第9話・エリオンの秘密と、命の代償
エリオンの朝は、兎角忙しい。
朝は明け六つの鐘と同時に目を覚まし、身支度を整えてから一階の店舗へ。
掃除と在庫のチェック、そして当日返却予定のお客の契約書を確認してカウンター奥の棚に並べ、隣の部屋にある『転移術式』が正常に稼働しているかどうかを確認。
それが終わることには、レムリアが朝食の準備を終えているので、二人でのんびりと朝食をとる。
エリオンの好物はベーコンエッグを乗せたトースト、焼きたてのパンの上に乗せるのが好きであり、3食ともベーコンエッグでも構わないぐらいと自負している。
かたやレムリアはシリアルと牛乳、そして新鮮な果物は欠かすことは無い。
裏の敷地内にある自家菜園で取れる果実は魔力を豊富に含んでいるので、魔力が枯渇した時などに食べることで、消耗した魔力を取り戻すこともできる。
「今日は一件、例の収納量拡張鞄の返却のみ。消耗品が足りなくなりそうだから、俺は魔導具作成をするので店番を頼む」
「わかった」
普段は無愛想なレムリアも、エリオンの前では感情を表して素直な顔になる。
その顔にうんうんと頷いてから、エリオンは朝食を平らげて店へと向かう。
──ガランガラーン
扉を開けて外に出る。
そして周囲をぐるりと見渡すと、隣の酒場から頭を抑えて出てくる冒険者やら、反対側の雑貨屋を訪れる人々で街道は賑わっていた。
その誰もが、エリオンの姿に気がついていない。
彼らは、二つの店の間にある『オールレントの敷地』を認識することができず、そこに踏み込むこともできない。
唯一、本当に偶然ではあるが、ここに足を踏み入れる人がいる。
そういう人は『店に選ばれた』存在であり、オールレントの商品を借り受けることができる資格を持つという。
なお、認識阻害のレベルを調節することで、誰にでも認識できるようにすることも可能であるが、エリオンはこのキノクニでは、わかるやつだけ来れたら良いと、ほんの少しだけ、認識レベルを下げてある。
結果として、テスタロッツァのような荒くれ冒険者も引き入れることになっているのだが、それはそれで生活の中のスパイスとして受け入れるようにしている。
「距離……うん、良い感じだな」
ゆっくりと隣の酒場の前まで向かう。
そして酒場を越えて、横の街道を渡り、朝から忙しそうな食堂の前までやってくると、エリオンには白く曇った壁が見えた。
ここが、エリオンの活動領域の壁、ここを越えることにより左腕の呪詛が彼の命を蝕み始める。
「ここに来る前は、半径50メートル、今は半径70メートル……予想よりも、あのダンジョンコアは魔素を吸収していたんだな」
壁に手を当てて、ふわふわとした手応えを確認。
あと少し、ほんの5メートルで食堂の入り口まで辿り着ける。
でも、エリオンは踵を返して店の前まで戻っていく。
「あら? 朝の散歩ですか?」
「ああ。この前、レムリアが回収したダンジョンコア、あれを『生命の核』に取り込ませたことで、移動距離が少しだけ伸びた。助かったよ」
「それは何よりです。しかし、いつ考えても面白い仕掛けですよね」
「まあ、な。創造魔法使いであり、錬金術師である俺の集大成だからな」
1000年動乱期を収めたエリオンの呪い。
それを緩和するために作り出したのが、『生命の核』に組み込まれた『制御デバイス』。
腕に刻まれた呪詛から発する痛み、苦しみは全て、『生命の核』が肩代わりするのだが、その代わり、エリオン自身が『生命の核』から離れすぎると、リンクが途切れて呪詛がエリオン本体を蝕み始める。
