第95話 再現された町

「さて……どうしようかな?」


 線路を辿った僕の目の前には白いまゆの下部分があるようだった。

 ライトの光に照らされる繭は、お椀の底みたいな曲面を僕の前にさらしている。


 本来はこの線路はもう少し続いて、エレベーターか何かで御所のある地上に上がるんだろうけど……完全にコイツに押しつぶされてしまっている。


 繭は天井を貫き、線路をひしゃげさせて沈んでいる。これを何とかしないと、これ以上前には進めないな。


 しかしこいつに辿り着くまで、護衛のひとつもいないとは。多少は『白いなれ果て』による抵抗を予想したんだけどな……。


 さてどうしたものか……シリンジを打ちこんでもいいが、予想外に崩壊が広がって生き埋めも困る。さいわいい対戦車用のライフルグレネードはまだ2発残っている。それで穴をあけてやろう。


 榴弾を銃身に差しこみ、伏せて気持ち斜め上方向に打つ。少しでも垂直に当てた方が、不発の確立が下がるからだ。


 射出された榴弾は、チカッという閃光の後に、勢いよく灰色の煙を上げる。その煙が晴れた後には、僕の頭が入りそうなくらいの穴がぽっかりと開いていて、端には小さな炎がのこってまだ燃えていた。


 僕はその穴を広げる為に銃のストックでその回りを叩く。

 思ったよりもずっと薄く、脆い。


 ……入るべきか?


 なにも確証はないが、きっとこの繭の中心に最後のアガルタがあると思う。

 試しに体を押しこんだら、そこからボロボロと繭の壁は砕けていく。大胆にもそのまま繭の中に入って、僕は息をのんだ。


 繭の中には都心部をそのまま再現したような建物が並んでいた。


 しかし……外の建物と違って、その表面は不自然なほどに白くて、何の色も無い。

 影だけがわずかに諧調をもって、淡泊な表情を見せている。

 

 入った先には何か意志めいたものを感じるほどに真っ直ぐと続く道があった。

 その道はひとつのビルへ続いている。


 僕は誰かに背中押されるみたいにして、そのビルへと歩いていった。


 近づいたビルを見上げるようにして、視界を上に移すと、まゆの壁越しにうっすらと太陽の姿が見えた。もうここはアガルタの中でVR空間かと思ったが、別にそういうわけじゃないのか?

 

 視線を戻してビルの自動扉に近づくと、音もなく開いた。電源がきているのか?

 こんなところに?


 入ったビルの中は清潔で、見たことも無いくらいに整っている。

 白で統一されたビルのロビーにはいくつものサイネージがあり、そのどれにも美辞麗句で飾られたプロパガンダめいた文言が流されていた。


『誰もが労働から解放された自由な世界、U.N.D.E.A.D.はそれを実現します!』


『たった数時間の施術で、世界のどこかで働くあなたが生まれます。嫌な上司と付き合う必要も、理不尽な顧客の相手をする必要もありません!』


『たとえあなたが死んだ後でも、権利は家族に残ります。貴方はアンデッドとなって家族を支え幸せな家庭を守ることができます!』


「――『U.N.D.E.A.D』……。これは当時の光景を再現しているのか?」


「そうだ、私がいた頃をアガルタが再現した」


 銃口を先に向けるようにして、声がした方に振り返る。

 身体の向いた先には、なんとも特徴の無い顔をした、白衣を着た黒髪の男がいた。


 男は僕に向かって親しげに手を振っている。まるで前々から知っていたと言わんばかりに、手のひらは緩やかに空中に弧を書いていた。


「どなたです……親戚でしたっけ?」


「そうとも言えるかもしれない。」


「私は、いや、僕は君だ。もっと正確に言えば、。」


「……は?」


「うん、一言で説明すると混乱を招くね、もう少し詳しく説明してもいいかな?」


「……引き金が大分軽くなっているので、手短にお願いします」


「おお、怖い怖い。」


 小銃を向けたままにする僕に対して、男は「座れ」、とでも言わんばかりに手を広げた。僕はそれ無視して冷たく言い放った。


「時間稼ぎのつもりなら撃ちます」


「どうも気が短いね。では……語り得ることを語り尽くそうとしようじゃないか」


「まず君たちアンデッドはアガルタに由来している。アンデッドの設計はアガルタの中で行われた」


「プロト・アガルタが存在した頃に、既にU.N.D.E.A.D技術は存在したのでは?」


「鋭いな。しかしあれは実験機、研究用だ」


「研究用とプロダクトの違いが、僕らを作る事なんですか?」


「そうだ。正式運用されたプロダクト版のアガルタ、つまりここでは君たちの意識、自我と呼ばれるものを作ることを目指した。」


「つまりは人に由来しない、新たな生命だ」


「素直にU.N.D.E.A.Dの料金を払った方が良かったのでは?今みたいに銃を向けられないで済みます」


「ハハ、確かにそうかもしれないね」


「……造兵工廠ではアンデッドが作られていましたが、確かに低自我のものがほとんどでした。素体はありましたが……」


「記憶装置とデータはあったが、大した演算装置はなかったろう?」

「あそこは肉体と言うハードウェアを作り、試験するのが役目だった」


「あそこにあったクレーンにはひどい目に遭いました」


「あれは融通が利かないからね」


「さて、君たちヒトのようだが、明らかにヒトではない『モノ』は、私たちを参考にして作られた。それにはまず生命の成り立ちを解明する必要があった」


 僕はアサカ駐屯地にあったプロトアガルタの中の事を思い出した。

 あれは世界のシミュレーターだ。


 プロトアガルタの中では人がいた時代、または荒唐無稽な世界を作り出していたが、あれだけのことができるなら……生命が無い世界を作ることなど簡単だろう。


「そしてヒトは無機物から生命ができるまでの成り立ちを理解し、再現できるまでにした。その実験場がこのアガルタ?」


「そうだ、そしてその結果生まれたのが君たちアンデッドだ」


「U.N.D.E.A.Dのようなヒトの神経の再現ではない」

「ヒトと互換性のあるインテリジェント・マシン。思考する機械が君たちの正体だ」


「なるほど、ではヒトと僕らモノは明確に別物だったんですね?」


 彼は静かに頷いて続けた。


「それには、かつてこの地球で起こった現象を再現した」


「つまり、生命の誕生だ。」

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