第14話 野盗

 野盗はこちらに気付いてるはずだが、向ける機関銃をこちらに撃ちかける様子はない。給弾口の蓋を上げ、見せつけてすらいる。


 彼らは「誠意次第で通してやるが、そちらはどうか?」って事を聞いているのだ。


「少しは理性的なようだ、うれしいね。」


「あれのどこがですか!?めっちゃ狙ってきてるじゃないですか!?」


「あのですね、町から離れた廃墟でバンバン撃ち合うのは、なれ果てを呼び寄せて共倒れの危険があります」


「小銭の為に撃ち合いたくないってことですか~?」

「うん、そういうこと。」


「そりゃ、あなた達からしたら小銭かもしれませんけどね……」

ゴトウさんは不満を隠さずに言う。まあ、気持ちはわかる。


「ゴトウさん、連中がその気なら、曲がり角かなんかで待ち伏せしてハチの巣にしたり、ワイヤーで首を刎ねたり地雷を使ったり、やりよう何ていくらでもあるんです」


「理性的なんですよ、あれでも。」


 そう、野盗も本気で殺しにかかってきてるわけじゃあない。

 やりたいのは金銭や物資の一部を要求し、そこそこ稼ぐこと。皆殺しにすればまるっと奪えるが、こちらが銃を取って抵抗するまでのことは望んでいないはずだ。


 こういう場合に長物の銃は使えないな。僕は念のためピストルとナイフの位置を確認して、何時でも抜けるように用意しておくことにした。


 交渉するという事は、握手する距離で戦闘が発生するかもしれない。そういうときはナイフの方がライフルより速く、役に立つ。


「ウララは防弾プレートを二重にしておいた方が良いかもね、刃物を使うより突撃した方が速いでしょ?」


「そうですねー、トゲトゲの付いたパッドとか買っておけばよかったでっす」

ウララは呑気に物騒な事を言う。冗談なのか本気なのか測りかねるな。


 しかしまあ、勝手に撃ち合いを始めない程度には理性的で、統制が効いている野盗というのは厄介だ。


 おそらく有能で尊敬されているリーダーがいる。彼らは廃墟で生き延びてる連中だ、そんなのをまとめあげるリーダーは無能では務まらないだろう。


 そんなハイスペックな連中と真正面からの殴り合いなんて御免こうむる。

 第一、ゴトウさんたちからはそこまでの前金をもらっていない。もらったのは、せいぜいなれ果てを片手で数えられるくらいの数だけ始末してもらえる程度の額だ。


「彼らとは行きに会いましたか?」

「え、いや、たまに見るくらいです、いつもは通行料を払ってるんですが」

「派閥とボスの名前は?」

「えっと、たしか派閥は『OZ』名前は『オズマ』です。」

「では、交渉は任せても?」

「え、フユさんがやっつけてくれないんですか?」

――は?何いってんだこいつ?


「ゴトウさん、クズ拾いさんを困らせるものではないよ。」

助け舟を出したのは普段は寡黙かもくなササキさんだ。


「クズ拾いさんが、ここで撃ち合いを始めても共倒れだといったじゃないか。 ここは穏便に済ませた方が良いよ」


 隊商内の意思の不一致に不安を感じながらも僕たちはレールカーを前へ進める。

 ウララと僕は交渉の決裂という万が一に備えて、煙幕を用意する。


 ショートバーストという、破裂して展開するタイプだ。これは継続時間は短いが、瞬間的に煙幕を展開できる。本来は戦車とかの車両が使うやつだ。

 いざとなったらこれを起動して煙に紛れて逃げよう。


 ゴトウさんたちには悪いが、僕にとっては彼らよりウララの方が大事だ。前もって打ち合わせて作っておいた符丁ふちょうを出す。


「はあ、余裕があったらトコロザワで服をかえるといいなと思ってたんだけどね~、無理そうだねこりゃ」


「あ、いいですねえ、私もそうしようかな?っておもってました~、でもちょっと難しそうですねぇ」


 場合によっては見捨てて逃げるよ、という符丁ふちょうに対してウララは難しそう、つまり渋々とはいえ同意したようだ。


 僕らは野盗たちに取り囲まれる。そして4人がかりで持ち上げた車止めをレールカーの前にドカッと置かれる。

 しまったな、ここまで準備がいいプロだとは予想してなかった。


「おやおやおや、これはゴトウの旦那じゃないか。イルマからの帰りかい?」


 声をかけてきた野盗は、かなり体を改造されたアンデッドだった。

 体幹にはウロコと、目には瞼が無く半透明の被膜、爬虫類型か。


 頭から尻尾にかけての凹凸が少なく、全体的に流麗な体をしている。

 服装は大分軽装で、装甲を体に保持するためのベルト、それにバックパック等が付いているだけだ。肩の装甲には、ローマ字のOとZが組み合わされた、「OZ」のパッチが付けられている。


