第25話 ネリーの提案
※賞金首コンテンツ回りの描写不足そのままだったのでちょっと補足。
打ち上げからここに至るまで、フユは賞金首コンテンツの説明を読まずにほったらかしてました。
留置場の床は硬くて冷たい。ウララさんは箱座りして、こっくりこっくり舟をこいでいるが、僕はとてもそれどころではない。
換金しようとしたガラクタになんかやばいのが混じってたか?
とってもあり得そうなんだよなぁ……。
もどきとはいえ、ネクロマンサーの持ってた薬だもんね。絶対なんかやばいの混じってるよ。我ながら、何というウカツか。
僕が処刑を待っている死刑囚のように沈痛な面持ちで正座していると、入り口のドアが開閉する音がして、コツ、コツと硬いヒールのある靴でコンクリートの上を歩く音がする。
カン、カン、カン、と硬い何かを鉄格子にあてる音と共に僕らの前に現れたのは、黒鉄の体を持つアンデッドだった。悪意を具現化したような身体に比べて、その顔は、驚くほど美人だ。心の中に石でも投げ込まれたようなざわめきを覚える。
どことなくステラさんに似ている。髪の色は金髪だし、嗜虐的な笑みなんか彼女は絶対浮かべないけど、何となくそう感じる。
そのやたらに印象的な指先の長い腕で、留置場の備品らしきパイプ椅子をとる。そして、鉄格子を隔てた僕らの前に椅子を置くと、彼女は背もたれを前にして座る。
彼女の腕を見る。金属製の軍用の義手だ。なるほど、先ほどしていたカン、カンという音は、彼女が歩きながら鉄格子を触っていた音か。
しかしこの女の人、ちょっと見おぼえあるぞ?
そうだ!おもいだしたぞ。駅に入ってきた時、レールカーの上で真っ赤な僕らを見て「このアホンダラァ!」って、めちゃくちゃ怒ってた衛兵さんじゃないか。
彼女は取り上げられた僕の端末を振ってこちらに問いかける。
「尋問っていきたいとこなんやけど、あんたステラちゃんの知り合いかぁ?」
「賞金首コンテンツの招待者がステラちゃんなんやけど?」
女の人の方言がかなりきつい。これは確か、西側のイントネーションだな。言葉の終わりにかけて、音程がすこし上がるのが、とても印象的だった。
「あっはい、そうです。えっと、ステラさんとは姉妹とか何かですか?」
「いや、バディだっただけやけど、何で?」
「なんか似てるなぁ、と思いまして。」
「あ、そ」
「えーっと……」
「ネリー、呼び捨てでええよ」
なぜかネリーの態度が、先ほどよりだいぶ軟化しているように感じる。
逮捕とかではないのだろうか?
「何で僕らは捕まってるんですか?ネリーさ……ネリー。」
「なんでやと思う? まー最初はタレ込みよ、あんたらが野盗の一味ちゅう話が、どこぞの職人から入ってな」
あちゃー。ゴトウさんか。まあやるとは思ってた。
「あー、どうしましょうかね?」
「――ホンマ、どないしようね?」
ネリーは苦笑しながら両手をお手上げの形にする。
この人もめっちゃ困ってんじゃん!?
いや、確かに協力したのは間違いない、だが大小有れど、そんなのはクズ拾いの誰もがやってることだ。セールスマン、運び屋、道の掃除、そんなのまでいちいち衛兵隊は相手してられない。
他に何かやらかしたと考えるのが自然だ。例えば――
「いやー、持って帰ってきた物がまずかったのかなと」
「大分ヤバイわ!自分何持ってきたかわかってへんやろ!
「じゃああのスキャナーの値段は……」
「あんなんつくかァ!ダボ! 誰に売れんねん!」
ウララがびくんっと跳ねて左右を見回して起きた。
何が起きたのかわからなくて目をしぱしぱさせている。
「ですよねー」
「いやホンマ、自分ら、地雷原でサンバする趣味でもあるんか?」
――良く死ななかったな僕たち。ていうか大半自業自得で笑うしかない。
一応チェックはしてたんだけどな……「赤耳」がラベルをはがさずに瓶をそのまま流用して、自分だけが解るように棚や箱単位で分類してたってとこだろうか?