そのリンク距離を伸ばすために、エリオンは『制御デバイス』を作り上げることに成功。高濃度な魔力結晶体もしくは純魔石、ダンジョンコアなどを組み込むことにより、リンク距離を伸ばすことができるようになった。
もしもこれが作られなかったら、エリオンはこの店舗からも出ることができず、しかも人の目に触れることのない『並行時空』の中を無限に彷徨っていたであろう。
「では、私は掃除をしてきますので」
「はい、よろしく」
ぽん、と肩を軽く叩き、エリオンは店の中へ、そしてレムリアは箒片手に掃除を始める。
………
……
…
「お、レムリアちゃん、今日もかわいいね。今度、店に行くから」
「おはよう!! 毎朝、お疲れ様」
「あら〜、レムリアちゃん、今日も精が出るわねぇ。あとで、燃料用の魔石を買いに行くので、二つ、用意しておいてね?」
などなど、朝の掃除はレムリアにとっても楽しい1日の始まり。
表情の変化に乏しいとは言われているレムリアだが、好意には笑顔を返すぐらいの感情は持ち合わせている。
ニッコリと微笑み返す、それだけで十分。
エリオンとは違い、『認識効果』の付与された箒を持っていることで、彼女は店舗敷地内でも大抵の人々が姿を見れるようになっている。
まあ、中にはナンパ目的で近寄る輩や、最近ギルドで噂になっている『エプロンドレスの高レベル戦士』という噂の少女を見たいと、やってくる冒険者もいるのだが。
「み、見つけたぞ、このクソアマがぁ」
「あら、やっちまった三人さん、無事に帰って来れたのですか……」
「誰がやっちまった三人だ、俺の名前はヤッチマ、名前を間違えるとは失礼なやつだな!!」
「それは失礼を。では、私は掃除がありますので」
──さっさっさっさっ
面倒くさそうなテスタロッツァたちを無視して、レムリアは掃除を続ける。
すると、彼らの後ろから、身なりの良い貴族風の男性がやってくる。
「君は、この店の店員かな?」
「ええ。魔導レンタルショップ・オールレントの店員です。何か御用でしょうか?」
営業スマイルで返答するレムリア。
すると貴族風の男は懐からギルドタグを取り出して、レムリアに提示する。
「冒険者ギルド・キノクニ支店の調査員、サキョウと申します。今回は、このテスタロッツァの三人に貸し出した武具が契約中にも関わらず回収され、ダンジョン内で命の危険に晒されたということで訴えがありまして。それについて、真実かどうか、それを見定めに参りました」
丁寧な物言いに、レムリアは頷く。
過去にも、このような出来事はあったので、あしらい方についてはエリオンは百戦錬磨。彼女が口を挟む必要がないと判断し、店の方を指差した。
「店長なら、カウンターのあたりで作業をしています。そちらへどうぞ」
すると、先ほどまでサキョウには認識できなかったオールレントの店舗が、いきなり目の前に現れたのである。
「こ、これはまた……報告書に書いてある通り、見えない店舗とは……」
「そんな事は良いからさ、サキョウさんよ、早くこの店の店長をふんじばって、賠償金をたんまりと取ってくれよ!!」
「そうよ、私達がどうやって生き延びたのか、全て説明しましたよね?」
ヤッチマとナーニィがサキョウを煽るが、彼は務めて冷静に。
「私は、ギルドに挙げられた被害届に則り、公平に調査するだけです」
「わかったわかった、それじゃあ行こうや!!」
パンパンと背中をたたき、店舗へと向かう四人。
それを見て、レムリアはため息を吐いた。
「せめて、調査員を洗脳するとか、それくらいはしてこないと。普通に口車に乗せただけでは、貴方達が逆に捕まりますよ……」
………
……
…
──ダン!!
