光速の剣と紫雷の大剣[中編]

雪月風

第1話.父と兄弟


 広大な領土を誇るアカーシャ王国。

 長き年月に渡り繁栄を続け、栄華を極めし巨大国家。

 併合した国は軽く20を越え、最早、帝国と呼んだほうがしっくりくる程の勢力を誇る。


 過去、数多の戦が繰り広げられ、男達が国家の威信をかけて剣と剣をぶつけ合い、火花を散らし、大地を赤く染めて領土を広げてきた。


 剣こそが力。

 剣こそが正義。

 そして剣こそが全て……


 そんな巨大国家アカーシャを代表する二人の戦士がいる。


 光速の長剣を振るうアクシス=カストール。

 紫雷を纏う剛剣を叩きつけるガイオス。


 清廉潔白なアクシスは王の覚えもよく、若くして騎士団筆頭を勤め。

 王の娘達のうちより最も可憐なシンシアを娶り、子爵の位までも授かった。


 そして誰もが羨む美男美女の間には、すぐに二人の男児が生まれた。


 嫡男のアカシック。

 次男のカルシオン。


 一つ違いの兄弟は、今日も父の指導の元、汗を流して剣の修行に励んでいる。


 「えーーーーい!」


 短く切り揃えられた金髪を振り乱した弟のカルシオンが、上段より大きく振りかぶった木刀を、正眼に構える兄アカシックに力任せに叩きつけた。


 十歳になり、弟は背でも兄より大きくなっていた。

 力だって負けてない、後は早さだけ。


 力任せの剣を綺麗な型で弾いた兄へ、カルシオンは休む間を与えず乱打を叩き付けた。


 そして防戦一方となった兄が疲れて来たところで、意表を突いて下から思いっきり袈裟斬りにする。


 「今だ。とォーー!!!」

 「あっ……」


 カランカラン


 よく磨かれた石畳の上を、兄が使う細身の木刀が転がる。


 「えーーーい!」


 そして大上段に振り上げた木刀を、呆然と見上げることしか出来ない兄の頭上へ、カルシオンは止めの一撃として振り下ろす。


 「そこまで!」


 カキッーーーン


 硬質な音を残し。

 カルシオンの大ぶりな木刀が宙を舞う。


 父アクシスが、家に代々伝わる名刀を振るい、少年が持っていた木刀を弾き飛ばしたはず。

 それなのに少年は、何も目にする事が出来なかった。


 あの流れるような美しさを備えた、弓なりに反った諸刃の刀身。

 それは音もなく鞘の中へ収まっている。


 「なぜお止めになるのですか?!父上」

 「言ったであろう。無益な殺生はいかんと」


 無言のまま立ち去ろうとする父へ、カルシオンは詰めよった。

 足を止め振り向いた父の眼差しから、感情を読むことは難しい。


 訓練とは言え、常に真剣であれ。

 相手が敗けを認めるまで、決して気を緩めるな。


 そう教えたのは目の前に立つ父である。

 カルシオンは、それを忠実に守っただけ。


 「私が実の兄上を、この手に掛けはると、本気でお思いですか?」

 「どうだか」


 必死に食い下がるカルシオンをかえりみる事を止め、父が中庭にある訓練所から立ち去ってしまう。


 一日中、剣を振るい、良く食べる弟カルシオンと違い、兄アカシックは成長するにつれ、書庫に籠もる時間が増えていた。

 剣の道に生きてきた父アクシスも、家督を継ぐためとそれを黙認している。


 「カルは強いな。もう俺じゃ叶わないや」

 「ふっん!」


 高貴な血を引く母と同じ、明るく柔らかなブロンドヘアのカルシオンと違い、兄は父と同じダークブラウンの髪を長く延ばしている。


 瞳の色も、宝石のような澄んだ青の弟と違い、緑色がかった深い青。


 そして年下に負けたというのに、ヘラヘラしている兄の事が、カルシオンは大嫌いだった。

 笑いかける兄に背を向け、鼻息も荒く父と同じ方角へと立ち去る。


 「アカシック様、どうぞ」

 「ありがとう、セリヤ」


 壁際に控えていた侍女より、兄はタオルを受け取った。

 汗をかいた端正な顔を拭い、今だにしびれが残っている右手を見つめる。


 この家の嫡男に生まれたアカシックは、母より生まれ出た瞬間から、家督を継ぐことが運命づけられていた。

 しかし残念なことに、国一番の剣の使い手と謳われる父の才能を、彼は受け継いでいなかった。

 それでも恥ずかしくはない程度にと、隠れて剣の鍛錬を続けてはいる。


 それに引き換え、弟のカルシオンは体型にも恵まれ、剣の腕も確かであった。

 飲み込みも早く、相手の癖を見抜く目も持っている。

 しかも容姿は、王族に連なる母譲りときていた。


 常々、彼は弟の方が当主にふさわしいのではないかと思っているほどだ。


 生まれてくる順番が違えば……


 しかし次期当主である以上、弱音を吐くことは許されない。

 二階の窓辺から覗く、家臣の冷ややかな視線を堂々と受け止め、彼は父達が立ち去った方角とは反対にある、書庫へと続くドアに向かうのだった。

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