episode78 : 深緑の試練 前編

――バタンッ


 全員が部屋に入ると、扉が勝手に音を立てて閉じた。


「ひ、開きません!」

「逃がさないってか。あいにくこちらも逃がす気はねぇ」


 そのために扉前でセーブしておいた。


 部屋の中央には何かが入った巨大な水槽があり、そこから伸びる数本のケーブルが部屋の奥へと続いていた。


「な……っ、あれは……」

「シンシア!!」


 ハクが必死な声でそう叫ぶ。あのマキナですらその水槽を見て不快感をあらわにしている。


「お兄さん。あそこにって」


 ハクたちのただならぬ雰囲気を感じ、三佳が小さな声で問いかける。


「たぶん、ハクたちの昔の仲間だ。……胸糞悪いことしやがる」


 その水槽の中には、一人の少女が魔法で縛られ封印されていた。

 尖った耳と空色の髪。そして背中から生えた特徴的な羽。


「……マキナ。あいつ……彼女は、精霊か?」

「そうだ。我々の仲間であり、本来この試練の主。名をシンシアと言う」


 羽が消えかかっている。

 弱っている証拠だ。


「今助けてや――」

――烈火強陣


「ハクっ!!――飛翔加速」


 少女の元へ駆け出したハクに、死角から飛んできた炎の拳が迫る。俺は名前を呼ぶと同時に飛びだし、左手でハクを掴まえ右手の剣で拳を受け止めた。


「く――っ」

「ひゃはははは!!そうだ。そうでなくちゃな!!」


 防御が間に合ったとはいえ、かなりの威力が直撃し数メートル後方まで吹き飛ばされた。


「ハク。大丈夫か?」

「う、うむ……。すまぬ」


 俺は抱えたハクの無事を確認し、正面の敵を睨みつける。


「強化した一撃だったが……、まだまだこれからだぜ」

「もう回復してやがるのか」

「おそらくは、これの効果だろう」


 近くに駆け寄ってきたマキナが、少女の入った水槽を叩く。


『魔力回路の反応を確認。生命の魔力を吸収し神力に変換する装置のようです。その魔力を用いて身体を形成していると予測します』

「……ゴミ見てぇなシステムだな」


 少女があそこに囚われている間、クソ神と戦うほどに弱っていくと。厄介極まりない。


「さてどうする魔王。潔く俺に殺されるか、それとも仲間諸共死ぬか――」

「それは選択って言わねーんだよ!!」


――疾走


 俺は奴の言葉を聞き終わる前に飛び出した。短剣と拳がぶつかり合う。


「貴様、仲間がどうなってもいいと?」

「ほざけ。さっさとお前を殺せば済む話だ」

「はっ!やはり最高だ!!」


 鍔迫り合い中の回し蹴りを飛び退いて回避し、追撃の対策に魔法を放つ。


「援護するぜ九十九!」

「わ、私も!――光の恩恵エンチャント


 三佳のバフが味方全員を強化し、同時に俺と赤崎さんで距離を詰める。


――爆炎


「おわぁっ!?」

「お前は邪魔だ」


 神の足から猛烈な爆発が発生し、近づいた赤崎さんが後ろへ飛ぶ。さらにその爆風を利用してこちらに迫る。このスピードで接触するのはまずい。


――影渡り


「やらせるかよ。――神光」

「させぬぞ!!――狐火・地獄炎」


 神の光とハクの炎が混ざり合う。完璧な光とならず影の中にダメージは無い。さらに上手いこと調整された奴の背後の影。


――風切


 飛び出し際に背中を切り裂き、傷口へ蹴りの追撃を行う。


「ぐつ……痛えじゃねぇか!!――


 ガコン、と音がして神の傷が消えていく。それに伴って中央の水槽上の機械が自動で動き出した。


「うっ…………がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「シンシアっ!!」


 魔力が吸収される影響で少女が悶え苦しむ。ハクが青い顔で水槽へ駆け寄るも、謎のガラスにはヒビひとつ入らない。


「さぁどうする?これ以上は彼女の魔力がもたな――」


――投擲


「なに?!」

