第二十三話 駒鳥の籠1ー弓の決意


「父様、来年もね。此処から学校に通いたいな」


 弓と偶然、帰り道でばったり出会った存は弓と一緒に出かけてくれた。

 ランドセルを置いてから、一緒に弓と来年の進級に向けて必要なものを買っていたのだ。

 キャラクターものの筆箱には見向きせず、大人用の化粧入れポーチを筆箱にしたいとにっこり笑顔の弓へ頭を撫でながら存は買ってくれた。


「母様がまだここにいていいって。ねえ、父様、いつか母様といっしょにいてくれる?」

「……そうだな、いいかもしれないな」


 存の言葉に弓は雪解けを感じていて、にこにこと嬉しそうに頬笑んだ。アルテミスの家事はしっかりしていてゲームの話もできるし。疾風の料理は美味しい上に、近所との関係は疾風のお陰でほぼほぼ良好だ。

 弓にとって今は壊しがたい程の幸せで、狂おしいくらい愛しい日常であった。

 存のスマホがぶぶぶと振動していれば、弓の嬉しさは壊される。


「ちょっとごめんな、弓。待っていて。なに、もしもし」


 スマホをスピーカーにすれば、そこからは聞き覚えのある声。存の母親だ。


「最近あんた、変な奴らと暮らしてるって聞いたわよ。るーむしぇあ?とかじゃないって。どうなってるのよ」

「し、仕事の関係で」

「昔からあんた見る目ないから心配だったのよ。たっくんだってすぐあんたに飽きていじめてきたでしょう?」


 存の瞳がへらへらとしながら曇っていく。


「たっくんは、……母さんが相応しくないからやめなさいって……」

「あらひどい! あたしのせいにするつもりなの? いつからそんな子になったの、ただただ母さんはあんたが心配なのよ」

「どうして?」

「母さんの世話をあんたがみてくれるんでしょう? 老後が母さんにもあるからねえ。老後は世界一周旅行したいし。ああ、あんたもついてくる? 勿論、無理しないでいいのよ」


 金の出所は全て存からだというのに、存をオマケ扱いする母親の声に弓は泣きそうになって、存の衣服を掴んだ。

 存はへらへらとして、こくこくと頷き、弓を撫でた。


「母さん、忙しいから切るよ」

「兎に角、悪い付き合いは母さん反対よ。貴方のためにならない。貴方のために言ってるんだからね。あの娘だってきっとぐれるわ」

「……大丈夫だよ、それじゃあ」


 へらへらとした笑みを残したまま通話を切ると、弓は存に抱きついて震えた。

 弓は現実を思い出した。存の作られたへらへらとした笑みが、まだ無表情に戻らない様子に涙を零しそうになる。

 存は少しだけ困った様子になり、店のコーナーにあったパイシューの店を指さす。


「みんなにお土産に買っていこう、弓はどれがいい」

「父様の、おすすめがいい」


 それなら、としっかりメニューと睨めっこをしている存に、弓は少し離れて近くにあったソファーへ座る。

 ソファーは店の通路に至るところで設置されていて、他にも遠くでは何人か座っている。

 腰掛けていれば、存は未だに悩んでいる。

 弓は、何とかしてやりたい気持ちでいっぱいだった。


「お嬢サン、今なら特売セールだ」


 悪魔の多重の声が響くと、隣に存の見目をした悪魔が座っていた。

 タバコを三本取り出すと同時に三本に火を点け、ゆっくりと呑んでいく。


「どうにかしてやりたいと思わないか、お嬢サンの願いを叶えてやろう」

「代償はなあに」

「お嬢サンには価値があってね、お嬢サンはとんでもない値段で売れるのだよ」

「……ロリコンの変態趣味にでも売るの?」

「いいやそれよりもっとつらい。君の青い糸を、きっと沢山利用する。君は血を垂れ流し続けるだろう。相手によってはとんでもない苦痛ですまない」

「……いいよ、ボクはは父様の子だもの、父様がいるからボクがいるもの。父様から沢山幸せは貰ってきたの。だから、父様に理想の家族を与えて頂戴」

「どんな家族をご所望だね」

「父様を、心から愛する家族」

「契約完了だね、お嬢サン。なあ、特売セールだっただろう? 君の特売セールだ」


 悪魔は契約を交わせば、弓を持ち帰り消えていく。

 その場には存だけが取り残された。




 弓がいなくなって数日が経つ。粉雪と一緒に探しても見つからず、誘拐の線を疑ったが、あの弓が誘拐で連れ攫われるひとではないと訴えたのは疾風だった。


「いなくなるまえ、お前は何してたんだ?」

「買い物と、弓とパイシューを選んでいた。家族から連絡あって、弓が悲しげだったからパイシューを買ってあげようと」

「お前、家族に連絡をとれ」

「かぞ、く? なんでだ」

「反応を探れ、もし変化があれば弓が悪魔と契約した証になる。僕はそれが最有力だとおもっている」

「……なんで」


 どうしてとは言えなかった。存は目を見開き、心臓の鼓動に怯えながら家族へ通話をかける。

 コールから三回目で、反応があった。


「あら、存! どうしたの、世界旅行なんて贈ってきて! 母さん困るわよこんなの! 存、お前は自分の為にお金を使って良いのよ?」

「……本気なの?」

「本気よ、母さんはねあんたが元気で幸せでいれば幸せなの」

「何言ってるんだよ……今更やめろよ、神がかりな力を使わないといけないほどの祈りってなんだよ。そこまでおれが嫌いだったのか、あんたたちは! 二度と電話すんな!」


 通話に鳥肌が立った存は思わずぶつ切りをした。


「言葉の裏じゃない……そのまま本音の声だった」


 存にとってみれば、今までどんな綺麗事も存には正反対の意味でくみ取る能力を必要とされてきた。言葉を真正面通り受け取ってイイ親にはぞっとした。

 どんなに嫌われても何処かで本当はいつかは好いてくれるか、真実は好意が少しも無いと信じたくなかった。

 理想でもあった。暖かい家族。己を心配してくれる家族。

 ないものはない、現実は無情で最初からそんなものは幻想だったのだと改めて思い知る。

 否、思い知った上で、現在好意が出来た。弓の犠牲によって、望んでいた好意は溢れた。


 それでも存は、棄てようと決心した。


 存にとって理想の家族は、弓だと判明したのだ。


 悪魔に願わないと叶わないほどの幻想を抱き続けていて。叶った瞬間要らないと感じた。作り物のようにも感じるし、愛してくれる姿はずっと願っていた割には信じられないほどの拒絶感だ。

 恋しかったのは、最初から愛されていた自分だった、ならそれをくれるのは弓だ。

 今更、と憎む気持ちが湧き出るのが自然で、家族に対して嫌悪しかわかず。

 もう借金も、贈り物も。何もかもやめようと感じた。

 皮肉にもそれは弓からの願いの代償によって、気付いた出来事だった。


「……疾風、弓を、取り返したい。アルテミスも。手伝ってくれ」


 今にも泣き出しそうな震え声で存が願えば、二人は頷いた。


「少し変わったなお前」

「それが自然なんですよ、存さん」




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