悲しき魔女と真心
episode108 : 新たな訪問者
「そんじゃ、またな」
「…………また、ね」「次会った時は必ず勝つ」
別れの挨拶に対し、正反対の返事をする兄妹。特に兄の方は、嫌な表情をしつつもわざわざ駅まで出向いてくれた。
妹の真衣に付き添って来たのだろう。
嫌なら来なくていいなんて、そんな無神経なことは思わない。
「すみません九十九さん。私はまだこちらでやる事がありますので」
「いや、無理やり着いてきたのは俺の方だから。むしろ予定があるのに駅まで送ってくれて助かった」
「そのくらいはさせてください」
詩佳は一橋とまだ話し合うことがあるらしい。兄妹と共に駅まで送ってくれたのは、彼女の優しい性格故のこと。
そのうちまたお礼をしないとな。
俺はたった三人の、どこよりも手厚い見送りを受けてその街を後にする。
駅の階段を登る寸前、ふと思い出して振り返った。
「次来た時は、祭りでも行こうな」
それはあの兄妹と、
その返答は、彼らのぎこちなく、嬉しそうな笑顔によって返されたのだった。
「……さて、どっか人のいない場所に」
一般に一橋の地域から帰るには、新幹線を使うのが一番早い。
だから駅まで送ってくれたのだ。
しかし、それはあくまで
彼らと別れたあと、駅の改札をスルーして反対側に移動する。そして駅から出ると、人のいない路地にこっそりと入る。
そして、誰にも見られぬようビルの屋上に跳ぶ。
8階建ての屋上には案の定誰もいない。人が居ないこともよく確認した後、俺は従魔を喚び出した。
「――召喚、クルー」
立派な翼と体を震わせて、キンググリフォンことクルーが召喚された。
「悪いな急に。家まで乗せてってくれ。それとハク。俺らにも透明化を頼む」
「……むぅ、妾はまだ眠いのじゃ」
「人のベットで寝てたやつが何を言う」
「うっ……、仕方ないの――化けの術・透過」
身体の透明化って、人のを見るとホントにすげーと思うけど、いざ自分が透明化すると不安になる。
これ、ホントに見えてないのか……?って。
「クルー、ひとっ飛び頼む」
軽く背中を叩くと、元気なクルーの鳴き声と力強い翼の羽ばたきで応える。
一瞬の浮遊感の後、一気に大空へ飛び上がった。
「これなら1時間かからずに帰れる。あ、着陸は適当でいいぞ」
俺はクルーに指示を出し、しばらく大空の旅を特等席で楽しむのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
一橋の駅を出たのがだいたい10時前。
帰宅したのは実に11時前だ。
自宅のマンションの屋上に着地し、そこから階段を使って下に降りる。たった数日だが、随分長い間家を空けていたように感じる。
そう思うと自然、帰る足が速くなる。
葵は元気にしてるだろうか。
ちなみに、俺の住んでいるこのマンションは6階建てで、俺の部屋は4階である。通路の中央に設置された外階段を使って、見慣れた景色の4階。そこの402が自宅……
「ん?お主、あそこは主の家宅では無かったか?」
「……誰だ?あれ。ごす……ろり?」
俺の家の扉に寄りかかり、体育座りで座る少女がいた。
まるで漫画の世界から飛び出して来たような、黒いフリルの付いた傘を手に、真っ黒で動きにくそうなワンピースを纏う、不思議な雰囲気の少女。
……俺にゴスロリ趣味の知り合いはいなかったはず。
しかし何故だか、どこかであったことがあるような……?