やってしまったな……もう二度と薬には手を出さない。
いや、これだと別の意味になるな、もって帰らない、だ。
「おはようでっす!」
「自分もなかなか気が太いなあ。ま、クズ拾いはそれくらいがいいわ」
「3つ目もあったりしますか?」
「あるで、兄さん、クッソヤバい賞金首と仕事してた自覚あるか?」
「ないです。 うすうすとヤベー奴だなとは思ってましたが」
そういえば、打ち上げの時にもらった賞金首コンテンツの説明、まだ読んでなかったな。賞金首だどんな連中なのかも知らないままだった。
オズマさん普通じゃないと思ってたけど、やっぱそうだったのか。
「オズマさんのことでっす?」
「せやねーあれのせいで勘違いにできんのよー」
「自分このままだと、OZのスパイで、街にBC兵器持ち込んだクズ拾いになるで?」
「わぁ。クズ拾いが本物のクズになっちゃった」
「うまいこと言わんでええねん!」
「うーん、身に覚えはあるけど、犯意は無いんです。どうしましょう?」
「情状酌量の余地ありとして、死刑かなぁ?」
「ひどぉい!」
「うちに言われてもなぁ……まあ、衛兵隊って元が軍やから、インチキな方法、あるにはあるんやけど――いちおー聞く?」
「聞くだけでも」
「
「あー。」
――懲罰部隊。
仲間を見捨てて敵前逃亡をした兵士や、一般の犯罪を犯した囚人なんかで組織された部隊の事だ。戦争中は地雷の処理や威力偵察、要は自殺に近い滅茶苦茶な任務で、捨て石にされていた部隊だ。
とはいえ、それは今は昔。今は大分その性格が異なっている。
いまでは犯罪を犯した者が、無給に近い給金で奉仕労働をする部隊を意味する言葉になっている。浄水場のくっさい泥を掘り起こしたりとか、街のゴミ処理とかだね。
ただ、荒事に慣れている連中の奉仕労働というのは、大抵なれ果てと戦ってこいと言うものになる。なので、ネリーの言う懲罰部隊はこっちの方だろう。
「いやでもな正直、自分ら懲罰部隊に送り込んでな、そのまま帰って来ぉへんかったら、うちがステラちゃんに殺されるわ。」
なるほどね、確かに友人の友人が死んだら夢見は悪い。だから悩んでるのか。
「僕ら『和尚さん』っていうサバイバリストに会いに来ただけなんですけど……」
「ほならね、出たかったら、運動場でドラム缶押すか、懲罰部隊やね」
「何ですか、その選択肢の温度差」
「まあー、うちのお薦めは懲罰部隊やね」
「そうですね~ドラム缶は人道的にもちょっとよくないですー」
「え、何!?ドラム缶の方がヤバいの!?」
一体ドラム缶に何があるというのだ……?
