第三章 目覚めた巨人

第41話 アトラスの目覚め

 ――微睡まどろみながら、今と過去を行き来をしていた。

 すると、いつのまにか眠りに落ちて、気が付いたときには朝になっていた。


 ここは完全な地下なので、日光が朝の訪れを教えてくれはしない。

 頼りになるのは、端末の時間表示だけだ。


 んッと伸びをして、寝床で固くなった体をほぐすため、柔軟体操をする。


「おはようでっす!」

「ほほ、嬢ちゃんは元気じゃの」

「おー、その才能は大事にしとけよー。俺はもう体がバッキバキ。」


 和尚さんに朝食の果物をもらって、ひとごこちついた僕たちは、この後どうするかのプランを相談することにした。


 最初はシンプルに、来た道を戻るつもりだった。

 しかし昨日は、バーンシーの叫びで、ものすごい数のグールが集まっていた。

 あそこをスキンクなしで戻るのは、不安しかない。


「まだ連中がうろついていそうですし、戻るよりは先へ進もうかと思うんですが……スキンクさんって、基地に戻るって言ってましたよね?」


「ああ、OZの基地なんだが、トコロザワからは結構離れるぜ?」


「どれくらいの距離感なんですか?」


「大体、トコロザワからイルマくらいの距離感だな。ここはちょうど中間地点にあたるが……」


 そう言って彼は、僕の端末に基地の位置をマークする。

 アサカ駐屯地。みたところ、元日防軍の駐屯地を基地にしているのか。

 凄い所に間借りしてるもんだな。衛兵隊がキレたりしないのかこれ?


 ……というか、あの改造列車は移動手段でしかなくて、拠点ではなかったのか。

 相変わらず、野盗の規模感じゃないな。


「うーん、結構な距離がありますね。」


「基地の北を通ってる、国道254線はまだ使える。そこを経由して、トコロザワバイパスを乗り継いで、トコロザワに帰ることになるな。」


 地図を見ると、国道254線とバイパスは、基地とトコロザワを直線で結ばず、おおきくL字に迂回しているような形になっている。実際の距離にすると、イルマとトコロザワより遠いな。


「この距離を行くとなると、流石に車両が必要ですね。」


「姫さんに相談してみるか?お前らにトラブルを見つける才能があったとはいえ、一応、俺の命を拾われたわけだしな。」

「ま、口添えはしてやるから、その後はお前次第だ。」


 なんだかんだで世話焼きさんだよな、スキンクさんは。


「じゃあフユさん、オズマさんのところに、いきまっすか?」


「うん、そうしよう。さすがに、あの地下道を戻る気はしないよ」


「きまりだな、和尚、世話になったな」


「ほほ!またなんぞあったら、持ってくると良い」


 和尚さんの隠れ家で休んだ僕らは、出発の準備を整えて、スキンクの案内で地上に出ることにした。


 長い、とても長い時間がかかった。

 けど、ようやくクセノフォンさんが求めていたものは手に入れた。


 ――廃墟で生き延びるためのノウハウ(それも数十年分の!)


