速度零

001 CASE453 雑誌記者・A

 JR東日本南北総武線連続駅プラットホーム転落死事件。世で放送されているニュースは最近その話題で持ち切りだった。現在判明している限り、すでに数百名の人間が事件に巻き込まれ、その身を粉々にしこの世を去っている。現在私はその事件を追う記者として上司に担当を割り振られ、記事のネタ探しのため、初めてこの事件が発生したと目されているJR南北総武線北船橋駅にいた。

 

 少し古びた改札口を抜け、その右斜め正面にあったエスカレーターに乗ると、駅プラットホームが私の目の前に現れた。そこは多くの人が足の踏み場もないほどの行列を造っており、本来は広々とした敷地であるというのにそう感じられないほどその人口は密集していた。


 私はまだ人の少ない待合室の壁の横に身体をもたれ掛からせ、行列に並んでいる人々の様子をうかがった。この駅に着く前、プラットホーム転落事件が連続して起こっているのだから、駅プラットホームの列車との境目付近にあるラインを超えるような人間はいないだろうと予測していた。だが、それは誤りだった。ほとんど後一押しで転落してしまうのだろうという位置にもかかわらず、スーツを着たサラリーマンや学生服を来た男女が所狭しとその身を置いていた。


 もちろん転落死事件はみんな承知であるのだろうが、かといってそのくらいで、通勤、通学を止めるわけにはいかない。本来、彼らとしてもプラットホームから転落するような位置に身体をやりたくないはずだ。だが、自然とエスカレーターや階段から上がってくる人々により、前へと押し出されその身はもう間もなく転落しようという場所へと追いやられる。女性専用車両の乗り場は若干空いているようだが、その位置はプラットフォームの最奥にあり、その乗客であるはずの女性たちはそこには向かおうとせず、そのまま身を置かれた位置に留まっていた。こんな女性専用車両等を造っている暇があるのであれば、ホームドアを取り付ける方が先決じゃないのか、初めてこの駅に来た私はそう思った。


 数百名が命を失った連続駅プラットホーム転落死事件が発生しているのにもかかわらず、その駅の経営母体であるJR東日本南北総武線鉄道運営会社の対応は遅かった。簡易の柵でも用意すればいいものをあれこれと理由をつけて先延ばしにし、責任を逃れることのみにその全精力を注いでいた。転落死事件自体が彼らのせいではないにしても、それ相応の対応をするべきなのではないかというのが、世間一般の彼らに対する評価だった。


 遠くの方から電車がプラットホームへと向かってくるのが見えた。その電車はスピードを落とす気配がない。そのことからそれは急行電車であるのだろう、と私は推測した。先ほど屋根についた電光掲示板を確認すれば良かったのだが、この待合室からではそれがどうやっても目に入らない。徐々にこちらへと近づいてくる電車の様子をうかがう以外、私にはその電車が急行であるのか各駅停車であるのかが判別ができなかった。


 私がなぜそのようなことを気にしているかというと、そのJR東日本南北総武線連続駅プラットホーム転落死事件は、必ず急行電車がその線の駅を通り過ぎる時に発生しているからだ。その被害者、その年齢は様々だがそれまで自殺をするような人間ではないと思われている人々だった。そのような人々が急行電車が来るとプラットホームからその身を投げ出し、自ら命を絶っている。

 駅の監視カメラには誰かが彼らの背中を押したような様子は映っておらず、連続駅プラットホーム転落死事件発生当初はそのすべてがただの人身事故扱いにされていた。転落したその人間すべてがプラットホーム側を振り返り、誰に押されたのか確認しようとしている素振りをするという不自然な行動を監視カメラの映像上でしていたが、それはただの偶然と世間一般にも当初の警察内でも思われており、それ以上の調査は行われることはなかった。


 その事件に対する世間の評価か変わったのはちょうど五十人目、女子高生Fがこの駅で電車に轢かれ死亡した後のことだった。監視カメラの映像に映る彼女の姿は、途切れ途切れになっており、初めはエスカレーター付近にいたのだが、突然プラットホームと電車の境目に姿が移動し、まるで誰かに抱えられたような身体の体勢で監視カメラに再度現れた。その後また姿を消したかと思うと、もう一度その映像に出現し、その時はすでに駅プラットホームを猛スピードで通りすぎようとする電車の手前にいた。彼女の身にその後何が起こったのかは語るまでもない。


 映像を確認した警察は何かしらの事件性があると判断し、一連の事件を連続怪死事件とし調査を再開した。だが、その後その女子高生のような怪死を遂げる人間は存在せず、かといって連続轢死事件は止むことはない、この事から警察の捜査は難航し、今に至っている。


 私はもう一度電車の姿を確認した。駅プラットホームに身を入れてくるその速度を見ると、やはり急行電車であることは間違いなさそうだ。事件が発生するとしたら、ちょうど頃合いの時間帯だ。


 JR東日本南北総武線連続駅プラットホーム転落死事件は通勤時間帯、帰宅時間帯に事件発生時刻が集中していた。自殺をするとするのであれば、人に止められる可能性があるそのような時刻をわざわざ選ぶ必要はない。しかも場所は駅プラットホームに限定されている。線路に入るのが目的なのであれば、多数の人がいるその場ではなくても良いはずで、それがなぜか全員人生の終着駅にそこを選択する。明らかに不自然だ。自殺志願者の気持ちなどわかるはずもないが、私はそう思っていた。


 腕時計を確認してみると、現在時刻はちょうど朝八時。私の思惑とは違い、人がプラットホームに身を乗り出すような気配はない。おそらく今日は何も発生することはないだろう。その様子を見た私はそう思った。ネタを探しに来てそうそう事件現場に出くわすことなどはなから期待していない。そんな幸運が毎回起こるのであれば、毎日足を棒にして街中を歩く必要などありはしない。


 そんな事を考えてから、ふっとため息を吐いた。その次の瞬間、誰かに背中を強く押された気がした。待合室の壁を背にしていたはずなのに、手の感触が私の背中から脊髄に伝わってくる。不自然どころの話ではない。

 私は急いで後ろを振り返った。プラットホームに立っている通勤客たちの姿が見えた。誰も私の事など見ていない。もちろん私の背中を押した者が何者なのかなどわかるはずもなかった。

 けたたましい電車の警笛音が鳴った。誰かがプラットホームから飛び出したのだろうかと思った。だが、私の他にそのような事をしている人物は見当たらなかった。

 そして、いつの間にか線路に身体をやられていた私は、宙に自らが浮いていたことなど気がつくこともなく、突進してきた電車にその身ごとさらわれた。

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