「まあまあ、うちもステラちゃんの手前、放っておけんし……。ついてくさかい、そっちのが安全まであると思うで?」
「ほんとですか?」
「まあ……普段は半分くらい帰って来んけど」
うーんこの。
さらに選択肢はあるけど、「いいえ」を選んでもループする感じだ。
「装備とか作戦とか、ちゃんとあるなら行きますけど、どうなんです?」
「あるにはあるで。いうて、話聞かんゴロツキばっかやから死ぬんやけどな」
「自分らは別に平気やろ?イイ仕事したばっかりなんやし」
「……わかりました、それで自由になれるんなら」
「はい!ネリーさんといっしょにお仕事ですねー!」
「よし、決まったな!分隊はうちが見繕って作るから、兄さんらは明日までに集合場所に来な!ちょっとでも遅れたら、街におれんようになるから、気いつけてな」
「待ってください、これから装備の修繕に行くつもりだったんですけど、そういう話ならどこに行くとか簡単な概要だけでも」
「せやったな、んじゃあ簡単に概要を説明するで。」
ネリーは僕らに端末を返すと、自身の端末を操作する。
彼女が僕らのより一回り大きくてゴツい黒い板状の端末を操作すると、僕らと彼女の目の前にいくつもの立体映像を生み出す。映像はテキストと写真のまとめられたタブで、指で触れば動かせる。
流石は軍用端末、僕らの使ってる物とは機能が段違いだ。多人数で共有できて
しかも書き込みもできるのか。そして書き込まれた情報の競合を解決するブランチ管理機能まであると、こりゃすごいな。
「……? あんたらの端末、ひょっとしてネットつながっとらん?」
「あ、はい。僕らのはそうです。」
「しゃーないな、一時的に開放したるか。自分らの端末、衛兵隊のプロバイダに登録して、無線でネットに繫げるようにしておくわ」
「え、いいんですか!?」
「不便でしゃーないやろ、ちょい待ち、ほい終わり」
「で、今作戦用に建てられた、情報ハブに招待するから承諾してな」
届いた招待をクリックすると衛兵隊のアプリがダウンロードされる。
インストールが終了すると、アプリが起動して、今目の前に表示されているものと同じものが表示された。立体映像ではなく、2DのUIでだが。
「今回のミッションの目的地は、
「経路は人口密集地を迂回するために、ハチコクヤマを抜けて、その先の
「作戦時間は開始9:00、終了15:00予定。まあ予定やから気にせんでええ」
「ハチコクヤマはうちらの間で、灰の森って言われる場所や。アンデッドでも、防護具無しだと苦しなるで」
「防護具の支給はありますか?」
「ある。フィルターガスマスクやけどな。バイザーが割れたらどうしようもないから、そっちで予備や、装甲付きのエエヤツを用意してくれると助かるなぁ」
なら、僕とウララの分の、ちゃんとした防毒ヘルメットが必要だな。
外部の大きなフィルターにホースでつなげるものがいいだろうな。
大抵のガスマスクは大きくて重い吸毒缶を付けるから、かなり動きずらくなる。
「うちは※
※SAEMシステム:自己完結型エネルギーマトリクス(Self-absorb Energy Matrix)
このシステムは、サケに寄生するヘネガヤ・サルミンコーラを起源とする。
水中や宇宙、閉鎖空間で活動するアンデッドの無呼吸活動を可能にする。
得られるエネルギーが少ないので、通常は呼吸システムと併用される。
「そうですね。灰の森には、どんな感じのなれ果てが出ます?」
「資料の通り、昆虫型が多めかなあ。飛ぶやつもいるから、ショットガンは持って行った方がええで。っても、突撃銃でも焼夷弾を使えるなら、そっちのほうがええと思うけどな」
「なるほど、参考になります。白兵は非推奨ですか?」
「よっぽど腕と得物に自信があるならやってもええとは思うけどな。ステラちゃんなら真っ向から切り結んでも勝てると思うけど、あんたらはやめとき」
なるほど、アウトレンジから高火力で仕留める、いつも通りでいけるか。
「僕らは突撃銃とショットガン、ライフルを持ってますが……。分隊には機関銃手とグレネード兵はいます?」
「あかんあかん、そんな使える奴やったら、懲罰部隊なんかにおらんで」
「まだ自分が、分隊支援用の軽機関銃持ってった方がええんちゃう?」
おっとこれは重要な情報だ。懲罰部隊に入れられた連中は、軽装っぽいな。
「うーん、これくらいですかね」
「……せや、報酬ってわけやないけど、『和尚さん』がおったらそっちに情報投げる、それでええか?」
「あ、はい、それはありがたいのでぜひお願いします」
ネリーは留置場の扉を開けて僕らを外に出す。
――しかし、なんだか大変なことになっちゃったな。
最初はセクノフォンさんの依頼のために「和尚さん」に会いに行くだけの話だったのに、どんどん事態がよくわからない方向に流れていく。
この作戦も絶対に普通には終わらない、そんな予感がする。
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