第10話.開戦。そして激突
一人、黒毛の軍馬に跨がり、前線に立ったアカシックの後方には、
右翼から左翼の端に至るまで、約1万の傭兵だけで構成された帯。
なお紺色の服はアカーシャ王国に属している者の証で、馬上のアカシックも銀色の鎧の上に、濃紺のマントを羽織っている。
まだ14歳とあり、外見には幼さを残しているが、マントを風にはためかせ敵陣を睨むその姿は、まるで総大将のようである。
しかも彼が付けるマントには、金糸によって見事な家紋が描かれていた。
庶民の暮らしを知らないアカシックは気がついていないが、英雄アクシスの家紋を知らない兵士は居ない。
その為、自然と傭兵だけでなく自軍の士気も高まっていた。
分厚く垂れ込めていた雲が割れ、戦場に金色の陽光が落ちる。
アカシックの後方より聞こえるドラムの音に合わせて進軍が始まった。
それに呼応して、敵軍がゆっくりと迫ってくる。
青を基調としたアカーシャ軍に対して、敵軍マグチタスの色は威圧的な赤だ。
朱色のみすぼらしい服を着た傭兵の群れが、先に仕掛けてきた。
まだ中間にある川に迫っていないというのに、大声を出して走り出したのだ。
それに釣られて味方の傭兵までが、後方の指示を無視して駆け出したてしまう。
「なるほどね。戦場には魔物が棲む……か」
味方の邪魔にならないようにと、アカシックは軍馬に早足をさせていたが、このままでは川岸に陣取った敵軍と川の中で戦わなければならなくなると判断し、彼は手綱を一つ叩き、掛け声とともに
歩兵でしかない傭兵達を置き去りにし、アカシックは濃紺のマントをなびかせて戦場を一直線に進んだ。
思った通り水深が浅い川を一気に馬で駆け抜け、迫り来る朱色の軍勢に向かって突き進む。
目指す先には、ただ一人、黒い鎧を纏った男が大剣を片手に疾走してる。
一般人であれば、その重みに負けて十メートルも走る事が出来ない重装備を物ともせず、真紅のマントをはためかせている。
”黒獅子ガイオス”
それは天の采配であろうか。
万を超える兵が居並ぶ中、両者は一直線に距離を詰めた。
最初に攻撃を仕掛けたのは、赤い髪を振り乱して走る大男、ガイオスだった。
髭に覆われた顔にある
最早、自分が傭兵団を率いる大将であることも忘れ、軍馬にまたがる銀の鎧に血走った目が釘付けになっていた。
きっとここが戦場であることも忘れているに違いない。
裂波の気合を発し、あの時と同様に一気に距離を縮めてから飛び上がる黒い影。
そのまま勢いを付けて、大上段で紫色雷光を纏った幅広の刀身を叩き込んで来た。
馬上の人であるアカシックの頭上からだ。
落雷を思わせる
戦場に似つかわしくない静寂がしばし続く。
荒野を渡る風が一陣、土煙を持ち去った。
肉塊と化した軍馬に大剣を叩き込んだ姿勢で固まる黒獅子の後ろ、朱色の軍勢との間に、銀色に輝く鎧を纏ったアカシックが立っている。
振り返りもせずに片手に長剣を持ち、静かに敵の軍勢と向き合っている。
まるで時が止まっているよう。
陽光を反射して輝く銀色の鎧が一歩前に出る。
数万の軍勢が息を飲んで見守る中、コトリと音を立て、燃えるような赤い髪と髭に囲まれた頭が大地に転がった。
青い軍勢より、津波の如く歓声が湧き上がり、嬉々として水しぶきを上げて川を渡ってくる。
一方、朱色の軍勢は動揺を隠せなかった。
たかが一人の傭兵が死んだだけだというのに、まるで負け戦が確定したかのように、前進を忘れて静まり返っている。
しかし一人だけ、戦意を失っていない人物が居た。
青年と呼ぶにはまだ若く、それでいて金色の髪に飾られる整った顔には、風格さえ漂わせている少年。
軍勢の中で誰よりも早くあの世へと旅立ったガイオスよりも、更に獰猛な目つきをした弟のカルシオンだ。
「ガイオス様の敵討ちだーーーー。俺に続けーーーーーーーー!!!!!」
「「「「「ウォオーーーーーーーーーー!」」」」」
自分の父を討った仇の仇討ち。
まるで冗談のような状況をも嬉々として受け入れ、弟は実の兄に剣を向ける。
まだ青い軍勢はアカシックの所まで到達していない。
ただ一人、朱色の軍勢に取り囲まれ、彼は金色の髪をなびかせる少年と剣を交えた。
「カルシオンか。生きていたんだな」
「ふっん。ぬかせ!お前なんか母上の苦労も知らないくせに!!!」
体格では互角の兄弟が振るう長剣と大剣が火花を散らす。
その直後、背後から紺色のマントを貫こうと、体重を載せて槍ごと突撃してきた傭兵の両手が飛ぶ。
横合いから銀色の鎧に切りかかって来た傭兵の手首も同様に飛ぶ。
しかしここは戦場。
獲物に群がった蟻のごとく、アカシックに対して朱色の軍勢からの攻撃は止むことがない。
そんな中、二人の兄弟は平然と剣を振っている。
「そうか。母上は無事なのだな」
「無事なものか!それよりも、ここで決着を着けてやる!」
表情を変えること無く、平然と弟の剣を受け止めるアカシックと、会話を交える度に白い顔を怒りに染っめるカルシオン。
ただ少年は、内心では兄に恐れを抱いても居た。
あの遥か高みにいた父を殺したガイオスの首を、いともあっさりと、兄は刃を交えること無く簡単に切り飛ばしたのだ。
数多の戦場を駆け巡り、家を出たときよりも数段強くなった少年にも、あの時の兄が振るう剣を目で追うことが出来なかった。
それが証拠に、兄はカルシオンの激しい斬撃を受け流しながら、無数の敵兵に囲まれても平然として戦っている。
きっと弟の事も、いつでも切り殺せるに違いない。
その事が無性に腹立たしくなり、カルシオンは我武者羅に大剣を振るうのだった。
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