第8話・レンタルの極意と、契約違反の代償
ピッピッピッ。
オールレントのカウンター裏、小さな小部屋から音が聞こえてくる。
それまではのんびりと、棚に商品を補充していたエリオンであったが、突然のできごとにカウンターを飛び越え、小部屋の扉を開く。
そこには、つい三日前に貸し出したミスリルの武具が、チカチカと緑色の光を点灯している魔法陣の中に姿を現していた。
「あの三人組のか……この様子だと、ちゃんと契約書も控えの書類も見ていないな。まったく、どこでレンタル切れになったことやら」
ポリポリと頭を掻きつつ、左手で魔法陣の中にあるショートソードを手に取り、右手で素早く印を組み込む。
すると、エリオンの目の前に、ダンジョン内部の映像が浮かび上がった。
「まだ、
ドラゴンブレスの一撃を受け、ほぼ半死半生状態の三人。
どうにか予備の魔法使いの杖で回復魔法を発動しつつ、ドラゴンから逃げ回っている姿が見えている。
「契約は完了した、だから、返しに来なかったそいつらが悪い。ダンジョンの中で冒険者が死ぬのは、日常茶飯事、マスターが困ることはないと思うけど」
外の清掃を終えたレムリアがやって来て、エリオンの横で映像を眺めながら呟く。いつものように無機質な表情で、まるで映像の三人が死のうがどうなろうが、まったく気にするそぶりもない。
それについてはエリオンも同意するのだが、いきなりレンタル契約を無視して死なれるのも癪に触る。
「レムリア、奴らの
「なぜ?」
「魔導レンタルショップ、オールレントとの契約を破った見せしめに使う。これに懲りて、契約を無視する奴らが出ないようになって欲しいからさ。頼まれてくれるか?」
ニィッと笑うエリオンに、レムリアが頬を少しだけ染める。
恋愛のような感情は持ち合わせては居なかったが、この笑顔だけはずるいと、レムリアはいつも思っていた。
「それが、この店のためになるのなら。装備は?」
「ドラゴンバスターを一式送り出す。だから、先に奴らの元へ向かってくれ」
──ダン!!
力一杯、右足を床に向かって踏み込む。
それだけでエリオンの足元に転送魔法陣が浮かび上がったので、レムリアは間髪入れずに!そこに飛び込んでいった。
「さて、ドラゴンバスターは5番倉庫か……」
急いで裏の倉庫に向かうと、エリオンは倉庫の中の装備をまとめて転送するために、魔法陣を起動させた。
………
……
…
──ハァハァハァハァ
ヤッチマは、一度、死にかかった。
レンタル装備が全て消え、ドラゴンブレスの一撃を受けたのである。
もしも目の前のドラゴンが、もっと下層の階層ボスならば、ヤッチマたちは一瞬で黒焦げになっていたであろう。
だが、ヤッチマたちは、一撃をもろに全身に浴びてもなお、生き残った。
そして生き残ったのなら、ナーニィの回復魔法で、動けるようにはなる。
だが、そのナーニィの予備の杖も、三人の完全治癒のために魔力を使い切り砕け、あとはダーマルが三人に『
「ぐぅぉぉぉおぉ、あのレンタルショップ、訴えてやるぅゥゥゥゥゥゥ」
「あんな不良品を押し付けるなんて、なんて卑怯な店なんでしょう」
「ぼったくりだ、絶対に賠償させてやる!!」
自分たちが一方的に契約を無視しただけなのに、ヤッチマたちは怒りの矛先をエリオンに向けている。
──シュンッ
すると、ヤッチマたちとドラゴンの間に魔法陣が展開。
そこからレムリアが飛び出してくると、一瞬で右腕に巨大なガントレット・アームを転送装着。そのまま大口を開けてレムリアを噛み砕こうとしたドラゴン目掛けて、全力の右フックを叩き込む!!
