第12話・冒険者というもの

「……ここの倉庫にくるのも久しぶりです。最後に使ったのは、3年ほど前だったのでしょうか」


 魔導レンタルショップ『オールレント』裏にある倉庫。

 その一番左にある倉庫の両開き扉を開けると、レムリアは中に入って必要な装備を探し始める。

 基本的には、ここにある装備などレムリアには必要がなく、仕事で必要なものはその都度、エリオンが転送魔法陣でレムリアの元に転送していたから。

 だが今回のようにダンジョン探索や素材採取の仕事があった場合、あらかじめ必要な装備をアイテムボックスに収めるようにしてある。

 エリオンが作ったアイテムボックスの術式は、その中に収められている装備品を瞬時に装備できる『換装』というコマンドが使えるように改良されている。

 それ以外にも指定素材の時間停止処理、魔獣などの自動解体など、冒険者にとっては喉から手が出るほどの効果が含まれている。

 これと似たような効果は店舗で貸し出している『冒険者用アイテムバック』にも付与されているのだが、こちらは一般用のアイテムバックよりも割高になっていた。


「エリオンさまの依頼……さて、どこまで潜ればこの素材にたどり着くのでしょうか。詳しい情報を冒険者ギルドに尋ねた方が良いかもしれませんね」


 一通りの荷物をアイテムボックスに積み終えると、レムリアはその足で冒険者ギルドへと向かう。

 そもそも冒険家者ギルドはオールレントの左に建つ冒険者酒場のさらにとなり、この場所からなら5分程度でたどり着く。

 そして大勢の人たちが出入りしている冒険者ギルドの入り口を潜り抜けると、レムリアは受付カウンターを探し出し、そこへと向かっていく。

 彼女が店内に入って来た時、入り口近くの丸テーブルで打ち合わせをしたり依頼終了後の報酬の分配をしていた冒険者たちは、この場所には似つかわしくない彼女を見てほくそ笑んでいた李舌なめずりしつつ品定めをしているものさえいたのだが。


「お、レンタル屋の嬢ちゃんか。何か素材採取の依頼でもしに来たのか?」


 オールレントに入ることが出来た客などは、彼女がオールレントの従業員であることを知っているため、そう気軽に話しかけてきた。


「いえ、私が採取に向かいますので。ダンジョンに入る前に、必要素材の有無について確認しに来ました。では失礼します」


 丁寧に返事を返して頭を下げると、レムリアはカウンターへ移動。

 その姿に彼女を知る冒険者たちは。


「え……自分で採取しにって……あそこは許可がないと入れないんだが」

「冒険者でも雇って同行するのか? そういうのもありだったからなぁ」


 などなどと、気楽に雑談を始めていた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」


 受付では、レムリアを依頼人と見て丁寧にあいさつを行うのだが、レムリアも軽く頭を下げて一言。


「ダンジョンに素材採取に向かいたい。この素材は第何層で入手可能か教えて欲しい」


 バッグからメモ帳を取り出し、素材の名前を一つ一つ告げていくのだが。


「お、お待ちください。素材採取依頼ではなく、自分で取りに行くというのですか?」

「そう。だから場所を教えて欲しい。可能なら資料室の閲覧許可も貰えると嬉しい」


 レムリアは相変わらずの無表情。

 そして自分で取りに行くと聞いて、受付をはじめ彼女に興味を示した冒険者たちは聞き耳を立てている。


「まず、ダンジョンへ素材採取に向かうには、冒険者ギルドに登録している冒険者もしくは騎士団に所属している必要があります。また、現在確認されているダンジョンの階層は第8層、駆け出しの冒険者ではそこに到達することは不可能かと思われますが。冒険者登録をなさいますか? どこかのベテランパーティに参加できるのなら、第5層ぐらいまでは到達可能かと思われますが……」


 そう告げてから、後ろの棚から資料を取り出す。


「貴方が必要としていた素材の一つは、第7層のケイオスタラテクトの体内にあります。ですがもう一つについては、現時点では確認されていません。もっと下層の魔物素材である可能性があります」

