4-2

「あの、来ていただかなくても大丈夫ですよ」

「何言ってんの! 調子悪いときはお互い様。つっきーには亜麻あまを助けてもらった恩があるんだから」


 薬屋へ迎えに来てくれた刈安かりやすさんにそう言ったのだけど、笑って躱されてしまった。


「お店があるんじゃないですか? 大丈夫ですよ」

「そんなこと言わないで。助けてもらった恩があるんだから」


 翌日は亜麻さんが来てくれた。


「夜ごはんの準備があるでしょう。無理しないでください」

「メシはももが作ってくれているから大丈夫。どうせ同じ場所に帰るんだ。気にすんな」


 その次の日は松葉まつばさん。


「あの、さすがに桃さんは駄目でしょう。一人で帰れますから」

「気にしない。ちょうど砂糖を切らしていて買いにきた帰りなんだ」


 嘘つき。桃さんが調味料を切らせるなんてありえない。


「いやいや、仕事あるでしょ! しかも馬車って何考えてるんですか!」

「何を言っているんですか! 具合が悪いんだから送り迎えなんて当たり前です。本当なら薬屋は休んでゆっくりして欲しいくらいです」


 何を言っているんだという顔でこちらを見る黄丹おうにさん。てん、黄丹さんのことは苦手だって言っていたのに。本当になりふり構わなかったのね、と少し遠い目になってしまう。しかも馬車。薬屋とあんず亭は徒歩で余裕の距離だというのに。

 

 私の不調が王立研究院でもどうしようもできないことを知った天は、本当に薬を探し始めた。最初は近隣の町や村。情報がないとわかるとさらに足を延ばして。

 冬は足場も悪い。遠出なんて危ないし、そんなことはしなくていいと何度も言ったのだけれど、便利屋の依頼のついでだと話を聞いてもらえず。最近は数日村を空けることも増えてきた。

 

 その間に私が山小屋に行ってしまうことを恐れた天は何を思ったか、村のみんなに私が病気だと言いふらしたのだ。そして、夜は危ないから薬屋からあんず亭まで送って欲しいと。さらにあんず亭に帰ってからは桃さんと松葉さんの二重の監視。みんなそれぞれに仕事があるんだし申し訳ない、と何度言っても全然やめてくれない。

 

 これは天が帰ってきたら一言言ってやらねばと思いながら過ごすこと数日。ようやく天が帰ってきた。


「げっ」


 出先から真っすぐ薬屋にやってきたのだろう。旅の装備のままで現れた天が背負っていたものを見て、私はおもわず上げかけた声を慌てて飲み込んだ。そんな私に気が付くことなく天が嬉しそうな顔で薬屋に入ってくる。


月白つきしろ、ただいま! 見て! すごいでしょ!」


 うん、すごい。まさかそれを採ってくるとは思わなかった。いくら多年草とはいっても、冬に探すのは相当大変だっただろうに。でも、それは。


「これ、イノチグサって言うんだ! 薬師でも滅多に使わない妙薬だって。訪ねた村のばあちゃんが教えてくれたんだ!」


 天の言葉に私は言いかけた言葉を飲み込む。その様子をどう思ったのか。


「あっ! もしかして月白も知らなかったとか? 大丈夫! 俺、薬にする方法もちゃんと聞いてきたから!」


 嬉しそうな顔のまま続ける天に私は覚悟を決めた。


「そっか。うん、私も実物をみるのは初めて。この時期に大変だったでしょ?」


 天が採ってきたのはイノチグサ。確かに薬師は使わない。だって。

 

 それはただの胃薬だから。

 

 しかもイノチグサはものすごく苦い。胃薬になる薬草なんて他にいくらでもあるから、わざわざイノチグサを使う薬師はいない。多年草で比較的どんな土地でも採れるので、民間療法で使っている地域が僅かに残っていると銀朱ぎんしゅの残したノートには書かれていた。その程度の薬草だ。もちろんアンドロイドを修復する効果はない。


「大したことないよ。それより早く薬にしよう。根っこ以外を全部を刻んで煮だしてお茶にするんだって。生でも乾燥したものでも効果は同じだっていうから、しばらくは生で、残りは乾燥させよう」


 天の言葉に私は内心ホッとする。イノチグサは本来なら葉を煎じて飲むものだ。でも天が採ってきたイノチグサは季節のせいで葉がほとんどなかった。もし、葉を使うと言われたらどうしようかと思っていたのだ。


「わかった。量が多いから一緒に刻んでくれる?」

「もちろん」

「薬屋の中だとスペースがないから、庭でやろうか。用意しておくから、天は荷物を置いておいでよ」


 私の言葉に天はうなずくとイノチグサを置いて、一旦あんず亭に帰っていった。


「おや、天、帰ってきたんだね」

「月白ちゃん、今日は何を作っているの?」


 戻ってきた天と一緒に庭で作業を始めると通りかかった村の人達が声をかけてくれる。返事をしながら天と私はイノチグサの根を切り取って、残りを刻んでいく。刻んだものは乾燥させるために平らな笊へ並べていく。


「ふう、これで最後っと」


 今回は茎もまとめて使うから二人がかりでも結構な量だった。最後の一本を刻み終えた天が手を振っている。


「ありがとう。疲れたでしょ。しばらくは生のまま煎じるとして、残りは干して完成。たくさん採ってきてくれたから、三カ月くらいは毎日飲んでも大丈夫そうだよ」


 私の言葉に天が笑顔になる。


「よかった。いっぱい背負ってきた甲斐があった。いつでも採りに来ていいって言ってくれてたから、春になったらまた採ってくるね」

「ありがとう。でもこんなにたくさんあるんだもの。飲み終わる頃には元気になっているよ」


 どの口が言っているんだか。笑顔で天に返しながら心の中に苦いものが広がる。飲み切る頃には私はとっくに活動を停止しているだろうに。

 でも、目の前の天の笑顔を見たら本当のことなんて言えなかった。


「げっ」


 薬屋に戻ってイノチグサを煎じる。煎じ終わったら濾してカップに注ぐ。と、その見た目に私は言葉を失った。でろんとした深緑色の物体。ちょっと飲むのをためらう見た目。そうだった。イノチグサってすごい苦いんだっけ。


「うわっ! あっ、でも効果はばっちりだから! イノチグサを教えてくれたばあちゃんが言っていたんだ。東方の国の言葉で、良薬口に苦し、って言うんだって。頑張れ! 一気に飲むのがコツらしいよ」


 目の前で応援してくれる天をついジト目で見てしまう。飲むのは私なんだぞ。とはいえ、天の苦労を考えたらここで断るわけにはいかない。覚悟を決めて一気に飲み干す。


「あっ、月白! 冷ましてからじゃないと火傷するよ!」


 あぁ、そうだった。味、しないんだ。それに、熱さも感じないや。


「……えっ? あっ、熱! 苦! 天、水~」

「あっ、うん! 待ってて!」


 天の言葉に慌ててわざとらしい演技をしながら、私は自分の最後がすぐそこまで来ていることを感じていた。

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