──ガッゴォォォォォォン
踏み込んだ右足元の床材が砕け散り、ドラゴンもまた、一撃で右壁に叩きつけられた。
その光景を、ヤッチマたちは呆然とした顔で見ていたが、すぐさまドラゴンを殴り倒したのがオールレントの外で掃除をしていた女性であることに気がついた。
「て、てめぇ、あの詐欺師の手先じゃねーか」
「貴方の店のおかげで、私たちは酷い目にあっているのよ?」
「その通り。装備も何もかも失ったんだ、責任を持って賠償してもらわないと割に合わない」
自分たちのやらかしたことは全て、頭の片隅からも消え失せている。
その言葉を聞いて、レムリアは心底、嫌そうな顔をして。
「はぁ? 貴方たちとの契約は切れた。だから、貸し出した装備は帰ってきた。そこに何か問題でも?」
「なんで勝手に転送するんだ、こんなダンジョンの中で装備を失ったら、どうなるかぐらいわかっているだろうが」
「……契約書の注意事項に、全て書いてある。マスターは貴方たちに説明をしようとしたが、それを貴方たちは無視した。だから、契約書に全て書いてあるので、ちゃんと読むようにと説明した。それを無視したのだから、貴方たちのミス。私たちは何も悪くない」
「「「なんだと!!」」」
そうレムリアにくってかかる三人。
だが、その背後では、壁に吹き飛ばされたドラゴンがゆっくりと体を起こしていた。
「まあ、ここで貴方たちに死なれても困る。うちの商品を契約を無視して使った結果。あなた達には、その宣伝材料になってもらうので。ほら、後ろに来てますよ?」
三人の後ろを指差すレムリア。
そしてヤッチマたちも恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはすでに臨戦態勢になっているドラゴンの姿が見えていた。
「嘘だろ!!」
「あ、あなた、なんとかしなさいよ!」
「そ、そうだ、俺たちはもう、戦う力はない……」
素早くレムリアの背後に飛び込んでくると、ヤッチマたちはレムリアを盾にするようにドラゴンの方を向く。
「はぁ。マスターの指示でなければ、貴方達はここで見殺しにしていた。だから、生きて帰れることに感謝しなさい」
レムリアが右腕を横に伸ばす。
すると、その巨大な腕に、細く丸い筒の束ねられた装備が装着される。
──グウォォォォォォォォォォォ
ドラゴンが咆哮を放ち、口を大きく開く。
先ほど、ヤッチマたちが受けたドラゴンブレスの体勢であるのだが、レムリアはその口の中に右腕を突き刺した。
「さてと。ドラゴンの素材も必要。悪いけれど、貴方はこのダンジョンから引き離します」
──brooooooom
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「な、何よこれ、何よこの音はぁぁぁぉ」
「うおぉぉぉぉ、死ぬ、今度は確実に死ぬぅぅぅぅ」
轟音と共に、レムリアの右腕の装備が高速回転する。
そしてドラゴンバスター『40mm魔導バルカンファランクス』がドラゴンの頭部をミンチにする。
その爆音の中、三人は悲鳴をあげて奥の壁まで走って逃げていったが、レムリアはそんな事は意にも返さない。
そして、頭が吹き飛び、血を流して床に倒れていくドラゴンを、レムリアは背中の小さな背嚢の中に一瞬で吸い込んだ。
「あ、お、おい、さっきのドラゴンの死体は?」
「回収した。それじゃあ、外に出る扉は開くから、そこから帰るといい。まさか、装備も無しに、この先に進むとは思えないし、今度は危機になっても助けには来ない。だから、その時はここで死んで」
──ブゥン
レムリアの足元に転送魔法陣が広がる。
それに合わせて右手を振り、ドラゴンバスターとガントレット・アームを先に魔法陣を使ってエリオンの元に送り出す。
「ま、待て、出口は?」
「そっち。三層に向かう扉の横、そこに地上へ向かう直通魔法陣がある。だから、とっとと帰って、それじゃあアディオス」
──シュンッ
一瞬でレムリアの姿が消え、足元の魔法陣も消滅した。
それを見たヤッチマ達は、少しでも破壊した装備の穴埋めにと、落ちているドラゴンの肉やら骨を集めて鞄に詰め込むと、急ぎ足で地上へ向かう魔法陣に飛び乗った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──シュンッ
オールレント、カウンター裏の小部屋。
そこにレムリアは帰還した。
「ただいま戻りました。ドラゴンの返り血で真っ青です、シャワーを浴びて来ます」
ちょうど接客中のエリオンにそう告げてから、レムリアは店舗上のエリオンの自宅へと向かう。
そして、その光景を見ていた客……冒険者達は、目をぱちくりと瞬かせながら、エリオンの方を向く。
「あ、あの子って、店の外で掃除していた子だよね? ドラゴンがどうとか話していたけれど?」
「はっはっ。お客さん、気のせいですよ。それよりも、レンタルするのは、このカバンで構わないのかい?」
「ええ。ちょっと長くダンジョンに篭りたいので、予備の装備や食料をできるだけ詰め込んでいきたいんですよ……と、それよりも、さっきの子は大丈夫なのか?」
「はっはっはっ。あの子は、丈夫が取り柄ですからね。では、契約してしまいますか」
偶然、オールレントを発見した冒険者達が、収納量増量の鞄を借りにやってきていたのである。そんなところで、血まみれのレムリアが出てくるものだから、驚くのも無理はないだろう。
そして無事に契約を行い、一通りの注意事項を聞かされた冒険者達は、必ずレンタル期間が終わる前に、この店まで鞄を返しにこようと心に誓った。
まさか、レンタル期間が切れた時点で、内部に収められていたものが全て吐き出され、カバンが消えると言われるなど思ってもいなかったのである。
──カランカラーン
そして冒険者達が店から出る頃、レムリアもシャワーを浴びて着替えてから、店舗まで戻ってきた。
「それで、契約違反者達は?」
「知らない。帰り道は教えた、ついでに階層ボスのドラゴンとダンジョンのリンクを切って、素体は持って帰ってきた……あのダンジョンは、やはり何かおかしい」
レムリアの報告を聞いて、エリオンは頭を傾げる。
二号ダンジョンは、この世界におけるダンジョンの配置モンスターのパターンとは大きく異なっている。
二層の階層ボスにスモールとはいえドラゴンが姿を現すなど、あってはならない事であるから。
「まあ、この前潰したやつのデータを見る限りじゃあ、確かに瘴気濃度は普通に見せかけているけどね。でも、やっぱり何かありそうなんだよなぁ」
「だから、次の場所へ行くためのランダム転移が発生しない。まだ、このキノクニ領でやらないとならないことがあると思う」
レムリアの話を聞きながら、次に何が起きるか、何をするべきかを、エリオンはカウンターの中で考えることにした。
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