を置いて、引き立て役にするつもりなのだろうか? 僕に知り及ぶことではない。



 全員胸につけた簡素な名札。合コンが始まってから早くも二時間ほど、時刻は八時を過ぎている。僕みたいに地味そうな──失礼だが、僕と同じ匂いを感じる人達だった──人達は、火から離れた隅っこの席を定位置と決めた。黙って帰るのも忍びないため、解散まではここで凌ぐ。




 この環境も十分息苦しいが……それ以上に僕を悩ませるのは、この場所自体の空気だ。

 ここに来てから、やけに頭が痛い。体が重い。春先の不安定な気候にやられているわけではない。ここに来るまではピンピンしていた。つまり、この場所自体に僕の不調の原因はある。

 ひとつ、心当たりがあった。だが、こんなことを周りの人に言って信じてもらえるわけもない。馬鹿にされ、笑われるのがいいところだ。もしかしたら、バーベキューという慣れないシチュエーションに緊張して具合が悪いだけかもしれない。そう自分に言い聞かせ、僕は立ち上がった。


 悩んでいても腹は減る。僕はおそるおそる火の方へ近づき、台に置かれたタッパーに視線をやった。台の側に人がいないことは先に確認済み。タッパーの中、おにぎりへ手を伸ばした。


「あっ」

「ん?」


 その手が、誰かとぶつかる。確認はしたが、甘かった。顔を上げる。

 日に焼け、茶色になりかけた髪を頭の上で束ねた男子。頬に貼られた白い絆創膏が印象的だった。やけにサイズの大きなモスグリーンの上着、その下には何故か「寺」と大きく書かれた白のTシャツ。彼は一声上げると、その手を引いた。


「わりぃ、取れよ」

「あ……いや、先にどうぞ……」


 僕が譲ると、彼はにっと口角を上げて笑った。おにぎりを譲る、たったそれだけのことなのに、彼は子供みたいに笑ったのだ。胸に揺れる紙、簡素な名札。そこに書かれた名前──「夕善喜」。……「ゆう」、「善喜よしき」? 読みはわからない。


「ありがとな! 変わりにやるよ、肉!」


 そう言って渡されたのは、こんもりと肉が盛られた大皿。その重みに驚いたが、こんなのは受け取れない。


「い、いいよ別に……。ど、どこかに持っていく用……だろう、し」


 机ひとつ分、どこかのグループに持っていく用のものを、僕みたいな奴が持って行っていいはずがない。そう返そうとした僕に、彼は首を横に振った。


「構わねえよ。それ、おれが食うやつだったし」


 ……この量を、ひとりで? 思わず目を丸くした僕に構わず、彼はぽんと手を打ち鳴らした。


「そうだ、お前が座ってるテーブル開いてるか? 開いてる席探してたんだよ」


 またしても、驚いた。彼のように明るく、はつらつとした人、友人に囲まれていてもおかしくはない。席なんて、いくつも誘いがかかっているのではないか? さらに酷くなってきた頭痛をごまかすため、大皿を台の上に置いて側頭部を叩く。こうすると痛みが紛れるのだ。


「いやー『お前がいると肉無くなる』ってこれ渡されて追い出されちまった!」

「ええ……」


 一体どういうことなんだろう。戸惑う僕に構わず彼は大皿をひょいと手に取り、背中を叩いてきた。


「行こうぜ! ええと……」


 そう言って、彼は僕の名札を見る。読めない名前ではないが、名乗っておいたほうがいいだろう。


結城ゆうき令助れいすけ……です。君は……」

「ああ、おれ? 名字は夕善ゆうぜん、名前はよし! よろしくな、ユーキ……」


 よし、変わった名だ。彼はふと言いよどむと、何かを思いついたように笑った。


「よし! 『ユースケ』って呼んでいいか?」

「え、ええ!?」


 僕の口から漏れた疑問符を肯定と捉えたのか、彼は自信満々に僕へ「ユースケ! 席どこだ?」と声をかけるのであった。

 ……つくづく、明るい人というのは僕みたいな奴には理解し難い。




 ──────




「へぇーお前教育学部なのか! 頭良いんだな!」

「そんなにだよ……それより、体育学部の方がすごいと思う……」

「スポーツ推薦がなきゃ終わってたレベルだぞこっちは」

「どんなスポーツが……得意?」

「んー特にこれってのはねえよ。高校の時から野球やったりサッカーやったり色々! 運動が好きっつーより体動かすのが好きなだけだし」

「僕からしたら充分……すごいな。僕なんて……なにも」

「まー人それぞれじゃねーの? この肉もらうぞ!」

「あっ……う、うん」



 隅の席に来てから三十分ほど。山のように積まれた肉をどんどん食べながら──僕や周りにいた地味そうな男子も食べていたが、彼の食べる速度と量はレベルが違った──いくつかの話をした。そこで驚く。彼と話すのはとても楽しかったのだ。


