第10話 次の依頼は?

 打ち上げが終わった次の日、

 僕らはイルマにあるローカル放送局のスタジオの中――

 ではなく、その会議室に居る。


 放送局は旧日防軍日本国防軍の空軍基地の一角にあり、周囲は城塞に比べて日当たりも良く、清潔感もあった。今はちょうど春の時期なのもあって、なんとも気持ちの良い場所だった。


 住民も全体的に感じが良く、何というか……城塞がいかにドブ以下の環境なのかという事を思い知らされてしまうな。


 観葉植物が飾られ、柔らかな音楽が流れ、新品同様のソファーのある待合室。

 そこでしばらく待つと、優しそうな受付の人に案内されて部屋まで通される。


 なんと座った僕たちの前にお水が出て前に並べられる。冷えている……だと?ここは本当にイルマなのか?


 その体躯で椅子の使えないウララさんは、香箱座りで水に口を付けて「つめたくておいしいですねー」とかいっていて普段通りだ。驚かんのかい!


 いや、ウララさんがいた農場は、ここみたいに奇麗だった可能性もあるか。


 ジャンキーがサイケデリックな色のスシを食らい、サイコが幻覚剤電子ドラッグ入りの天プラにかぶりついているの城塞の中に比べて嘘のように穏やかだ。

 繰り返す、ここは本当にイルマなのか?


 ほどなくして依頼者が現れる。その体は艶やかな黒い毛並みに覆われていた。


 ヒョウの顔を持ち、下半身は犬猫と言った獣に見られる趾行しこう性の足をして尻尾を生やしたアンデッドだった。


 上半身はほぼ人間の形で手指が五本、手には紙片と依頼の内容が書かれた書類らしきものをもっている。


(うわぁ……獣型だ……黒ヒョウかなあ?格好いいなあ)


「放送作家のクセノフォンです。」


 彼は用意していた紙片を両手でこちらに差し出した。まさかこれは……!


 しまった、”名刺”だ……僕はそんなものもってないぞ!?

 完全にこの可能性を考えていなかった!


 以前、廃墟で見つけた紙片、”名刺”を端末で調べた時のことを思い出した。

 

 名刺とは――戦国時代、決闘で倒した相手の死体に対して、紙に自身の名を書いて血判をすることで、証とする風習だ。


 名で刺す、それが名刺の由来となり、後世でビジネスルール化したのだ。


 名刺を持っていないビジネスマンは命を懸けてビジネスの世界で闘う気が無いとみられ、村八分という刑罰をうける。この世に存在しないと扱われ、すべての人権が停止されるのだ。


 しかし、ここで救世主が現れる――名刺を用意していないことで、完全にパニックになってしまった僕を救ったのは意外な人物だった。


「申し遅れました。『ラグ.アンド.ボーンズ』のフユとウララです。お名刺、頂戴いたします」


 ウララさんは何度も訓練されたであろう流麗な動きで紙片を受け取ると、机の端にぴたりと嵌めるように名刺を置く。


 そして手を前で合わせると、丁寧にお辞儀してクセノフォンに謝罪した。


「大変申し訳ありません、ただいま名刺を切らしておりまして、後日ご連絡してもよろしいでしょうか。」


「いえいえ、もちろん大丈夫ですよ。」


 ――僕の隣りにいるの、ほんとにウララさん……????

 農場で商談をやるとかで、こういうビジネス会話に慣れてるんだろうか?


「クセノフォンさんのお書きになられている、イルマラジオの『月面海兵隊』毎週聞いてます。今回一緒にお仕事できる機会をいただけて嬉しいです。」


「おお、聞いてくださってるんですか、ありがとうございます。」


 相手が何をしている人物か、事前リサーチ済み、だと……?


 ウララさんの社会人能力の高さを目のあたりにして、僕は自身がなんだかものすごいちっぽけな存在に思えてしまった。


 ここでは社会のダニ、クズ拾いの経験など何の役にも立ちはしない……ッ!


 早速依頼の説明に入りたいと思うのですが、こちらが資料になります。恐縮ですが、機密保持契約NDAの締約前ということで、fix決定稿になっていない資料をお見せすることになりますが、大筋はこの通りです。


「はい、それでは拝見いたします」


 NDAってなんだよ!?Fixってなんだよ!?理解してないのぼくだけかよ!?

