第15話 世代の交代

(くっそぉ!

 …どうなってやがるんだ!

 密偵どもは誰一人戻らんばかりか、連絡員も戻ってこない。

 なにより、密偵どもを送った先が取りつぶされるとは…。)

 東シプロア連邦の使節はホテルの一室で考え込んでいる。


(単なる内輪揉めと踏み、侯爵家や貴族どもをたらし込み…

 いずれは、我らが領土…私の領地にわにしてしまいたかったのに…。)

 窓の外に広がる街は穏やかな夕焼けに包まれている。


 使節は街を臨みながら目を細める。

(まぁ、いいさ。

 時代が動き続ける限り、チャンスはいくらでもある。)


 部屋の扉が開き、冒険者が一人入ってくる。

 冒険者は膝をかがめる。

「ハダル閣下、戻りました。」

「ご苦労。

 して、状況は?」

「冒険者どもはすでに解散し、それぞれの里へ戻りだしています。

 は、すべて捕縛されたものと考えます。」

「冒険者どもは致し方ないとして、仕込み杖が見抜かれるとは…。」

「先に放っておいた朧や山彦も捕縛され、別の場所に幽閉されていました。」

「そうか、手筈は?」

「首尾よく終わっております。

 情報の漏洩も進んでいません。

 恐らく、この祝宴が終わったのちに尋問するつもりだったのでしょう。」


 東シプロア連邦から遣わされた、暗殺者達64名が幽閉されていた先は


「ぬるいな。」

「御意。

 しかし、我が国の関与を伺わせるだけの証拠は握られていると思います。」

「それだけ判れば、彼奴が玉座につくのも自明の理…ご苦労であった。

 我々も、明日にはこの地を引き払うとしよう。」

「ははぁ。」

 冒険者は立ち上がり、部屋を出ようとして立ち止まる。


「ハダル閣下、いま一つお耳に入れたき事がございます。」

「申してみよ。」

がこの街に滞在しております。」

 冒険者が部屋を出る。


(クロウがここに?

 …そうか、そういう事か…。

 それであれば、密偵どもの捕縛、貴族共の蟄居ちっきょ・隔離も筋が通る。)

 ハダルはほくそ笑みながら、窓を閉じる。


「ははは…、そうだこの話は兄に届けるとしよう。

 あのオアシスにも、して頂かなければね…。」


 バルトは、東シプロア連邦の使節を門の外まで送り届ける。

「バルトロマイ卿、お世話になった。」

 馬車の中から、ハダルが柔らかい物腰で語りかける。

「こちらこそ、ご滞在中には、至らぬところも多々あったこと、申し訳なく思っております。」

 恐縮するバルト。

「いやいや、荘厳な式典に参列できたうえに、王女殿下のお姿も拝謁できたので満足です。」

「ありがとうございます。」

「閣下、では参りましょう。」

「うむ。」

 馬車が動き出し、バルトは敬礼する。


「そういえば、バルト殿」

 ハダルが、バルトの方へ乗り出す。

「東の果てに、があるのはご存じかな?」

「はい?」

「わが国では、魔王の討伐は国是だからね。

 貴国でも、勇者を募って頂けると助かるよ。」

「は、心得ました。」

 満面の笑みを浮かべ、ハダルは馬車に戻った。

(なぜ、ここで魔王アキラの話をする?)

 バルトは敬礼を維持したまま、馬車が丘の向こうに消えるまで見送った。


 馬車が消えると同時に、近衛兵の一人がバルトに耳打ちする。

「隊長、幽閉していた東シプロアの暗殺団が殺されました。」

「!!!」

 バルトは、近衛兵の方に振り返る。

「幽閉先の塔ごと焼失しています。」

「焼失?

 仮にも、石造りの塔だったはず。

 しかも、防衛拠点として整備されたそれなりに堅固な建物だったはず…。」

「しかし、倒壊どころか消し炭のようになっております。

 いったい、どのような火事を起こしたのでしょうか?」

(ま、まさか、あの使節長、すべてを知っていたのか?

 だから、わざわざを我々に持ちかけたのか?)


 バルトはクロウの執務室に居る。

「気付いていましたか。」

「使節の口ぶりから察するに、おそらく…ね。」

 ため息をつくクロウ

「ロム君たちの話から、仕込み杖までは読んでいましたが、影まで送り込んでいましたか…。」

 クロウは机に着き、対面にはバルトが立っている。

「わが主には、連絡しておくとして…。」

 クロウはゆっくりと立ち上がる。

「最悪の事態を想定しなければなりません。

 王女様にお取次ぎいただけますか。」

「わかった。至急手配をしよう。」

 バルトが執務室を出って行った。


「結局、あなたの思惑通りになりましたね…。

 わが主。」

 不意に鎧戸よろいどの窓が開き、一羽の鳥が舞い込んでくる。

「あとは、サロメ王女が我々との契約通りに動いていただけるものか?」

「動いてくれるさ。

 その為のお膳立てはしたのだから…。」

 鳥のさえずりを気にする風もなく、クロウは再び席に着く。

 そして、王政と国の安寧を実現するための方策を書き始める。


「そうだ、世代は交代していく、私もその渦に巻き込まれるとしよう。」

 鳥は再びさえずると、窓から飛び立った。


「わが主のみ心のままに。」

 クロウは微笑んでいた。

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