第五話 娘は花、花は毒2-食虫華
風呂は一人で入ってもらい、着替えは持参していたものを着替えて貰う。存の部屋で一緒に寝て貰うこととする。何せアルテミスは疾風と一緒の客室故に、それ以上子供でも人が来ればせまいのだ。
一緒にタブレットで動画を見ながら、微睡む存の腕の中で弓はもしゃりと小さな動作で存を見上げた。
「ごめんなさい、突然来ちゃって。迷惑だった?」
「子供が事前にアポとれるのならそれはそれで嫌な子供だから、構わない。弓は悪魔に何を願ったんだ?」
「……言えない。お父さんも、お母さんも、苦しむ」
「いなくなれとか願ったのか」
「違うよ! ボクがとても。我が儘だったんだ」
存は複雑な気持ちになる。昔、親に願っていて叶わなかった景色を見ている感覚だ。
寂しがっている弓へ、存は昔してほしかった思いを込めて、そうっと抱きしめてそのまま眠る。
「大丈夫、守ってやる」
存にとって、弓という存在は鬼門でいながら、吉兆になりそうな予感を巡らせた。
翌日、疾風は家賃更新の手続きに向かい。アルテミスは部屋でぐうすかと眠り。意識を持ち起きているのは、弓と存だけだった。
存は弓からゲームを教えて貰い、一緒に遊び出す。子供の間で流行している、着替えしながら世界を旅するゲームだった。
戦闘あり、育成あり、ミニゲームありという内容でめまぐるしい。
存は一緒にスマホを使いゲームに夢中になって、一緒に楽しんでいれば自然と笑顔が増えていく。
「このキャラは戦うのが得意な子だよ!」
「おれはミニゲーム得意な子が欲しかったな」
「ミニゲーム好きなの?」
「欲しいアバターが見つかったんだ、期間限定ミッションだって」
「ミッションを楽しめる人は才能があるよ、お父さん!」
二人でゲームを楽しみ疾風の作ってあったカレーを昼飯に食べようといった頃合いだった。
不穏な茨がしゅるしゅると部屋にいつの間にか侵入し、弓を捕らえた。弓の叫びが聞こえれば台所にいた存は、慌てて存の部屋へ。
存の部屋には弓が喉や手首、足首へ茨が巻き付けられていて。存の担当をしていた悪魔とは違う悪魔がいた。
よく本や美術品で見かける牛のような悪魔の姿で、いかつい。
ふしゅーふしゅーと鼻を膨らませて、弓が泣いていると楽しそうに顔を舐めた。
「契約通りお前を貰うぞ」
「うう…………おとう、さん」
「契約は叶えてないだろう、おれに効果は現れていない」
「この娘の契約が何か判るのか? 正確に当てて否定する材料がなければ、お前に契約無効を唱える権利はない」
悪魔の言葉に存は、弓が出来ればそうであればいいなと願う内容を弓の思考で行えそうな言葉の範囲で選ぶ。
「お父さんとお母さんに愛されたい、そうだろう? おれは弓を愛せていない、お前との契約は詐欺に当たるので無効だ。お前に叶える力もない」
「ぐ……」
「お前の上位悪魔に、お前の消滅を願ったっていいんだぜ」
人間であれば娘を愛していないとは言えないだろう、そんな予測を裏切って存はあっさりと口にする。
弓の茨も放たれて、弓自身も解放される。悪魔の気配がないことから、追い払えた様子だ。
弓は存の言葉にすっかり震えて泣きそうだった。存は弓を優しく抱きしめる。
「ワケあっていきなり親子にはなれないんだ。だから、まずは。フレンドからでどうかな」
存はスマホを示してゲーム画面を見せる。
仲良くなりたい意思はあると示しているのだろう、これから先は弓次第だという意味も込めている。
弓はぐす、と泣くと存へ抱きつき締め泣きをし始める。
「なんで願いがわかったの」
「お前の寂しさやおれに言えない話といったら、それしかないだろ」
「おとうさん、おとうさああん……」
「弓、いいか。おれのそばにいると沢山大変な目に遭う。理不尽な祖母さんもいる。それでもいいか」
「……うん、お父さんの、そばに。いたい」
弓と存が抱きしめ合っていると、アルテミスが部屋に入ってくる。
「カレー焦げてますよ! 疾風くんに怒られる!」
*
夜間、ベランダで外を見つめる弓。疾風が飲み物を手渡しに来てくれた様子だった。
アルテミスと存は、昼のカレー事件のせいで、夕飯を二人で作っているところだ。
悪魔の一件が片付いたこともあって、ご馳走を作ると張り切っていた。
疾風には少しだけ引っかかっている事実がある。ただ、悪魔を追う祓うだけであれば。アルテミスにも臆さないこの少女であれば追い払えたのでは、と。
「はい、弓ちゃん。水分とってな、麦茶だ」
「ありがとう、疾風さん!」
「あのさ。……もしかして。弓ちゃんって、存を守りにきたの?」
わざと危険すぎない悪魔と契約して、存の庇護欲を刺激して、と言葉に含めて問いかければ。弓は瞳をきらきらと揺らめかし、妖しく笑い囁いた。
「レディの秘密を暴く人と。勘の良い男の人は、嫌われるよ、疾風さん」
「……母親に存を守れと言われてきたんだな」
「そうよお、世界で一番美しい父様だもの。ボクや、母様が守らないとあの人死んじゃう。嫌よ、世界一可憐な人が死んでしまうの」
弓はうふふ、と年頃の女性顔負けに、女児にはあり得ない色気の含んだ笑みを浮かべた。
疾風は少しだけ、弓とは仲良くなれない気持ちがよぎった。
だがそれと同時に、一つ閃いた話もあるので、それは後々にアルテミスにも持ちかけようと。疾風はベランダから出て、部屋に戻る。
今宵の月はとても、妖しい。
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