 何でウララさん、さも当然みたいに対応できてるの!?


 ウララさんが僕にも見えるように目の前に置いた資料をめくってくれる。

 イラスト付きでどういった番組を作るのか、と言うのが書かれている資料だった。ページ数は20枚そこそこだったので、すぐに大筋はわかった。


 ――つまりこういうことだ。

 新しいテレビ番組を作る。テーマは廃墟での汗あり涙ありのサバイバル。

 廃墟でゼロから、拠点を作り上げていき、時間をかけて要塞化していく。襲い来るなれ果てや自然災害、奇現象から拠点を守り、視聴者が見守っていく。そういった内容だった。


 もちろん、僕たちが作るわけじゃない。周囲のアンデッドの掃討はするが、基本的にはアドバイザーの立場で、俳優が作っていくのを支援していく形だ。


 流れとしては、俳優が必要に迫られて、自分の勘で何とかしようとする、しかし失敗する。そうしたら、クズ拾いが廃墟に伝わる技を俳優に授ける。そういった演出をしていくらしい。


 なるほど、読むだけでも面白そうだ。残念ながら、僕たちの出演は無いらしい。

 秘策を授けるクズ拾いも、俳優さんを用意してるみたいだ。

 親父は「テレビに出てもらおうと思ってる」とか言っていたが、多分僕らの見た目がベテランっぽくないから取りやめたな、コレは。


「しかし、僕たちでよいのですか?他にもベテランの方は居るでしょう?」

「それがですね……」


 クセノフォンさんは別の資料をこちらに差し出してきた。


「これが最初に依頼をしたクズ拾いの方が作った資料なのですが……」


 ・軍用ノフソデッドが元のなれ果ては強い、しかレ盾を持っている奴はガードさせれば反撃は受けない!反撃を受けたりする。

 ウリアッ上の最殺力はかなりの物なのでヌカらせると反撃をうけにいく。そのまま連続攻撃になたりする。


「それでこれが、その次に依頼をしたクズ拾いの方が作った資料なのですが……」


 つまり都庁は古代人の遺跡であり、魚人たちの中から選ばれた神官が儀式をしていた場所である。その痕跡は『いのちのかがやき』という不定形の生物を描いたであろう壁画に見られる。これは――

 そんな――あの手は何だ!? ああ! 窓に!窓に!


「何ですか? この怪文書?」

「はあ、なので私も途方に暮れてしまってですね……」


 クセノフォンの黒い毛並みのおかげで彼の顔色はまったく解らないが、げんなりしていることくらいは声色とため息のでかさでわかる。


 何でこんなことになってるのだろう?と考えてみたのだが、ちょっとした可能性に思い当たった。


 クズ拾いに限らず、アンデッドの技能移植というものは、戦前の人類の自我に由来している。自我の収集が行われた時代に、アンデッドとなれ果てはまだいない。


 つまりクズ拾いは、クズ拾いという職業の技能を移植されているわけではなく、兵士や傭兵、荒事に強そうな職業の技能をちゃんぽんにしているわけだ。


 だからこういった毛色の『誰かに何かを伝える』といった繊細な依頼に対応していないのではないだろうか?


 となると協同作業の農業をしていたウララさんに適性があるのもうなずける。

 それにしたって、ちょっと振れ幅がひどすぎやしないか?とも感じるが。


「やけ酒をしていたところ、カクタさんから紹介を受けまして、先ほどのやり取りで確信しました……あなた達なら信頼できる!!ぜひお願いできませんか!?」


 うーん、そもそも対応していない、となると……自我の系統によって適性がすごい出るのかもな。クセノフォンさんは、たまたま凄いハズレくじばっかりを引いたのかもしれない。


 主にウララさんの社会人スキルのおかげで、僕らはクセノフォンさんの依頼を受ける運びとなった。


 まずやってほしいことは、「廃墟での安全な拠点設営の方法」を教えてほしいとのことだ。基本は文書でよいが、写真と、動画があればなお良しだそうだ。


 真面目にやればやるほど、依頼主はリアリズムのあるが取れるし、僕らも拠点設営に必要な実用上の知識が得られてWINWINだ。


 これはやり甲斐のある仕事になりそうだぞ――。

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