第七話 ピュアな金塊1-抵抗しない囚人
このところ悪魔からの依頼が立て続き、やっと一段落できた頃合いの季節だった。
夏があと少しで終わりかけ。冷たい飲み物も寒くなる頃合いの日々。石焼き芋を売り歩く声が目立ち始め、冷やし中華も店から少しずつ消えていく疾風には少し寂しい頃合い。
疾風が電子機器を使えば即座に壊れる現実が弓やアルテミスにも浸透し。弓が元気に転校して地域の学校に慣れてきた頃合いだ。
一通の手紙が入っていた。郵便受けから古めかしい手紙を手に取り、疾風は部屋につくなり手紙を開ければ、中からぼふんと煙が漂う。煙にむせていると存が部屋から顔を見せる。アルテミスは元気に風呂掃除で弓は学校だ。
「やあいつもと趣向を変えてみたよ、楽しかったかね」
「お気遣いどうも! 依頼かまた、たまには休ませてくれよ」
「そうは言っても、其方はまた借金していたから金が要るだろう? 海外旅行プレゼントとは、豪勢な親孝行だ」
「存、お前またか!」
「強請られたから」
存の頓着のなさに呆れながら、それならば依頼は即座に必要だと疾風は唸り、話を聞く姿勢を即座に見せた。
悪魔は満足し、胸元から葉巻を取り出すと加えて葉巻の先をちょきんと指を変形させ切っていく。
「ひとつ。純粋な魂が欲しいのだ。とびきり純粋そうな魂だ」
「子供はちょっと嫌だな」
「安心してくれ子供は今回要らない、成熟しながらピュアな魂が欲しいんだ」
何に使うかは毎度ながら聞かないでおく。悪魔の出来事に同情して引き渡せない事情になっても、困るからだ。
成熟しながら、との言葉に難しい注文だと疾風が小首傾げていれば悪魔は葉巻から煙を出し。煙が異様に溢れれば、煙に包まれて悪魔は居なくなる。
「頼んだよ、出来れば二週間以内だな」
声が多重にぼんやりと響けば、悪魔は消え後に残るは睨み付ける一人と罪悪感のない一人。
「いい加減縁を切らないのか」
「切れないんだ、逃げられない」
「そんな感覚存だけだぞ。逃げられるはずだ、住処も変えられていざとなれば疎遠になれる。良い大人だろ」
「……お前にはわかんないよ」
ふと疾風は存は人間関係が親だけだから、存は親を棄てられないのではと感じた。急な疎外感を押し出された存の言葉に、疾風はむっとすればアルテミスが風呂掃除から戻ってくる。
「もう少しで洗剤切れそうですよ、あれ何この険悪な空気」
「わかった、気にするな。親離れできないやつが不機嫌なだけだ」
「人の事情に訳知り顔でつっこんでくる無神経男に言われたくないな」
「なんだとお前ッ」
今にも殴りかかりそうな疾風と存の間にアルテミスは入り、まあまあと落ち着かせる。ゴム手袋を取りながら、アルテミスはやれやれと肩を竦めて二人を呆れるような動作をしている。
「喧嘩したって無益でしょう、我が君は変わる様子もないのですから。疾風くんも主人の行動に口だししないように」
「言われたら全部従えって? 冗談じゃない、僕は今回は下りる。僕はお前の家族に海外旅行行かせるために仕えてるんじゃない」
疾風は鴉へ変化すれば、そのまま窓から飛び立ってしまった。アルテミスは、遠くを眺めるようなリアクションをして、あららと呟き存を振り返れば存はしょんぼりとしていた。
ぐっと眼に涙貯めて、童顔は子供っぽさがこの年齢で残っている奇跡。思わず同情心でぐらついてしまいそうだとアルテミスは罪悪感を覚える。
「……そんな顔するならごめんなさいって言ってしまえばよかったじゃないですか、貴方を想って悔しかったんですよ」
「疾風は判ってくれてると思ってたんだ、何も言わないから」
「言わないのと、言えないは違うんです。ご主人様、貴方は少しだけ。少しだけ疾風くんに優しくしたらいい」
「アルテミスには優しくしなくていいのか」
「オレはいいんです、罪悪感で潰れてしまいそう」
アルテミスの言葉に存はきょとんとしている。そんな遣り取りを鴉になっても電線越しに眺めていた疾風は、翼をばたばたと使って今度こそ飛び立つ。
*
疾風の知ってる人間の母親像と、存の母親像はどう見ても違う。一日三軒電話は時間を問わずにくるし、その内容が全部愚痴。密かに盗み聞きしていれば、金を横流しして貰っている身でありながら、存には心配のふりした揶揄や卑下。赤の他人でも話を聞いてるだけで気が滅入るのだから、当人はもっと負担がすごいはずだ。
それなのに縁が切れない理由が分からない。
今も存は身元離れていても、親を気にしている。
叫ばないのも、髪の毛を伸ばしているのも、全部親の影響だ。
「判りたくないんだよ、お前だけいつもなぜそんな目に遭うんだよ……?」
前世の親友もよくない家庭環境だった事実をうっすらと思い出せば疾風は、はああと溜息をつく。
外に出たならそのまま散歩を楽しむ疾風は、町中にあるカフェを見つけた。お金もまだ残っているし、気分転換に珈琲でも飲もうとカフェに入ると、女性客が二人居た。
一人はみすぼらしい格好で、一人は上品で豪勢な帽子を身につけている。店内でも帽子を被るとは変わった貴婦人だ、とまじまじと見やってから疾風は店員にメニューを見ず注文を告げれば席へ。
席に着いてから異様な二人が眼に入るし、他の客も気にしている。
貴婦人は気にした様子もなく、貴婦人のツレはびくびくとしていた。
「大丈夫、これからは豊かな暮らしが待っているわ、貴方にもチャンスなのよ」
「有難う御座います、先生のお陰です。これでまた仕事に戻れます」
「ううんそれは貴方の努力が成せた結果なの。素晴らしいのよ貴方は。貴方の可能性は沢山満ちている!」
「先生がいなければ私は……ううッ」
泣き出すつれに貴婦人は堂々と小指をぴんとたてて、紅茶をずずっと飲んでいく。飲んでから、よしよしと慰めてツレがいなくなると、疾風と目が合った。店員に置かれた珈琲にミルクだけ入れていると、貴婦人がずいずいと近寄ってきて席に座る疾風を見下ろしてくる。
「何かお困りのお顔してらっしゃる」
「よく分かりましたね」
「何かあったら頼ってきて頂戴、生活支援センターしてるの」
よっぽど幸の薄い顔つきをしていたのか判らないが、疾風は自分の顔に手を当て小首傾げてから差し出された名刺を受け取る。
名刺を受け取ると貴婦人はにっこりと笑う。
名刺には「高ノ宮 ルウ子」と画かれていた。疾風が名刺をまじまじと見つめている間に、貴婦人は颯爽と助けの電話に応対しながら出て行く。
なるほど、成熟して純真な魂……生活支援センターというものを調べて、もし。もしも人助けなる職業に近しければ、候補にするのも悪くない。疾風は珈琲を啜りながら名刺を丁寧にしまう。
「結局はこうして仕事しちゃうんだよなあ……まだ腹立ってるんだぞ僕は。献身的すぎて我ながら嫌になる」
この献身は報われる日がくるのか、それとも報いを求めるのは献身とは呼べないのか、疾風には判らず。げんなりとした。
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