「写真のサークルだろー? おれにゃ無理だなー」

「でも大したことじゃないよ……町中で猫撮ったりしかしてないし……」

「今度見せてくれよ!」

「こ、今度!?」

「ん? 変なこと言ったか?」

「あ……いや、うん、よけれ……ば」


 人と話をしていると、「何を言っているのか聞こえない」や「話が遅くてイライラする」とばかり言われていた僕だが、彼はそんなことを一度も言わなかった。僕が言い淀んだり小さい声になったりしても、何も言わず待ってくれた。彼からどんどん話題を出してくれるし、こっちが返しやすい質問の仕方をしてくれる。


 皿が空になればすぐさま山のような量を抱えて帰ってくる。凄まじい食べっぷりに、見ていてこっちがお腹いっぱいになった。

 彼は俯いていた周りの男子達にも肉を配り、話題も配った。おかげでこの付近も盛り上がり始めている。


「腹いっぱい肉食えるのはいいよなー。二千円でこんだけ食わせてもらえるならなんぼでも参加するぜ」

「夕善君は……本当に、たくさん食べるんだね……やっぱり、体動かすから、なの?」

「かもなー。一緒に住んでるやつらは頭抱えてるぜ。『テメェの食費はテメェで出せ!』ってよ。ひでぇよなー」

「一緒にって……」

「おう、ルームシェア」


 さらりと言ってのけた言葉に、僕は唖然あぜんとする。ルームシェア、やはり彼は僕と住む世界が違う人だ。


「す、すごいね……」

「小学生の時からのダチでよ。ひとりは学校違うんだけど、一緒に住んでる」

「へえ……」


 それなのに、会話のキャッチボールなるものが目の前に見えた気がした。今まで全然うまく行ったためしがないのに。

 優しいわけではない。むしろかなりズバズバ言う。しかし敵意や馬鹿にする意図がないことは伝わる。


「主催のひとりが、おれらと同じ高校のやつでよー。おれと一緒に住んでるふたり、まとめて声がかかったんだ。ほら、あの赤い頭の」

「ああ、あの人……。僕はその、横のほら……プリンみたいな、頭の人」

「プリンって……中々いうじゃねーか」

「あの人、小学生のときから同じ学校で……でも、ほとんど話したことはないんだけど、ね。誘われて……」

「ふーん」


 主催集団はコンロの前に集まっている。見た目からして派手そうな人達。周囲には女子達も集まり、大賑わいだ。


「飯食えるっつーからおれは来たけど、他ふたりは嫌だって断ってな。ひとりはまあ、別の大学だし。もひとりはバーベキューってのが超だいっきらいでさー。速攻で断ったんだよ。あの赤頭半ベソで食い下がったけど、フル無視!」

「ははは……そのもうひとりは、ここの大学なの?」

「おう!」

「何部……?」

「確かー……法学部」

「へぇ……えぇ!?」

「頭はいいけどそれ以外終わってるからなー。ここに来てなくて正解だと思うぜ」


 人との会話が楽しいと、久しぶりに感じた。会話が弾み、楽しくなってきたそのとき──刺すような頭痛が、再発した 頭の内側を殴りつけるような、鐘が鳴り響くような、一点に集中した痛みが僕の思考をかき乱す。それをごまかすために、また側頭部を叩いた。その様子を、夕善君はじっと見ている。


「どうした?」


 箸を咥えて彼は言う。僕は申し訳無さを覚えて、言葉を濁した。ここで頭が痛いなんていうのは野暮だろう。


「いや、なんでもない……全然……」

「ふうん」


 彼はそれ以上突っ込まない。安心したそのとき、彼は肉を口に放り込みながら言った。


「一緒に住んでるツレに、偏頭痛持ちがいてよー」


 突拍子もなく……いや、あるのだろうかこの場合。彼は言った。


「そいつ、頭が痛くなってくると、痛むのとは反対の頭を叩くんだ。なんでも、叩いたらそっちに気が行くから、ずっと痛む反対側が軽く感じるんだってさ」


 その言葉を聞いて、どきりとした。正しく、今の僕そのものだ。彼は顔を上げ、その黒く丸い瞳で僕を見つめる。



「ユースケ、お前、頭痛持ちか?」



 彼の目に映る僕の姿は──酷く、間抜けに見えた。



「はーい! 全員注目〜!」


 響いた声に顔を上げる。そこには主催集団の中にいた、派手な茶髪の男が手を上げていた。


「えー、バーベキューも盛り上がっておりますが! ここでメインイベントの始まりだァ!」


 変なテンションで声を上げる。酒でも入っているのだろうか?


「えー、我々がこの合コ──ごほん、親睦会の舞台にこの双葉の森キャンプ場を選んだのは理由があるのでーす!」

「安かったからだろー!」

「はいそこ! チャチャ入れない! えー、それは! このキャンプ場に面白い噂があるからなのです!」


 身内同士のノリは見ていて疲れる。夕善君の登場により盛り上がり始めたこの近辺が、一気に沈む気配がした。


「それは────」

「幽霊伝説」


 意気揚々と息を吸い込んだ茶髪に割り込み、僕を誘ったプリン頭──もう、名前も覚えちゃいない──が、はっきり言った。

 その言葉、そして、一瞬目があった彼のにやけ顔。僕は、頭の奥が更に痛むのを感じた。

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