「よぉ、俺の家に何か用か?」
「……なんだ?私は…………。はっ?!君は……九十九少年だな!!そうか、やはり私は間違っていなかった!七瀬の小僧は教えてくれないし、仕方なしに聞き込みを続けて来たかいがあったというものよ!」
「……いや、誰だお前」
少し……随分、かなり、独創的な人だ。残念ながら、知り合いでは無い。
「そうか、前回は私は参加しなかったのだったな。私は――くぅぅ」
小さな胸を張って、ドヤ顔混じりに自己紹介……を、小さく可愛らしい腹の音がかき消した。
「……腹、減ってるのか」
「むぅ、思えば昨晩から何も口にしてないな」
「お前、昨晩からここに?」
「いいや、着いたのはつい先程だ。それまでずっと君を探していた」
「つまり、俺を訪ねてきたと?」
「その通りだ。残念ながら出かけていたらしいのでな。ここで待っていた」
「…………飯、食ってくか?」
「良いのか!!それは助かる」
初めは怪しいヤツかと警戒したが、七瀬リーダーの名前が出てきたところを見るに、不審者では無さそうだ。
だいぶ怪しくはあるけど。不審だったけど。
「待ってろ。今鍵開けるから」
彼女と話しているうちに、今日が平日でもあったことを思い出した。あれだ。葵は学校でいないんだ。
きっと、追い返そうとしなかったのは、葵に会えない気持ちの低下が原因だろう。
でなければ、問答無用で追い返していた。
「あぁ、どっかで見たことあると思ったら、――ナンバーズだよな、お前」
「なんだ、覚えていなかったのか。そうだ。私は一級第3位、――ナンバーズ
玄関前でうずくまっていた八島胡桃を招き入れ、俺は少し早い昼食の準備を始めた。
ダイニングのテーブルには、ルンルンと擬音が聴こえてきそうな八島が足を揺らして待機中。
……年齢不明って書いてあったけど、実際何歳なんだ?
「九十九少年!昼食のメニューはなんだ?」
「え?家にあんまり材料が残ってないから、スパゲティでも作ろうかと思ってたが」
「麺だな。丁度食べたかった」
「そりゃどうも。飲み物は何かいるか?悪いけど、お高い紅茶はないぞ」
「特にお茶でも水でも構わない。食にはこだわりがないのでな」
これは勝手な偏見だが、何となくティーカップに入った紅茶なイメージだった。
紅茶も、午〇ティー(レモンティーver.)なら俺が好きで買い溜めてある。こだわりがないならそれでも出しておこう。
「それで、俺に用事があったんだろ?なんだ」
「そうだったな。頼み事なんだが、しばらくの間、泊めてくれないか」
「…………はぁ?」
彼女の突然な頼みに、俺は思考が数秒停止した。
なに?泊める?ほぼ初対面の相手を?
一体俺はこいつになんだと思われてんだ。
「あのな、無理に決まって……いや、ギルドで良ければいいかも」
ギルドなら泊まるための部屋がある。
使われてない部屋も残ってるし、初対面とはいえナンバーズのお偉い様を放置するのはまずい気がした。
自宅?放置した方がマシだ。
「ギルドには行かなかったのかよ」
「む?行ったぞ。しかし、マスターであるお主がいないから改めて訪ねてくれと追い返された。住所なんて教えてくれなかったから、わざわざ聞き込みをしてここに辿り着いたのだ」
この際、聞き込みして俺の家がバレてしまうことについては置いておこう。しかし、泊めてもらうにしても、どうして頼る相手が俺だったのか。
八島のギルド領地からここまでって、結構な距離があるはずだ。隣合っている訳でもないし。
「だったら、食べ終わり次第もう一度ギルドに行こう。具体的な話はそれから聞く」
「それは助かる」
午後の予定も決まったところで、昼食ができた。俺は知らない相手と俺の家で二人きりでご飯を食べるという、全く不思議な状況で食事をした。
人の家で平然と昼食を食べる相手も相手だが、それを受け入れている俺も俺なのだ。
姿は見えないが、ハクがため息混じりに呆れているのが目に浮かぶよう。
もし葵が帰ってきたら叩き出す覚悟を持って、しかし今はまだ帰ってこないで欲しいと思いつつ、俺はその日の午前中を終えた。
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