第一話 金の生みどころ2ー取引交渉
ただぼうっと毎日を何となく過ごしているだけで時代は移り変わる。親友が死んだのが江戸時代であれば、今は令和だ。あっという間だ。親友の生まれ変わりを信じて待ち続けているが、一向に見つけられない疾風は望みが強くなっていく。
山の暮れゆく景色を眺めて、疾風は何十年も罪悪感や責務を背負い続ける。疾風は山の神たる存在の一部で、いわゆる鴉天狗という存在だったのだ。
少年がいなくなってから、牢獄のような時間を過ごした。孤独を過ごした。いつしか寂しさは麻痺していく。
それでも今度こそは笑顔が見られるはずだと、それだけが心の支えだった。
背丈はでかすぎた百八十六センチ、黒い髪型は自然にうねり、赤い眼は軽薄な赤い色。褐色の肌はやたらと目立ち、雰囲気がやたらと軽々しい青年であるのに。夕日を見る瞳は切ない色をしていた。
疾風は視線を感じる、ここ数日感じ続けていたが放置していた。
不躾な視線はやがて値踏みが終わったのか、そうっと不気味に多重となった性別の判らない声をかけてくる。
「随分と美術品みたいな景色が似合うんだね」
「まあね、僕美形だからね。僕が美形だから余計にそう思うのかね、それともゴマすりか?」
「さて、どちらかは君の好み次第だ。君が願ったのはもう何百年も前か。君の望みの人を見つけたよ、だから威嚇はやめてくれ」
「……何が願いだ? この時代で広大な山を欲しがる異常者でもないだろう? 僕の払える財産は山からの加護だけだ」
「山も悪くないが、売ってくれないだろう? 私としては是非とも君を引き合わせたいんだよ。その子の駒になってみないかね。支払いの品は他にもきっとある」
多重の声には興味があった。何者かも心当たりはある。心当たりはあれど、断るには難しい無理難題をさらりと出すものだから忌々しいと舌打ちをする。断る術を疾風は持ち合わせておらず。返事代わりに錫杖をりいんと振った。警戒する理性を消し去る程の、渇望した瞬間だったのだ。
妖怪が、悪魔と契約をした瞬間であった。
多重の声は、悪魔であると気配で疾風には察せられた。異形の者で妖怪ではないのなら限られてくる。これでもし、人間ですとでもいうのなら大した物だ。悪魔の声が震えれば大気が変化していく。
綺麗な円陣が広がり、山を全て囲いそうなほどの青白い魔方陣が立体化し起き上がり疾風を包み込むと肌に焼き焦げて吸い付き消えた。疾風は神聖を失い、魔性を得る。それでも山は寛大で、半分ほどの加護は保ったままなので疾風は微苦笑する。山はまだ疾風を見棄てるつもりがないのだと、実感すると掌を疾風は見つめた。
契約した瞬間に心の内から、望みの声が聞こえる。長年待っていた声色だった。望みの人が転生し、現代に生きている。昔得た親友が転生し、現代を楽しく生きているのならば問題ないのだが。それならば疾風は招かれないはずだ。何かがこの青年にあるのだ。この心に呟かれる声に。声は形となり、はっきりと囁かれた。
『お墓が欲しい』
もう現代で人柱など不要な時代で、若い身空に墓を過らせる出来事などあり得ないはずだ。眉を顰めた疾風は、意識を心の世界から現実に向け悪魔の香るフレグランスにも顔を顰め続けて。悪魔へ視線を向ける。百合の匂いはやたらしつこい。
「その子の魂が欲しい、最初の三百年ばかりは此方に来たらお前に貸してやろう」
「……悪魔との取引はデメリットを考えるのが大事だったな。それにしても、何処に行ってもなんだってあの子は不幸なんだ」
「お前の子は特別だったのだろう? 特別な子は大概世界と折り合うことが難しく壊れやすい環境にいさせられるのだよ、神は美しいガラス細工が壊れる瞬間をお好きなのさ」
「壊させたくはないな。あの子の今の名はなんという?」
「そんなもの本人に聞き給え、たまらないぞ。最初しか味わえない自己紹介の友達イベントだろう、そんな大事な
「それもそうだな、出会いは大事だ。折角覚えるならそっちのがいいか」
疾風はそれまで山伏の格好をしていたが、一瞬で風を巻き起こし、風の中で変化する。青とオレンジの花柄シャツに、中は暗めのダークブルーを使ったインナー。下はゆるりとしたカーゴパンツ。
瞳の赤みを隠すため、サングラスをかければ、支度は調う。
「駄目だよ、お前に墓を買わせてやらない。お前の墓は、オレが没収してやるからな、×××」
昔聞いた親友の名前を思い返す、疾風は心の中に出来た悪魔からのガイダンスに従って、親友の生まれ変わりを辿る。辛すぎる記憶は思い出せない親友の名前の名残で蓋をした。
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