「わかった。ではいってくる」

「お、お待ちください。冒険者登録をしないと入り口ではじかれますよ」


 そうレムリアを止める受付。

 するとレムリアは首から下げてある青銀色のドックタグを取り出し、受付嬢に提示する。


「私は冒険者として登録してある。これじゃあだめ?」


 レムリアが提示したものは、この大陸ではなく別大陸の冒険者登録証。

 ツシマ大陸の冒険者証は薄い金属プレートに魔石を組み込んだもの。

 だが、レムリアの持つドックタグはエッゾ諸島連合の冒険者タグ。

 もともと冒険者登録は古代魔導具である『刻印製造機』によって作られており、形状は大陸によって異なるがその仕組みは全て同じ。

 魔石に登録されている魔力波長と所持者の波長を確認することで、本人登録が可能である。


「……このあたりの登録証ではありませんね。少々お待ちください」


 そう告げてから、カウンターに設置されている刻印製造機にドックタグを填め込む。

 そして備え付けられている水晶珠にレムリアが手を当てると、それは静かに青銀色に輝いた。


「……登録者名レムリア・ブランシュ。冒険者ランク……魔導銀? へ?」

「「「「「「「「「「なんだってぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」」」」」」


 近くで聞き耳を立てていた冒険者たちが叫ぶ。

 冒険者ランクは、一定のレベルの魔物の討伐任務および国家貢献度が高くなければ手に入れることが出来ない。


………

……


 このツシマ大陸の冒険者でも、第3等級と呼ばれている金ランクゴールドが最大であり、ベテランなどはその一つ下の銀ランクシルバー銅ランクカッパーがせいぜい。

 駆け出しは石板と呼ばれる『灰色ストーン』、そこから経験を積んで冒険者として独り立ちして初めて『鉄色アイアン』とい第7等級へとたどり着くことが出来る。

 具体的な強さのランクでいえば


光鋼オリハルコン魔導銀クルーラゴールドシルバーカッパー黒鉄スティールアイアン灰色ストーン


 このように分類されている。

 ランクアップは実力審査と貢献度、加えて依頼難易度に対する成功率などで算出。

 冒険者は依頼を終えるたびに登録証をギルドに提示し、現在のリンクおよび貢献度を測定してもらうことができる。


………

……


 受付嬢たちの驚きに対して、レムリアはまるで関心がないという感じで返答を待つ。

 だが、その場にいる冒険者たちは我先にとレムリアの元にやってくると、自分たちのチームに入らないか、俺たちのクランで活躍しないかなどなど勧誘合戦を始めるのだが。

 そんなことレムリアは無関心。


「私はオールレントの店員。だから冒険者クランにも個人チームにも所属する必要はない、だからあきらめて」


 とあっさり一言。


「い、いやいや、だって魔導銀だろ? そんな国家所属にも匹敵するリンクの冒険者が、たかだかレンタルショップとかいう胡散臭い店で働いているなんてもったいない。うちに来たら好待遇を保証するよ?」

「それならうちは三食昼寝付き、宿も専属のものがあるから個室を用意してやる。報酬の分割も五割を約束しよう」

「それならうちは」

「うちだとこれぐらいは……」


 といった感じで、誰も引こうとはしない。

 魔導銀の冒険者は、単独でグレータードラゴンの討伐任務を完了できる実力を持つ。

 このグレータードラゴン、立った一体で大陸程度はすべて焦土と化すことが出来るほどの実力を持ち、亜神としては最高位に位置する竜神の眷属でもある。

 ゆえに討伐したものは『ドラゴンスレイヤー』ではなく『ドラゴンバスター』という称号を得ることが出来るという。


「ダメ、どこもお話にならない。ということで私はオールレントの店員で、エリオンの相棒。ということで、私はダンジョンに入ってもいい?」

「ど、どうぞどうぞ。入り口でそのタグを提示していただければ問題はありません。それと……」


 そこまで告げて、受付嬢は小さな球体の魔導具を取り出す。


「もし宜しければ、この魔導具をお持ちいただけますか?」


 それがなんであるかは、レムリアは瞬時に理解した。


「古代の魔導具の一つ、自動地図。これを所持していれば、自動的に通った場所の地図が作成される。オールレントからこれは預かっているので、こちらのは持っていけない。複数所持は干渉して誤動作する」

「そ、そうでしたか……ということは、オールレントに後日伺えば、地図を販売するということでしょうか?」


 ダンジョンの精密な地図は、冒険者ギルドにとっても喉から手が出るほど欲しい。

 それも、レムリアの最初の言い方から察するに、素材を入手するまでは戻ってくることもなさそうだから。

 魔導銀ほどの実力もあれば、ダンジョンを制覇するのはそんなに難しくはない。

 最悪、彼女はダンジョンコアまで破壊し、ここのダンジョンを消滅させかねないとまで考えている。

 ここ最近、スタンビートが発生したダンジョンが消滅した事件があった。

 その時の報告では、ダンジョンコアが破壊されるとダンジョンが崩壊するという説まで流れていた。

 その当事者がまさか、目の前にいるレムリアであるなどとは受付嬢では気付くこともない。


「多分、地図は販売する。それじゃあ、いっていくる……情報、ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げてお礼を告げるレムリア。

 そして周りのざわつきや勧誘などなかったかのように、彼女は冒険者ギルドをあとにした。 

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