第9話 私室
「豪華すぎて落ち着かない……」
「じきに慣れますよ」
そうかな……。
少し探索してもいいと言うので、ソファに座ってみたり、ツルツルのテーブルを触ってみたり、飾ってある絵画を眺めたり、チェストの引き出しを開けてみたりしたけれど……全部豪華すぎる。
でも、猫脚の家具がたくさんあって可愛い。それはテンションが上がる。
「それでは、髪を整えさせていただきます。こちらへどうぞ」
「ええ、お願い」
少しお嬢様っぽく言って、メイリアを見上げる。
「こんな感じ?」
「はい、とてもご令嬢らしくありました」
オーバーに褒めてもらっているって分かっているけど、嬉しいな。
……別にご令嬢になりたいわけじゃないんだけど。郷に入れば郷に従えだよね……。しばらくはここで暮らさなきゃいけないし。
……夢じゃなければね!
鏡台の前に座って、自分の姿を見る。
「――え」
鏡の中の自分も、強張った顔になる。
「ま……待って待って待って待って」
「ど、どうされましたか、アリス様」
私……髪の色……おかしくない?
束ねていたから気付かなかったけど……赤っぽくなってない?
「わ、私……髪の色……なんか変じゃない?」
「え、いえ、とても綺麗な色かと思いますが」
「……こんな色じゃなかったような……」
「ああ、記憶を失っていらっしゃいますものね。違和感がおありなんでしょうが、とても綺麗ですよ」
「そうかな……」
これ以上はここでは何も言えない。
元の世界と違うなんて言えない。
レイモンドー!!!
説明しておきなさいよ、見た目の変化くらい!
瞳の色も違う気がする……全体的に赤みが増したよね……。
「顔をお拭きいたしますね」
「あ、ありがとう」
ソフィが、お湯につけて絞ったタオルで顔をポンポンと拭いてくれる。
確かに、いかにも日本人な見た目の人には会っていない。黒髪の人はいなかったと思う。もしかして、そこも再構成……?
自分が自分でなくなってしまいそう。
鏡を見ていると、どんどんと別人になっていく。ハーフアップにされてアクセサリーを髪に差し込まれる。タオルで拭いてもらった顔に軽く化粧まで施される。パウダーとリップ……いやグロスかな。それくらいだけれど、印象が変わる。
やばい……自分が可愛い……。
レイモンドじゃないけど、自分を嫁にしたくなってきた。顔に左右させられたくはないけど、やっぱり顔がいいって得だよね。
「とてもお綺麗ですよ、アリス様!」
ソフィが自慢そうに言う。
「うん……私もそう思ってた。ずっとこのまま鏡を見ていたい。さすがだね、ソフィ。メイリアも。職人の技だね」
「そこまで褒めていただけるなんて! アリス様の顔立ちが、最初から可愛らしいからですよ。お若いので、軽くしかお化粧もしていません。日焼け止めも兼ねたシルクパウダーをつけさせていただきました。今日はもう外には出られないでしょうが、短時間での肌へのテストも兼ねましょう」
日焼け止め……この世界、女性に優しいのかな。
「ソフィのが可愛いよ。もてるでしょ。レイモンドもあなたみたいに可愛い子が側にいて何も思わないのかな。どうして私を……」
あ、強くなるからか。チート級に強くなる嫁がほしいからか。なんかムカつくな。
「レイモンド様はずっとアリス様をお待ちでしたよ」
ソフィが少し恥ずかしそうに言う。
「待ってたって……?」
「魔女様から予言を授かったそうで。もしかしたら運命の相手が現れるかもしれないと、ずっと昔から言っていました。なぜか、ものすごく可愛いんだと断言されていましたが……魔女さんから何か聞いていたのかもしれないですね」
えーと? どういうことだ?
召喚の話ができないってことは、別世界を覗いていたことも言えないはず。それを魔女さんからの予言があったってことにして誤魔化しつつ、完全に黙ってもいられなかったってこと?
「ずっと昔って……いつ?」
「んー、三年以上は前だったような?」
覗き見しすぎでしょう、レイモンド!
そんなに前からストーカー行為を……。
「そういえば、早速こちらの服を着ていただいたんですね。気に入っていただけましたか?」
ソフィが嬉しそうに言う。
否定しにくいな……。
「えっと……違うのを着ていたんだけど汚しちゃったの。だからレイモンドが持っていた服を着たんだけど……えっと、か、可愛い、かな。うん」
ロリロリすぎやしませんか、と言いたい。
「あら、そうだったんですか。むしろよかったかもしれないですね。こちらの服はレイモンド様が仕立て屋さんとデザインまで一緒にご相談されながら……」
ソフィがいかにレイモンドがこだわってデザインをお願いしたのかを語り始めた。
な、何それ……生粋のロリロリ趣味だったの。だから着替えましょうって言われないのか。この格好で私は、ご両親にも挨拶をすることに……?
――コンコン。
ノックの音が響く。メイリアが私にお返事をと促すので「どうぞ」とドキドキしながら声を出した。
勢いよく扉が開けられる。
「アリス! 準備はできた?」
レイモンドじゃん!
ここは普通、使用人が知らせに来るタイミングじゃないの?
完全に静止してしまっている。……大変身しているもんね、私。少し気分がいいな。
立ち上がって彼の側へ行く。
「レイモンド?」
「え、あ、うん。可愛いね。いつも可愛いけど。抱きしめてもいい?」
「駄目」
ウザい、と言おうとしてやめた。ここには彼の使用人がいる。彼が察するように申し訳なさそうに笑った。
「無理しなくてもいいんだよ、アリス。君がまだ俺を好きにはなれないことくらい分かっている。言いたいことはそのまま言って。君のどんな失礼な発言も……俺が許可をする」
最後はここにいるメイド二人と、彼の後ろにいる男性の使用人に向けて言ったようだ。
絆されたくなんかないのに……彼がいると安心してしまう。私の事情を知るのは彼だけ。きっとそれが理由だ。
それだけの……はずだよね。
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