第10話 膨らむ住民

 ノイスとサイネスの人々が新サイネスに移り住み半年。

 近隣の村や町に通づる街道の目途も立たなければ、行商人の往来も滞っている。


 食料の不安がないとはいえ、流入が止まらない人々の群れ。

 当初はサイネスから離れていた人々が戻ってきたと思われていたが、亜人や獣人達も混ざり込んできている。

 人種であれば、まだまだ受け入れられたのであるが…。

 亜人、獣人達は町はずれに追いやられ、スラムを形成する事態になってしまう。

 メアリ達がなんとか彼らを手助けできないものかと行動を起こしてみるが、同族に追い返されるという悲しい事態を招いていた。


 メアリ達が追い返されて二、三日後。

 江田島師範の日課『江田島剣道道場』が広場で開催されていると、見慣れない亜人や獣人の子ども達が参加していることに気付く江田島。

「君たちはどこの子だい?」

 鍛錬を済ませ、解散した後、ルー達を使って、亜人や獣人の子たちに声をかける江田島。

 しかし、子どもたちは怯えていて話せる雰囲気ではない。

「ミユウ。

 すまんが、パンか何か食べ物を買ってきてくれ。

 タウス達も荷物持ちの応援頼む。」

「わかったわ、パパ。」

 江田島から財布を受け取り、弟たちを引き連れて買い物に出かけるミユウ。


 江田島は無理に話しかける事をやめ、静かに佇む。

 ルー達、亜人姉妹が子どもたちの傍にいて、身体をさすったり、何か話しかけたりしている。

「あ…あのぅ…先生…。」

 人種の若者が恐る恐る江田島に近づいてくる。

「先生、この子たちは、最近スラムに住みついた亜人、獣人たちの子どもですよ。」

「それがどうした?」

「あまり相手をされない方が…先生の評判も悪くなりますよ。」

「わしは、それでも構わんぞ!」

 それまで目をつぶっていた江田島が、キッと若者を睨みつけ、大きな声で怒鳴りつける。

「し、し、失礼しました。」

 若者は慌てて逃げ、子どもたちは動揺している。


「パパ!

 大きな声出しちゃだめぇ!!」

 末の兄妹、マユミの息子タケルと、メアリの娘アムに怒られる江田島。

「おぉ~、それはスマン。」

 自分と歳の変わらない亜人の子どもに怒られて、今まで『先生』と言われていた人種の大人が頭を下げる。

 不思議な光景に亜人や獣人の子どもたちが、コロコロと笑いだし、ルーが安堵の顔になる。


 折からのタイミングも良く、ミユウ達がパン菓子を持って帰って来た。

「さぁ、明日も来たら、このパン菓子を食わせてやろう。」

 そう言うと、ミユウとルーたちにパン菓子を配るように促す江田島。


 しかし、パン菓子を受け取った子どもたちは困惑している。

「大丈夫、おいしいから♪」

 子どもたちの前で、タケルとアムがパン菓子を頬張って見せる。

 ツバを飲む亜人や獣人の子どもたち。

 タケルとアムが頷くと、堰を切ったようにパン菓子を食べ始める子どもたち。


 中央広場にも、ぼちぼち人の流れが動き始める。

 亜人や獣人の子どもたちは、パン菓子のお礼を言うと、三々五々スラムの方に帰って行った。

「お母さん達に報告しないとね。」

「あと、明日はパン菓子じゃなくて、もっと元気が出そうなものを準備したいわね。」

 ミユウとルーが、母親顔負けの会話をしている。

 江田島はそんな娘たちを見て、幸せそうな顔をしている。


 ◇ ◇ ◇


 それから一週間、亜人や獣人の子供たちは、毎朝『江田島剣道道場』に通ってきた。

 よくよく見れば、ルーやミユウと同い年の子たちも居る。


 今日は江田島邸へ、亜人や獣人の子供たちを招待する事になっていた。

 中庭に通され、おどおどしている子供たち。

 最後の子供が入ったのを見計らい、中庭の扉を閉める江田島。

「よぉ~~し!今日はみんなで昼食会をする!」


 江田島の声に合わせ、しつらえたテーブルに料理が並んでいく。

 ミユウとルーが母親たちの手伝いをしていると、同い年と思われる女の子たちも、率先して手伝いを始めた。

「がんばって食うんだぞぉ!

