異能悪魔交渉術

かぎのえみずる

第一話 金の生みどころ1ー昔話は残酷に


 腹が満たされていた。

 血なまぐさい香りが口中に広がる。理性を取り戻したのは、日が昇ってからだった。


 理性を取り戻して、目の前の硝子細工に酷く似た目玉と遭遇し、儚い少年は笑った。

 笑って、黄金色の芋菓子を差し出し、満たされているのに芋菓子を食べればもっとと欲しくなった。


 この芋菓子の味を、忘れたくなかった。



 江戸時代と言われる時代のことだ。

 山間部にまだ人々が集い、山の神へ礼儀を持ち篤い信仰心を感じていた頃。

 物の怪達は時折ざわめき、人々を脅かすような時代。

 天狗と呼ばれる己がまだ誕生して間もない頃合い。

 この頃はまだ風も一切反応してくれず、空を飛ぶのも下手くそで、願掛けに「疾風はやて」と名付けられた。

 天狗一族のなかで誰よりも神聖な力を宿し、七つを超えても神の加護が宿っていたので、疾風は誰よりも山の化身として育っていた。

 山の化身として育てられれば、親しく気軽に接してくれる同胞はおらず、寂しがっていた。

 山間部の奥には川沿いに村があり、人々は明るく暮らし、同胞は出来るだけ人間に関わらぬよう生きている。

 疾風はその村を見守る役割にて、いつもいつも村を眺めていた。

 村を眺めていれば、人々はまた橋の話をしている。


「まだ作って一月もたっとりゃせんだろ」

「この前の雷雨で駄目になったみたいだ、増水で流されたんだ」

「となると、他の村から教わるしかねえ。ちょうど麓に知り合いがいる」

「この村には学のあるやつは少ねえ、おめえの知り合いが橋を作れるならそれ以上にありがてえことはない」


 村人の話は疾風には興味深かったが、それよりももっと興味をそそられる存在が居た。

 通常子供というのは七つまでは神とされているのだが、この村には七つを超えても、普通の子供のように扱われない子供が居た。

 子供は角度で青い眼に変わる瞳を持っていることから、神聖な者とされていて、疾風は親近感がわいた。

 この頃疾風も幼い天狗だったために、その子供へ精一杯気にかけて見守っていた。村人には霊力がなく、疾風を見る目は何一つなかったが、時折子供には見つかりそうでその度に姿を隠していた。