 あとはこの情報をもって、無事にイルマに戻るだけだ。


「よし、じゃあ地上に上がるぞ。保険にしていた、別のルートを使う」


「スキンクさんは物知りでっす!」


「おうよ、ダテに俺たちも、街の外で暮らしてるわけじゃないからな」


 野盗のもつルートの引き出しはすごいな……。

 逃げ道は多い方が良いという事なんだろうけど、さすがと言うかなんというか。


「電力会社が管理していた高圧送電トンネルがある。そいつを使って地上に上がる」


「なるほど、和尚さんの拠点の電力って……」


「ほほ、意外とまだ、生きているルートがあるもんじゃよ」


 盗電してたのか。たくましいというかなんというか。確かに地下で発電機を回してたら、そのうち窒息してしまうものな。


「俺は長い事使ってるが、なれ果てなんかの類は一度も見たことない。地下じゃ一番安全なルートだ。」


「上がった先は、変電施設とかですか?」


「ああ。たまに何かが来てるが、そこさえ気を付ければ、どうって事はない。」


 僕らは和尚さんに別れを告げると、拠点のなかにしれっとあったマンホールを通って、その高圧送電トンネルの中へと侵入した。


 トンネルは石灰色のコンクリートでできていて、まるで土管と変わらない。

 壁には絶縁体に包まれた、ケーブルが3つ、波打つように壁に掛けられていた。

 波打つケーブルは、その太さもあって、人間を飲み込む大蛇を彷彿とさせる。


「絶縁されてるとはいえ、迂闊に近寄るなよ?通電してたら消し飛ぶぞ。」


「はーい、高圧線は、近くによるだけで、バチバチするでっすからね!」


 僕らは高圧電線に触れないよう、気を付けながらトンネルの中を進んだ。

 最近になってセメントを塗り固めたような場所もあるから、ここは今でもちゃんと管理されているんだな。和尚さんの仕業かもしれないが。


 ……しかし、全くなんの変化も無いトンネル、これを進み続けるのは、ちょっと精神的に来るな。


「なんかずっと変化が無いと、精神的に来ますよね」


「あー、わかるわ。足動かしてっから、退屈ってわけでもないんだけどな」


「こう、トンネルが段々細くなっていくのを想像するとか、どうでっすか~?」


「やめて!なんかすっごい怖いそれ!」


「うわやべえ!うぉぉ!!すげえ怖くなってきたぞ!!」


 そんなふうに、くだらないことをやりながら小一時間進んだ僕ら。


 目的の場所に到達し、管理用のハッチを開ける。

 到着したのは、どこかの地下室。

 部屋にあった鉄製の階段を上っていくと、いろいろと崩壊して、ずいぶんと風通しがよくなったビルの中に出た。


 コンクリートの壁には、いくつもの大きな穴が開いて、設計者の意図していない、エキセントリックな形をした窓が、各所に設けられている。


 それぞれの破片をつなでいる、赤く錆びた格子状の鉄筋や配管は、まるでビルの中をながれる神経や血管のようだ。


 このビルは、かなり崩壊が進んでいる。

 うかつに体重を預けると、そこから崩れて真っ逆さまに落っこちるな。


「ウララさん、道を探すからちょっと待って」


「はいでっす!」


 3人の中で一番小柄で、体重が軽い僕が道を探す。

 ヤバそうな場所はRPKアルパカのストックでグッっと押して確かめる。


 うん、このルートならいけそうだ。そう思って道を拓いて二人の元に戻ると、2人してぽかんと口を開けて、空を眺めていた。


 2人の見る方向を見た僕は、彼らと同じ表情をしていたと思う。


 空に浮かぶ、とてつもなく巨大な、先の丸まった細い笹の葉のような形をした船。

 側面には、赤い丸を抱える鳥のマークが描かれている。


 空中戦艦だ。でも、まえにイルマで僕が乗った「缶詰」とは明らかに違う。 

 大きさも、武装も、何もかもが巨大だ。


 船体下部の表面には複雑な突起が並んでいて、そのうちの一つが開くと、米粒にしか見えない無人機が飛んでいく。

 何機もの飛行機がぶら下がってるし、あれには、空母としての能力もあるのか。


 さながら空飛ぶ航空基地だ。飛んでいった無人機のサイズから推測すると、大きさはたぶん、トコロザワの駅くらい、全長は300Mはあるんじゃないか?

 とにかくハチャメチャにデカイ。そして格好いい。


「すごいでっす!なんですかあれ~?」


「ありゃ日防軍がヨコタ基地のドッグに繫げてた、アトラスっていう航空戦艦だ!」


 4機の垂直離着陸機VTOLがアトラスから離れ、どこかに向かっていく。


「うそだろ?やべえな……飛んでったの、おれらの基地の方向だぞ」


「いきましょう!」

「いくでっす!ティムールさん、オズマさんたちが危ないでっす!」


「――は?いいのか?」


「まあ、衛兵隊じゃないから、セーフでしょう……たぶん」


「そんならまあ、助かるけどよ!」


 僕らは拓いた道を通って、さっと廃墟の地面に飛び降り、走りだす。

 そうして、VTOLが残した音の後へ続く。


 日防軍について、僕はまだウララたちに語ってないけど、一つの確信がある。


 彼らは戦争前の軍事組織だ。つまり旧世界の政府と、深いつながりがある。

 その政府は、ヒトをアンデッド化して、労働者として使っていた。そして、何かの理由で「なれ果て」となった。


  そして以前、ハインリヒさんの依頼で訪れた作業所で、シャーロックが再生した、日防軍が民間人を射殺したあの光景。トラックに残されていた大量の遺体。


 日防軍は、ヒトのアンデッド化に深く関係している、造兵工廠の持ち主だ。

 ということは彼らは、「なれ果て」を作る側にいた。


 ――僕らの味方である可能性は、かなり低い。

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