第8話.出立。修羅の道


 1年後。


 「お茶をお持ちしました」

 「ああ、そこに置いておいてくれ」


 執務室にある大きな窓から中庭を見下ろしているアカシックは十四歳になった。

 背もぐんっと伸び、年上のセリヤよりも頭一つ高い。

 それに肩幅も広くなっている。


 その引き締まった体は細身でも、物凄く力が強いことを、今でも床をともにすることがあるセリヤは、よく知っている。


 「あの……アカシック様。お話が…………」

 「明日、国を出る。準備をしてくれ」


 エプロンに隠れたお腹を触り、意を決したセリヤの言葉に被せるようにして、アカシックが用件だけを伝えた。


 「畏まりました……。どうかご無事でお戻りください……。お帰りをお待ち申し上げております」


 震える瞳を閉じ、腰を深く折った侍女は、あの風変わりな老人が屋敷を去った時から、決めていたセリフを伝えた。

 自分が本当に伝えたかった言葉を飲み込み。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 その頃、隣国では、黒獅子ことガイオスと、その右腕と呼ばれるようになった金髪の少年が戦場を駆け巡っていた。


 何しろ傭兵などという職業は、まともな訓練を受けたことがない、乱暴なだけのただの人殺しの集団なのである。

 それに引き換え、少年は幼い頃より、一流の戦士に基礎から叩き込まれていたのだ。


 初めて戦場に出たその日に、少年は十九人の敵兵を殺してみせた。

 あと一人殺したかったが、少年のあまりの強さに敵兵が逃げてしまったのだ。


 それに引き換え、他の兵と来たら、軒並み一桁しか殺せていない。

 それどころか十人程、何も出来ないまま死んでもいた。


 頭目のガイオスは別格として、話にならなかった。


 その日より、自然と少年に楯突く者は居なくなった。

 父や兄が居ない世界の、何と自由なことか。


 「はっはぁ~~、ひゅ~~、死ね死ね死ね~~。ねぇ、ガイオス様ーー、今日も雑魚ばかりすっね」


 敵兵の首を大剣の一振りでやすやすと断ち、吹き出る血を頭から浴びて、天使のような顔をしたカルシオンが高らかに笑った。

 その横で敵兵を二人、同時に薙ぎ払う、黒い鎧姿のガイオスに、少年は無邪気な顔を向けて話しかけている。


 「おお、そうだな」


 そして手下に恐れられているガイオスも、戦場では話しかければ返事をしてくれる。


 「街でいい女が居る店を見つけたんですよ~。一緒にいかがですか?」


 形式や体裁ばかり気にする父と違い、ガイオスは言葉遣いなどの、細かいことを気にしたりしない。

 大切なのは戦場で、敵を何人殺せるかだ。


 「はっ、いっちょ前になりおって。母が悲しんでおったぞ」

 「ふっん。あんなの、もう母でもなでもありませんって。どうせベッドの上で、ガイオス様のデカマラに、ヒイヒイ泣かされてたんでしょ?ほらよっと」


 そしてもう一人、少年は顔も向けずに、楽しそうに血祭りにあげた。

 父から教わった剣の型を捨て、今では気が赴くまま大剣を振り回している。


 自分の背丈を超える幅広の大剣を器用に扱い、疲れも見せずに戦場を掛け巡るその姿は、まさに悪鬼そのもの。


 10年もの間、貴族として育てられたはずなのに、今ではすっかり傭兵暮らしに染まっている。

 殺した人数分だけ褒美をもらい、殺した敵兵から金品を奪い、その全てを酒と女に使う。


 実は一度だけ、戦場で死にかけた日、カルシオンは屋敷に戻された事がある。

 そこへ見舞いに来た母を、少年は犯した。


 別に母の顔を見て欲情したわけではない。

 ただの憂さ晴らしだ。


 しかしあの時の快楽が忘れられず、来る日も来る日も、少年は年上の女を買っているのだ。

 時には責め滅ぼした村の女を犯すことだてある。


 そんな少年の一番のお気に入りは、火をつけた家の中で、泣き叫ぶ子供が見守る中。

 涙を流す母親を裸に剥いて犯すことだった。


 そして粗末な屋根が焼け落ちる寸前に、自分だけ逃げ出すのだ。


 ”そのスリルが堪らない”


 どうせ戦場で夫も死んでいるのだ、誰に恨まれる事もないから、後腐れがなくていい。

 などとカルシオンは考えている。


 明るい色合いの金髪に青く輝く瞳と、カルシオンの見た目は貴族その物である。

 しかし内面は、国家や家族の事など一顧だにせず、己の利益にのみに興味を示す醜いものであった。

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