異世界の魔導保育士はちょっと危険なお仕事です☆ 〜辺境伯息子との✕✕が義務なんて勘弁して!と思ったけどその溺愛に三日で沼落ちしました〜【完結】

春風悠里

前編 恋の自覚と両思い

第1話 異世界召喚

 ――可愛い私の子供たち。今夜は特別な日、彼らの祝福がきっと訪れるわ。

 

 それは、親から子へと永遠に引き継がれる大切な慣わし。誰もがその日は胸を膨らませ、聖なる祈りを捧げる。世界中の子供たちの心の中で生き続ける彼らの物語は、ここから始まる――。



 ――アリス!


 どこからか、声がする。

 私を呼ぶ声……。


 ――――アリス!!!


 閉ざした目蓋の向こうに、光が見えた気がした。


「@#$%。¥*&〃*ゞ」


 目を開けると、金の髪に赤の瞳の王子様のように綺麗な顔の男が至近距離で何かを私に訴えかけていた。ほっとしているようで……なぜか少し目が潤んでいる気もする。


 夢かな……。

 そう思った瞬間に、口を口で塞がれた。


「〜〜〜〜〜!!!」


 熱い吐息が口の中に広がり、殴ろうにも両腕を片手で固定されている。赤い瞳を睨みつけながら舌を噛んでやろうかと思った瞬間、やっと顔を離された。


 すかさず怒鳴り散らす。


「何するのよ、ド変態!」


 どうせ夢だろうけど、唇の感触やその温かさがリアルすぎる。夢の中だとしても知らない男に好きなようにはされたくないよね。


「ひっどいなー、変態なんて。仕方ない作業だよ。そう思って諦めてよ」


 さっきまで意味不明だった言語が、なぜか聞き取れるようになった。

 

 目の前でヘラヘラと笑う男に苛立つが募る。

 顔がよくても台無しだ……。


 なんで私はこんなチャラそうな男とキスをする夢なんて見ているんだろう。そんな趣味はなかったけどなぁ……。

 

 まぁいっか。すぐには目覚めなさそうだし自分の考えた夢の設定でも目の前のコイツに聞いてみよう。


「作業ってどーゆーこと」


 私のすぐ横で床の上に座っているけれど……よく見ると顔色が悪いかな。疲れている感じ。

 

「君をね、異世界から転生させたんだよ」


 異世界……転生……。

 最近そんな小説や漫画が多いなとは思っていた。だからそんな夢を見てしまったのか。

 いやー、それにしても……。


「設定が甘すぎ。それなら召喚でしょ。私、赤ちゃんにもなっていないし、こっちの記憶も何もないけど」

「君からすれば転生とも言えるんじゃないかな。死ぬ間際だった君を召喚したわけだからね。死なないように体だけ時間を巻き戻したんだ。もう前の世界には戻れないし、転生みたいなものだよ。俺、結構すごい魔道士だからさ、そーゆーこともできちゃうんだよね」


 ああ……頭がいいのに悪い系の男かぁ……。

 そんな奴とキスをする夢を……自分にガッカリだ。


「で、そのままだと言語とかサッパリだろう? 召喚者である俺と定期的にキスをすると、この世界に馴染んで言葉が通じたままになるってわけ」

「……我ながら設定が酷すぎる……。夢を見ているのも苦痛だよね。その辺の窓から飛び降りたら目が覚めるかな……」

「ダメダメ、死んじゃうよ。いや、ここは一階だから死なないけど、どっかで試さないでよ?」

「試すに決まっているよ。私は早く目覚めたいの!」

「ここは夢じゃないんだけど、まいったなー」

 

 目の前の男が、困り顔で頭をかいている。


 いや……夢に決まっているよね。

 とはいえ、すぐには覚めないようなので辺りを見回す。


 目の前の男は白いローブを羽織っていて、意匠の凝らされた杖を拾い上げて立ち上がった。やっぱり疲れている感じはするかな……召喚には体力を使いますといった細かい設定でもあるのかも。

 ここは蝋燭の火がそこかしこに灯る薄暗い部屋で、私は青白く発光した魔方陣の上にいるようだ。


 うん……こんなの夢だ夢だ。

 どう見てもファンタジー世界だ。

 せっかくなら、こんな薄暗い部屋なんかより外を見てみたい。


「面白そうな舞台にいるみたいだし、外を見に行くね。あなたの存在はできれば消したいけど。……念じれば消えるかな」


 じっと彼を見て消えろ消えろと念じるも消えない。当人は嬉しそうに私を見つめ返している。

 うん……すごくバカっぽい。


 仕方なく発光している魔方陣から降りて彼の横を通りすぎようとすると、慌てたように腕を掴まれた。


「駄目駄目、まだ外には行かないで。君を召還したってことはほとんどの人が知らない。それに、ここは森だよ。まずは説明を聞いてよ」

「……えーと、つまりあなたは内緒で私を召還したってことなの?」

「そうなんだよ。まぁ、両親には召喚するって話をしていたから問題ないけどね」


 彼は透明の球がはめ込まれた杖を一振りして小さくしてから腰につけると、白いローブをバサリと脱いで机に置いた。

 魔法陣は消えてなくなっている。私が降りたからなのかもしれない。


「ここはティルクオーズ王国の隅っこだよ。領地は広いけどね。俺は辺境伯の一人息子、レイモンド・オルザベルだ。これから大変だと思うけど、よろしくね」


 うん……すごくどうでもいい。

 だって夢だし。

 でも、礼儀くらいは少しはわきまえるか。気になる設定も聞いてみよう。


「一応自己紹介すると、私の名前は夢咲愛里朱ね。で……なんで私は死ぬ間際だったの、なんで私を召喚したの。とりあえずその二つだけ教えて」

「知ってる知ってる。ここではそんな名前の人はいないから、名前はそのままアリスで……名字はバーネットにでもしておこっか。記憶喪失の君を拾った魔女さんから森で俺がもらったってことにするから、よろしく。死んだ理由は熱中症。だから死んだことも覚えていないでしょ。召喚した理由はねー、ここが辺境の地だからだよ」

「意味が分からないけど」

「三百年前に魔王は倒されているんだけどね? 魔獣は湧いちゃうんだよねー」


 あー、魔法とかそんな類のものが存在する夢かぁ……そういえば私も召喚されているし、そりゃそっか。


「それが何?」

「広大な森から湧いてくるからね。それを倒して町に向かわせないために駐屯している魔導騎士団の統括責任者でもあるのが、俺の父親なんだよね。指揮官の上ってやつだよ。色んな報告を受けたり許可を出したり金を出したり……まぁそんな感じ」

「はぁ……」

「いずれ俺も跡を継ぐし、前線には出ないけど何があるか分からない地でもあるし、嫁さんも強い方がいいじゃん?」

「え……まさか……」

「そうそう、チート級に強い女の子を異世界からこっそり召喚して、お嫁さんにしてしまおう作戦ってこと! 分かってくれた?」


 あー……この夢、頭が悪すぎる……。

 早く覚めてくれないかなー……。


 夢とは思えない体のだるさを抱えつつ、ため息をついた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る