 残っても困るからなぁ!!」

「はぁ~~い!」

 元気よく返事をして食べようとする子ども達。


「おい!!」

 江田島の怒鳴り声にビクッと固まる子ども達。


「いただきます。

 …は、ど~した。」

 江田島がいかつい顔には似合わないウインクをして見せる。


「いただきます!」

 ミユウ号令のもと

「いただきまぁ~~~すぅ!」

 子どもたちが答えるように叫び、笑いながら眼の前の食べ物を頬張り始める。


 食べ終わって、寝てしまう子もいれば、パティーの傍に座って絵本の朗読に興味を示す子。

 ミユウとルーと仲良く話し込む同い年と思われる女の子たち。

 ミランダと着せ替えではしゃぐ子。

 そして、息子・娘たちと一緒に鬼ごっこなどで遊びまわる子。


 みんなが、それぞれに穏やかな午後を過ごし、江田島が穏やかな眼差しで、そんな中庭を見ている。

 そこへお茶をもってクローネとメアリがやって来る。

「賑やかよね。」

「クローネ、子供たちはこのぐらいの活気があるものよ。」

「そうだな…

 子供は国の宝だ。」

「あらあら、ゴンゾーさんたら、他人事ひとごとみたいに…。」

「私達との子供を作る事、お忘れなく。」

「は、はぃ。」

 二人メアリとクローネの前では、借りてきた猫になる江田島さん。


 さて、三人がお茶を飲み一服した頃。

「ねぇ、メアリ、どうしましょう。

 お金はそこそこあるんだけど…。」

「食料の確保がちょっと大変よねぇ。」

 江田島に聞こえるように、中庭を見ながら世間話を始める二人メアリとクローネ

「どういうことだ。

 クローネ?」

 江田島が二人の方に顔を向ける。

 二人も江田島の方に顔を向ける。

「行商人が来てないでしょ。

 野菜などは何とかなるのだけど、穀類がねぇ…。」

「まぁ、お芋があるので、代用は何とかなるけど…。

 小麦にしても、収穫にはあと半年はかかるし…。」

「人の増え方も、予定外というか…。

 その…。」

 二人が口ごもり、中庭に顔を向ける。

「そうか…

 行商人を何とか出来れば…か。」

 江田島も中庭に顔を向ける。


「結局、この前空で話した通りよ。

 街道を作るか、ディノシス達を森から追い出すか…。」

「ふむぅ…。」

 いろいろと思案する三人だった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜…。

 くだんの子供たちの親たちがクローネの店にやって来た。

 江田島と共にクローネとメアリが出迎え、パティーの喫茶店で話すことになる。

 各々、適当な席に座ってもらった上で、代表者を紹介してもらうメアリ。


 代表とおぼしき猫耳の男性が、手を上げたのを見計らい、江田島たちの正面席に座ってもらった。

 席に座ると男性は、ポツポツと話し始める。

「我々は、シプロアのとある村で働いていた農奴です。

 ある日、東シプロアから現れた騎士達に拉致され、この地方の森に生息する魔物のエサとなるべく連れてこられました。

 ただ、連行してきた騎士が街道を下る途中でモンスターに遭遇するとあわてて逃げ出してしまい、我々も犠牲を払いながらも、なんとか隙を見て逃げてきました。」


 江田島は黙って目をつむり、話に聞き入っている。

 メアリとクローネは頷き合い、男性に話しかける。

「で、どこでここの事を?」

「街道傍に村を見つけましたので、そこに行きましたが、誰もいません。

 ただ、馬車による大量移動の跡が確認できたので、それを頼りにここまで来ました。」

「なるほど…

 それで、これからどうされるんですか?」

「私達もここに来て一ヶ月程度しか経っておらず、どうしたらいいのか悩んでいます。」

 そう言って、男は黙り込んでしまう。


「とりあえず、重鎮に合わせてみては、どう?」

 目をつむっている江田島の方に向き直り、メアリが言えば

「もう、彼らにも合っているんじゃないの?」

 とクローネが嗜める。


 ゆっくりと目を開け、男性を見据える江田島。

「わかった。

 明日、私と重鎮たちに合ってもらおう。

 メアリ同行を頼みたい。」

「わかったわ。」

「では、貴方にも、面会いただくということでいいかな。」

「わかりました。」

 男性は頷いた。


 江田島は喫茶店の外にいる幾人かにも目をやり。

「彼らにもお茶を飲んでいただこう。

 少しくつろいでから、帰ってくれ。」

 そう言って、席を立ち、喫茶店を出る江田島だった。


「どうぞお座りください。」

 パティーが外にいた人を案内し、お茶を出していく。

 メアリとクローネもパティーを手伝って、彼らの給餌をするのだった。

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