 子供は危険な遊びなどやらせてもらえず、ひたすら室内でお手玉や草笛を楽しんでいた。何より子供は占いが得意で、よく手相で予言をしては驚かせていた。

 疾風はある日、神無月への道を失った。

 神のいない期間を神無月と呼び、その期間は宴会を神々だけでするために神聖な神の域に里帰りできるのだが、疾風は神聖を保ちながら道が見えなかった。

 道が見えないものは神域へ帰路することも許されず、山で籠もっていた。

 山で籠もるうちに腹が減る、腹が減る感覚は神無月ならではで、神の効力を失っていた。

 単純な生命たる証は飢餓を覚え、疾風は山の獣を襲ってしまう。

 口腔に兎の血がべったりと広がり、生肉を喰らう姿は獣そのものだった。

 それでも声をかけてきたのが、いつも見守っている子供だった。

 子供は無くした手まりを追いかけて、森の中で疾風と巡り会う。

「あ……」

「だあれ」

「見えるのか、僕のこと」

「……まだ、神の加護が、俺にはあるから」


 こんな姿を見られたくなかった。聖なる者として堂々としていたかった。

 人の身になりはてたような衝動を顕わにした後に、出会いたくなかった。

 子供は一瞬怯えるも、疾風が腹の音を響かせれば、はにかんで干し芋を取り出した。

 恐る恐る小さな手を見つめ、受け取り口にした芋は、甘く。


 初めての人間との交流に、疾風は泣き出した。



「俺の家は昔旅芸人していたんだ」

「へえ、じゃあお前もそれにならって色々できるのか」

「すこうしだけ。でもやってるとこ見られるとみんな、必死になって止めてくるの」

「どうして、すごいじゃないか。一芸秀でてるなんて」

「みんな、俺には何もできないでいてほしいのよ、飛び抜く能力は畏怖になる」


 子供との会話は不思議なことばかりだった。

 子供はいつしか、親友と立場が変化して年月が二年ほど経つ。

 その頃村の近くにある川の橋は二度目の損害があり、いよいよ呪いを込めた建築を予定されてると親友から聞いた。


「疾風は……村のこと好き?」

「僕はまだあまり自覚ないんだよな、みんなに気付かれなくても自分があの村を守らなきゃいけないって」

「そっか、もし……そうなったら疾風の力にずっとなれるのかな」

「精霊になりたいってことか?」

「精霊って西洋みたいね。ねえ、知ってる? 西洋には欲の果てを望めば、悪魔って存在が囁いて誘惑してくるんだって」

「悪魔? 西洋の妖怪か」

「そう、どんな願いも叶えてくれる、代償とともに。俺のお願い、聞いてくださらないかなあ」

「西洋の悪魔なら親父の紹介で会ったことあるが、あいつら銭に五月蠅いんだ、やめとけよ」

「なら銭のない俺には来てくださらないね……」

「この山をまるごと売ったら願いこと叶うかも知れないな」

「それは駄目よ、疾風の山だもの。疾風の山を守って」

「当たり前だ、誰にも売るもんか。大事な山なんだ」


 親友は悲しい笑みをやたら浮かべる時期があり。疾風は後に鈍感さに後悔する。

 人柱がたてられるとしても女性が通常のはずで、親友には関係ないはずだった。

 徐々によくない話を耳に挟んでいく。女性がこの時代、生理をもつ現象からか穢れをもつとされ、霊力が不安定だと。穢れを持つ存在は霊力も足りず非日常だから人柱に相応しくないと、村長が麓の村から教わったと聞いた。

 疾風は嫌な予感がして、川の神と交流しようとしても、川の神は現れず只管に沈黙を守っていた。

 以前村から魚を大量に奪われ恨んでいるのだと後に知る。


 川の神と交流していき、川の神がようやく少しだけ心開いていった時期だった。きっと、川の機嫌が直るまであと少しだった。


 親友が、人柱に選ばれてしまい。祈祷されたのち丸太に運ばれようとしている。

 祈祷して人々が夜間に眠りこけてる間に、疾風は親友の目の前に姿を現す。親友は目が合わず、きょろきょろとしていた。最近親友は、声だけしか聞こえない時期が増えてきていて、疾風は胸がざわざわしていく。


「どうしたんだ、お前には神の加護があるんじゃなかったのか!」

「もう、なくなったんだ。つい最近、俺の占いは外れるようになった。もう要らないんだと。ああ、疾風泣かないで」

「なんだってこんなことに、嫌だ、嫌だよ」

「大丈夫。大丈夫だよ疾風。俺はお前の力になるんだ、沈められて、この山の一部になる」

「それでいいのか! お前はもっと、もっと本当は……」

「言わないで疾風。お前が嫌がっても誰もお前は見えてない。俺だけにしかお前は見えない、神聖を失った俺のことなど誰も信じない」


 残酷な現実は疾風を絶句させる。親友は空を見上げ、月に笑いかけた。


「ああ、いいんだもう。美味しい物やまほど食べさせて貰った、綺麗なお湯にも漬かれた。見てみろよ、この着物だって綺麗だろう」

「……嫌だ。なんで……こんな、こんな村」

「疾風、それ以上は、言ってはいけないよ。聞かなかったことにする」


 にこやかな親友は夜通し泣く疾風の恨み辛みを聞いてくれた。

 聞かないと言いながらも励ましてくれた。本当は己が落ち込んでいるだろうに、感情が大きく揺れた疾風を精一杯励まし。

 二人は別れを惜しむ。なんでこうなるのだと、疾風は抗える術が見つからず嘆く行為しかできなかった。


 やがて日が昇り、親友は運ばれる。

 最後まで川へ見送ろうとついていく、それが守護神たる自分にできる行為だった。


 川に投げられる寸前になって、親友は震えた。

 震えて、疾風と久しぶりに瞳が合った。親友は頬笑む。


「なあ、疾風。俺は水じゃなく、土の布団で眠りたかったよ」


 にこやかに笑えば、村人は親友の気が触れたと恐れ。

 川へと一息に沈ませた。


「……こんな、こんなこと……」


 親友の言葉に、意識が岩で殴られた感覚がしてしまう。

 ああ、お前。本当に死を覚悟しているのか、と疾風は泣きじゃくる。親友の目は村人達への攻撃を許していなかった。だから必死で堪えていた。最後には村人達は、いや人間達は情を見せてくれるだろうと期待していた部分もあった。何せ同族だったから。疾風の期待は一気に打ち破られた。

 瞬間、疾風は山の神である自覚をし。親友を簡単に棄てた村を、棄てる決意をした。


(貴方が望まれない世界に意味は無い)


 村に嵐が起き続け、嵐は村人を一人たりとも逃さなかった。

 逃げ惑う村人を嵐による水害が襲う。

 何故親友を選んだんだ、と天狗は理解できなかった。村人は生け贄を作るなら天狗のただ一人大事にしていた親友を選ぶべきではなかった。疾風はどうして、と泣き叫び嵐を三日三晩呼んだ。疾風の涙が涸れ果てるまで、村は流されていった。


 その記憶は、時代が移り変わり、人々が山を棄て都会へ住み。仕事や暮らしも変化し、農業も漁師も減ったところで変わらない記憶だった。現代に置いて、テクノロジーが進んでも艶めかしい鮮烈な記憶。


(次の時代で、もしお前がいたら、僕がお前を幸せにしよう。お前の幸せを見届けよう。お前だけが幸せにならないなど許さない)


(欲の果てに願いが叶うなら。お前を願うよ――どんなものを失ってもいい、お前じゃなければ)


 父親にまた悪魔を紹介してもらい、長い月日の約束をした。


 天狗である疾風(はやて)の一番古い忌まわしい記憶だ



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