1話シリーズ「双眼鏡」

わたしにはちょっと変な趣味があった。

その趣味っていうのが夜中になると家の屋上に出てそこから双眼鏡で自分の街を観察すること。

いつもとは違う静まりかえった街を観察するのが楽しい。

遠くに見える大きな給水タンクとか、酔っ払いを乗せて坂道をのぼっていくタクシーとか、ぽつんと佇む眩しい自販機なんかを眺めていると妙にわくわくしてくる。

 

わたしの家の西側には長い坂道があってわたしの家の方に向かって下っている。

だから屋上から西側に目をやればその坂道の全体を正面から視界におさめられるわけね。

その坂道の脇に設置されている自販機をみながら『あ、大きな蛾が飛んでるなー』なんて思っていたら、坂道の一番上から物凄い勢いで下って来る奴がいた。

 

『なんだ?』と思って双眼鏡で見てみたら全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が満面の笑みを浮かべながらこっちに手を振りつつ、猛スピードで走ってくる。

奴は明らかにこっちの存在に気付いているし、わたしと目も合いっぱなし。

ちょっとの間あっけにとられて呆然と眺めていたけど、なんだか凄くやばいことになりそうな気がして急いで階段を下りて家の中に逃げ込んだ。

 

ドアを閉めて、鍵をかけて『うわー、どうしようどうしよう、なんだよあれ!!』って怯えていたらズダダダダダダッって屋上への階段をのぼる音が。

明らかにわたしを探してる。

『すごいやばいことになっちゃった、どうしよう、まじで、なんだよあれ』って心の中でつぶやきながらリビングの真ん中でアイロン(武器)を構えながら怯えていた。

 

しばらくしたら今度は階段をズダダダダダダッって下る音。

もう馬鹿になりそうなくらいガタガタ震えていたら、ドアをダンダンダンダン!!って叩いてチャイムをピンポンピンポン!!ピポポン!ピポン!!って鳴らしてくる。

『ウー、ンーッ!ウッ、ンーッ!』って感じで奴のうめき声も聴こえる。

心臓が一瞬とまって、物凄い勢いで脈打ちはじめた。

さらにガクガク震えながら息を潜めていると数十秒くらいでノックもチャイムも呻き声も止んで元の静かな状態に…。


日がのぼるまでアイロン持ったまま硬直してた。

あいつは一体何者だったんだ。

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