「ハクには悪いが、俺はお前さえ殺せれば何でもいいんだ」

「…………ちっ」


 神が振り返る瞬間、俺は短剣に変化したメタを投擲。頬に切り傷を作る。

 俺の動揺を誘っていたのか、全く怯まない俺に対して苦い表情をする。回復できるとは言っても無限じゃない。心のどこかで勝てないと感じているのかもしれない。


「そうだよなぁ!!何せ、んだから」


 そう。

 俺にはまだ心強い従魔たちがいる。


 あいつらにはこの部屋に入る前に戻ってもらった。狭い部屋だった場合に機動力が落ちるためだ。


 ハクとマキナはまぁ……いつもの事だろう。


「この俺を舐めているのか――ふざけるなよ人間風情が」

――眷属召喚


「そっちこそ、たかが人間を侮るなよ――神ごときが」

――召喚


 緑の魔法陣から現れるは数多の獣。やはりと言うべきか、その瞳は虚ろで生気が無い。所詮は借り物の眷属というわけだ。


 対してこちらはいつものメンツ。

 数は圧倒的に劣るが、個々の力の差は歴然。俺は従魔に向けてただ一言


「――潰せ」


 胸の奥から煮えたぎる怒りを乗せて、そう言い放った。



――ハク視点――


 ガラスをいくら叩いても、内に眠る友は目覚めない。時節苦しそうな表情をするのに、妾の声は届かない。


「シンシア……」


 彼女は妾たち七天皇の中でも、特に争いというモノが嫌いであった。マキナとサタンの喧嘩には、いつも彼女が仲裁しておったのを覚えておる。

「喧嘩はおやめ下さい。私は皆さんが笑っている方が好きです」と、その笑顔の前には誰もが争いを辞めたのじゃ。


「…………うぅっ」


 そんなシンシアが今、争いのための魔力源どうぐにされておる。主が奴の相手をしておる間に、彼女のために妾ができることはないのか。


「…………」

「えっと、ハクさん……でよろしかったですかね」

「汝は……」

「この方はハクさんのお友達ですか?」

「そ、そうじゃな。大切な仲間で……友人じゃ。しかしこの気持ちは私情である故、この戦いには本来持ち込むべき感情ではないのじゃ。……すまぬ」

「そんなことはありません!!」


 七瀬……と言ったか。主を支えておる上司の問に答えると、こやつの後ろから、鮮明な叫びが遮った。


「誰かを助けたいって気持ちは……きっと間違いではないです!!だからっ」

「三佳さん、落ち着いてください。そう叫んでは魔物が寄ってきます」

「でも……」

「えぇ、ですから私がここにいるのです。ハクさん。彼女を助けたいと言うその気持ち、捨てるにはまだ早いと思いますよ」


 七瀬はそう言うと少し離れた天井を指し示す。


「あそこを見て下さい」

「あやつは…………」

によるものですが、きっとなのでしょう。彼のことは、私よりもよくご存知なはずです」


 その先には、妾に託された――主からの命が

 命令であり、妾の願いを叶える策。


「あの場までは私が連れて行きましょう。その後は……」

「妾に任せるがよい!」

「その意気です。九十九君たちが魔物を引き付けている間に、急ぎますよ」


 妾を担いだ七瀬が、水槽上の天井近くまで跳躍する。鳥の獣も今はクルーとホムラが抑えている。

 水槽から伸びる筒の上に着地し、妾は急ぎ飛び移る。


 黒い筒がいくつも束になっていて、その先は謎の機械に繋がっていた。妾はマキナと違い、機械とやらには疎い。


 ……しかし。


「おぬしあるじからの伝言、ご苦労じゃった。妾も手伝うぞ」


 ここまで誘導されていれば、妾でも解る。


「大丈夫そうですね。私はこのまま九十九君のサポートに回ります。ここはよろしくお願いします」

「了解したのじゃ。汝もここまで感謝する」


 それから主よ。感謝する。

 待っているが良い。


 ――今助けるのじゃ。

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