天才外科医は転生しても病院で働きます〜だけど、なんか悪女って呼ばれてるんですが?〜
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
私の人生は順風満帆だったと思う。
多くの患者を救ってこれたし、論文を学会に提出して名も馳せた。医学書も何冊か刊行したし、若くして教授の席にも座れた。
今や周囲から「医学の天才」なんて呼ばれるほど。正直、むず痒い。
もちろん、全部が順風満帆だったわけではない。
医学部受験は結構しんどかった。合格しても、研修生の時は寝る間もなかった。
自分に才能があるのは自覚しているけど、それだけで片付けられるような今じゃなかった。
苦労の果てに、今が順風満帆になったとも言える。
だからこそ、私の人生はこれから───
「お前のせいで、俺のお袋が……ッ!」
始まろうとしていたはずなのに。
目の前には、血で汚れた刃物を持っている男性。その視線が向けられているのは私。
そして、私の腹部には……ドロドロと、見慣れている血が流れていた。
どうやら、目の前の男性はこの前手術した患者の息子さんみたい。
その時担当していたのが私で、最善を尽くそうとした結果……手術をする前に亡くなった。
医者をやっていると、どうしてもこういうことが起きる。失敗したわけではなく時間が足りなかった時もあれば、現代の医術では成功率が低い病気だったり。
あの患者はHCC(肝細胞がん)だった。進行もかなり進んでいて、いつ死んでも遅くはない状況。
だからって言い訳するつもりはなかった。
間に合わなかったのは事実で、救えなかったのも事実。
(あーあ……これは、今すぐ誰かを呼んでも間に合わないなぁ)
意識が朦朧としてきた。
単純に、この出血量なら今すぐ止血の処理をしても間に合わないだろう。というより、私にそんな気力もない。
屋上で、タバコを吸いに来た誰かがタイミングよく来てくれればいいけど……ううん、やめよう。
(報い、なのかも……)
どこかで驕っていたのかもしれない。
天才だと持て囃され、私ですら誰かの死が間に合わなければ現代の医術が進歩していないからと、どこかで思っていたから。
───誰かを救いたくて、医者になったのに。
(もう一回……やり直したい)
そうしたら、驕ることなくもう一度患者に向き合う。
人を救ったあとの達成感、感謝されることの喜び……それらが楽しいと思っていた頃の気持ちを持って。
(あ、もう……ダメ)
───私は意識を失った。
享年二十九歳。
死因は、刺された腹部からの出血死であった。
♦♦♦
「……んっ」
体が痛い。
気が付くと、真っ先にその感覚に襲われた。
でも、それは腹部にある傷口からではないように感じた。
(肋が折れてる……? 感覚的に内蔵までは傷がついていない、よね?)
ふと目を開ける。
そこには、見慣れない天井が広がっていた。
さっきまで屋上にいたはずなのに、どういうことなんだろう? さっぱり分からない。
「あ、目を覚まされましたかお嬢様!?」
そんな声が聞こえてきた。
もしかして、私は奇跡的に助かったのだろうか? そして、入院させられて横にあるベッドにどこぞのお嬢様がいたりとか───
(うん、そういうわけではなさそう)
だって、声をかけてくる女性が私を見ているんだもん。
それで、何故かメイドの格好をしている……コスプレ?
「ここは、どこ……?」
ゆっくりと体を起こす。
折れている肋が普通に痛い。誰よ、こんな杜撰な処置をしたのは? 起き上がった私も悪いんだけど。
「王都にあるルーデル病院です!」
「おぅ……」
さて、王都とはどこのことを指しているのだろう?
今時ヨーロッパに飛んでもそんな単語は聞けないよ。
「し、知りませんか……? 何度かお嬢様も足を運ばれたことがあるのですが……」
どれだけ記憶を引っ張り出しても通った記憶なんてない。
医学部を首席で合格した私の記憶を舐めないことだ。
「そ、それよりっ! お許しください……! 馬に乗ったお嬢様を制止することができませんでした……決して目を離していたというわけではないのです!」
どうやら、私は馬に乗って病院にいるということらしい。
恐らく、馬に乗ってそのまま落ちた。意識を失って肋を折った……ということ?
あれ、あの患者の息子に刺された経緯はどこに行ったの?
「と、とにかくっ! 今すぐ奥様を呼んでまいります!」
そう言って、メイドのコスプレをした人は慌てて部屋を出ていってしまった。
すっごい心配……というより、怯えられているような感じがしたけど、どういうことだろうか? 私はなんにも知りませーん。誰か教えてー!
そのタイミングを見計らって、私は辺りを見渡した。
(お金をかけた内装……)
豪華なシャンデリアに、ソファーが二つとテーブル。
寝ているベッドは五人ぐらい普通に寝られそうなほど大きく、壁際にはいくつもの花がそえられていた。
どことなく、昔のヨーロッパ風のインテリアばかりだ。ここの病院はそんな趣味の───
(いや、そうじゃないでしょ!?)
私は慌てて服を捲る。もちろん、肋が痛い。
すると、刺されたはずの傷がどこにもなかった……というより、なんか肌がみずみずしいんだけど?
それに、なんか手も小さいように見える。
まるで、自分の体じゃないみたいに。
「と、とりあえず……ここがどこか調べないと」
疑問しか頭の中にないけど、もしかしたら拉致されたのかもしれない。
拉致じゃなくても、誰かに聞けば色々と教えてくれるはず。
……聞こうと思ったメイドの人は聞く前にどこか行っちゃったし。
私はベッドから起き上がると、おぼつかない足取りで部屋を出た。
肋が痛いんだもん、仕方ないじゃない。
本当は安静にしなきゃいけないとは思うんだけど……現状把握もできてないのにおちおちと寝てられないわ。
───そもそも、どうして私は生きているの?
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