店内に入ったヤッチマたちは、真っ直ぐにカウンターへと向かう。
そこのすぐ奥で作業していたエリオンは客が来たのかと顔を出したものの、ヤッチマ達三人と、少し困った顔の男性を見てため息を吐いた。
「はぁ、誰かと思ったら契約違反した三人じゃないですか。今日は一体、なんの御用で?」
「賠償だよ、ば、い、しょ、う。あんたのところのレンタル品が冒険中に消えちまってな。お陰で死にそうな目にあったんだ。あれと同等の装備を、無償で寄越せ。さもないと、お前はこの国の法により処罰される。そうだろ、サキョウさんよ?」
そう後ろに立つサキョウに告げるヤッチマだが、サキョウは務めて冷静に。
「冒険者ギルドの調査員、サキョウと申します。今回は、こちらからレンタルした装備を不当に回収され、命の危険にあったという訴えがありまして、こちらに確認に来ました。都合がよろしければ、契約書を見せて貰えますか?」
淡々と事務的に告げるサキョウ。
するとリオンは、目の前のカウンターの上に、ヤッチマ達が契約したときの書類を取り出して広げる。
「では、確認させて貰います」
「あ〜、サキョウさんよ、それは偽物だからな。俺たちはダンジョンから逃げる時に、書類を無くしちまったから。だからそんなの見ても真実は一才、書いてないからな?」
ニヤニヤと笑うヤッチマ。
すると、エリオンは魔導ペンを取り出して、サキョウの前に並べる。
「
その言葉で、サキョウはペンを手に取ると、エリオンがすっ、と差し出した羊皮紙の上に乗せる。
「契約の精霊よ、我、サキョウの名において、ヤッチマ、ナーニィ、ダーマルの契約をここに記したまえ」
その言葉で、ペンがゆっくりと立ち上がると、そこにヤッチマたちの契約についての詳細が全て書き上げられる。
それと最初にエリオンが差し出した書類を確認すると、溜息をついた。
「流石のサキョウさんも、この店の悪徳さを分かってくれただろう?」
「いや、この書類は正式なものです。こちらのペンであなたたちがサインした事も、何かも、『契約の精霊』が証言しましたよ……」
「……」
その説明を聞いて、ナーニィは顔色を変え、そーっと後ろに下がっていく。
魔導師であるナーニィは、契約の精霊という存在を思い出した。
数ある精霊の中でも最上位の一つ、商人たちが契約の際に唱える祝詞にしか出てこないものの、契約の精霊の名前を唱えた取引は絶対。
もっとも、それを証明するものなど存在しないため、半ば儀礼的に行われている時ナーニィは思っていたのだが。
逆に、調査員であるサキョウは、古代の魔導具の中に『契約の魔導ペン』というものが存在することを知っている。
もっとも、調査員資格を得るために学んだ座学の、中に出てきた程度であり、その本物を目の当たりにすることなど初めてである。
「な、なんだよ? そんな儀礼的なものが証拠になると?」
「これは、古代の魔導具でね。契約の精霊から力を借りれるんだけどさ……それよりも、まだレンタル料金を払ってもらっていないんだけど?」
「そういう事ですか。チーム・テスタロッツァ、虚偽申告による詐欺罪として貴方たちを拘束します!」
──ドガドガドガドゴ!!
突然ヤッチマたちが走り出した。
虚偽報告によりエリオンを陥れ、レンタル料を踏み倒すだけでなくこの店の武具を手に入れようなどという、『極ありふれたタカリ』の計画が失敗。
挙句に虚偽の証拠まで突きつけられ、逆にヤッチマたちが犯罪者になってしまった。
「はぁ〜。なんでこんな知雑な計画で、俺を嵌めようとしたのやら。やるならもっと高度な方法でも使ってこいよ。お前たちで、虚偽報告からのタカリ犯はちょうど100組目だ。せめてものお祝いだよ」
──パチン
エリオンが指を鳴らす。
そしてヤッチマたちが店の扉を開いて飛び出すと、逆に店の中に飛び込んできた。
「扉を一方通行にした。その扉から入るものは、その扉から出る。入った方にだけどな」
笑いながら呟くエリオン。
そしてヤッチマたちは、目の前に憤怒の表情で立っているサキョウの前に立ち止まった。
「取り締まり、手伝うかい?」
「ご心配なく。こう見えても、元AAランクの冒険者ですから」
ゴキゴキッと拳を鳴らすサキョウ。
そして三人組も堪忍したのか、その場にヘナヘナと力が抜けたかのようにしゃがみ込んでしまった。
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