第5話 おっさん、倒れる。

 オレは街道脇で見つけた立て看板の近くに軽トラを寄せた。

 看板に書かれているのは現代地球では見たこともない記号のようなものの羅列。

 おそらくは、異世界転移ものの定番スキル【全言語自動翻訳】が仕事して読めるようになった文字。

 

 そこには

 

   ←メオンの街   リソン村→


 と書かれていた。



「なるほど、聞いたことのない地名だ。」

 いかにも異世界といった感じの町や村の名称を見て、いよいよ異世界に転移したという実感がわいてきた。


 とりあえず、この異世界でも人が集まって住んでいるところがあるという事と、その方向の情報は手に入れることが出来た。だが、その町や村までどのくらいの距離なのか、はたしてどちらに向かうのがここから近いのかといった情報はそこにはない。

 

 ほかにも情報はないだろうか。例えば看板の裏とか、立ててある杭の根元とかに、

日本では国道などの主要な道路に一定距離ごとに設置されている『キロポスト』のような表記はないだろうか。

 

 オレは、更なる情報に期待して看板を精査すべく、看板の裏に回りこもうと軽トラを降りる。



 軽トラを降りた瞬間、予想外の出来事が起きた。

 

 文字の書かれた看板は変わらずそこにあるのだが、突然、その字を読み解くことが出来なくなった。


「あれ?」


 さっきまで何にも意識することなく、視界に入った記号? はオレの脳内で意味のある言葉を提示していたが、今は全く分からない。


「さっきまで普通に読めたのに、おかしいな?」


 その見え方は、なんとなくだが細かい字を見るために装着していた老眼鏡を外したような感覚に似ていた。オレは老眼鏡をかけてまでラノベを読んでいるのさ。フン。

 

 で、その感覚から、もしかしたらと思いもう一度軽トラに乗ってみる。すると今度ははっきりと記号? の意味が読み取れる。

 

今とさっきの差異はなんだ。軽トラに乗っている状態と降りた状態。そうか、これは視界がか否かという事だ。


 どうやら、翻訳機能は軽トラのフロントガラスにあるらしい。フロントガラスというフィルターを通すことで、異世界の言語が理解できるというわけだ。


 なんだこれ。普通の異世界ものラノベなら、スキルは転移した主人公に帰属するはずではないか。もしくは伝説の剣とか杖とかアイテムとか。なぜに軽トラに?


 納得いかない感情を抱きながらも検証した所、翻訳フィルターはフロントガラスだけではなく、運転席や助手席の窓ガラスでも適用されるようだ。まあ、だからどうしたというようなことではあるが、今後道路標識のようなものが高速走行中に現れる可能性を考えれば、視認、理解できる状況の幅が広がるのでありがたい事ではあった。

 

 

 軽トラ異世界後フィルターの検証を脳内で終え、いよいよ看板の裏を確認しようと軽トラを降りて看板の方に歩いて近づいていったとき―――




―――オレは地面に倒れこんでいた。


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