 うん、クセノフォンさんと方向性は違うけど、爬虫類型も格好いいなぁ……


 彼は薙刀の柄を半分に切り落としたような中型の近接武器を持っていて、それをこちらに対してこれ見よがしに向けている。


 変な動きを見せたら真っ二つって事か。


 僕は軽く両手を上げて、抵抗の意が無いことを示して彼に確認する。


「あんたがオズマ?」


「いやちがう、廃墟で友好的な顔を見られるのは嬉しいもんだ。俺はスキンク。お前は何ていうんだクズ拾い?」


「よく言うよ。フユだ、後ろのセントールはウララ。クズ拾いだけど、コンビで賞金稼ぎもやってる。」


「よろしくですスンクさん~」

「スキンクだっ!!」


 まだ賞金首は倒してないが、一応コンテンツは解放されてるのでハッタリ効かせるために、いうだけ言っておいた方が良いだろう。


 下手に手を出したらケガしますよ?ってこちらの意思表示だ。


「賞金稼ぎね、大したもんだ。しかしその装備で……」


 僕が賞金稼ぎという事を伝えた後、スキンクは※瞬膜をぱちぱちとさせた、すこし目の色が変わる。何かの考えを逡巡しゅんじゅんしているようだった。


※爬虫類が持つ、瞼の代わりに目を覆う被膜の事。目を湿潤させ、保護する。


「……そうだな、ゴトウの相手は手下がする。あんたみたいなクズ拾いにボスが会いたがってる。 こっちに来てくれ」


 ……賞金稼ぎってこと言わなきゃよかったかな。


 スキンクはレールカーから列車に渡れるように、頑丈な板を通す。そのまま僕らは列車の中に通された。武器を取り上げないのは自信の表れだろうな。


 トゲトゲのサメの歯みたいなお洒落な蛮族デコレーションがされた列車の中は意外と広かった。武器弾薬に救急キットはきちんと秩序だって整理されて、城塞のようにごみごみした感じが無い。これはかなり士気が高いな。


 驚いたのはこの列車、速射砲まで装備しているのだ。前方向からだとうまい具合に隠されていて、その存在が全くわからなかった。


 列車から砲郭ほうかくとして張り出されたスポンソンには、75㎜45口径くらいの、大型アンデッドも相手にできそうな中型砲が装備されていた。

 さすがに常軌を逸している。何もんだよこいつら?


「おっきい大砲ですね~、つよそうでっす」


「いいだろ?うちの自慢の逸品なんだ。足をぶつけないように気を付けてな」


 僕らはスキンクの黄色に黒のラインが走る模様の背中についていった。彼の背中を見ると、そのうろこの肉厚さが解る。ピストルの弾くらいなら弾いてしまいそうだ。


 砲台を抜けた先で、少し奇妙なことが起きる。

 スキンクは、こちらからだと衝立越しで見えないアンデッドを叱り飛ばしたのだ。


「アホ!中で火を使うんじゃねえ、吸うなら外でしろ!あと客がいるときは両手を開けとけって言ってんだろ!」


 衝立の奥からは、火の付いていないタバコをもったアンデッドが、オイルライター片手に「へへ、すいやせん」みたいな感じで出てきた。


 理屈はわからないが、どうやらスキンクは障害物越しでもその先が見えるらしい。これで僕たちの逃げられる可能性は、限りなくゼロになった。


 逃亡の為に煙幕を焚いたとしても、彼にはお見通しだ。

 これ幸いと飛び込んできて、フンッっと得物を振り回せば、僕らはワーってなってバラバラに解体されるだろう。なるほど、スキンクが自信たっぷりなわけだわ。


「スキンクさんは火の元にきびしいんですね~」

「おうよ、火事なんて起こされたらたまったもんじゃねえからな」


「やっぱりお顔がヘビ型だから、火元が解るんですね~火の用心です」

「お、よく知ってるなアンタ、結構便利なんだこれが。」


「ピット器官っていうやつでっすよね?私の以前いた農場にも蛇さんのアンデッドがいて、茂みの中にいるなれ果てを教えてくれたです~」


 二人がピット器官というものについて話を始めたのを僕は耳をそばだてて聞いた。


 どうやらスキンクは物の発する熱や赤外線を感知できるらしい。ウララのいた農場でもそういうアンデッドがいて、隠れているなれ果てを探し出せたらしい。


 アンデッドの多様性ってのはすごいもんだね。


 スキンクは列車の中央部分、隔壁で隔たれた小さな小部屋に僕らを通す。

そこで僕らを待っていたのはオズマだ。


 しかし僕が想像していた姿と、その姿は大分違っていた。

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