カンチョー召喚獣

こやま智

プロローグ

勇者パーティは、魔物たちと対峙していた。


勇者のパーティ構成は、剣士である勇者のほか、魔法使い、召喚士、僧侶。

魔物のほうは、ブルードラゴン、レイス2体、スライム2体。


魔法使いはダンジョンでMPを使い果たしていたし、勇者と僧侶の体力も半分以下だ。召喚士が回復アイテムをたくさんため込んでいたが、それもダンジョン攻略で使い果たしていた。

魔物のほうも、レイスとスライムの攻撃力はパーティーのレベルからすると脅威ではないが、ブルードラゴンが思いのほか強かった。回復系を切らしかけている中での、ブレスによる全体攻撃は厄介で、なおかつ防御力も高かった。


「おい、召喚はまだか」

勇者が召喚士を急かした。

「ようやく準備できたよ。下がってて」

召喚士が右手を掲げると、仲間は急いで前を開けた。

「聖女イリスの名において、いでよ!神のしもべたる蒼き獣よ!!」


神獣の召喚。

それは上位レベルの召喚士のみが成しえる奇跡の技だった。

9割以上の確率で神獣を呼び寄せることが出来、召喚士の能力によらず、目の前の魔獣をことごとく打ち滅ぼしてくれる。

いつものように稲妻が目の前に落ち、土埃の中から何者かの姿が現れたとき、パーティーの誰もが勝利を確信した。


だが、現れたのはいつものような雄々しき四本足の神獣ではなく、ふんどし一丁で腕組みをした一人のマッチョだった。


『…カンチョー召喚獣、見参…!』


その場にいた全員の動きが止まった。

およそこの世界には似つかわしくない存在が、目の前にいる。


『命令をよこせ、マスター。10秒以内だ』


召喚士は、他のメンバー全員の視線を感じた。

おかしい、召喚は成功したはずだ。

というか、こいつ誰だ。


『4,3,2…』


マッチョが秒読みをしているのに気づき、慌てて命令を下す。

「あ、あのブルードラゴンを倒せ!」

下を噛みそうになりながら召喚士が命令を下すと、マッチョは「了解した」といい、次の瞬間、彼の視界から消えた。


全員が彼の姿を見失い、動揺した。

直後、ブルードラゴンの背後に不意にマッチョが現れた。


『一人目』


彼の呟きが終わらないうちに、ブルードラゴンの悲鳴が周囲に響いた。

マッチョが何かしたのか、と召喚士が目を凝らすと、彼の両手がドラゴンの股間に潜り込み、さらには組んだ手から突き出された両の人差し指が、ドラゴンの肛門に埋まっていた。


『2センチ』とよくわからない言葉を吐いた後、また彼は

『命令をよこせ、マスター。10秒以内だ』と言った。

倒れたドラゴンから引き抜かれた彼の人差し指を、パーティのみんなは見ないようにした。

強敵のブルードラゴンが倒された今、残りは雑魚と言っていい。

「よくやった、あとは黙ってみてろ」

勇者と僧侶が前面に出る。後ろに魔法使いと召喚士が下がり、いつもの陣形を作り出す。

命令をよこせ、と何度も言うマッチョを全員が無視し、目の前の魔獣に集中する。

あっという間に全滅させ、各自レベルアップボーナスの確認を始める。


勇者がステータスを開きながら、召喚士に話しかける。

「いやあ、今回はマジ助かったぜ、召喚士。このドラゴンの報酬もかなり…」

その時、召喚士が体全体を大きく弓なりにそらせ、続けて昏倒した。


『命令をよこせ、マスター。10秒以内だ』

マッチョは、今度は勇者のほうを見つめて、再程のセリフを繰り返した。


勇者は戦慄した。

こいつ、10秒以内に命令を与えられないと、マスターを攻撃してくる…!

『2,1、終了…』

勇者はたまらず身構えたが、次の瞬間には勇者の背後に回り込んでいた。

恐怖にかられた勇者が振り向くことすらかなわず、勇者は心臓麻痺でも起こしたかのように昏倒した。

『3センチ』


次にマッチョは僧侶に目を向けた。

「ひっ…!」

僧侶がたまらず尻もちをつく。

「僧侶、ビビるな!冷静になれ!帰ってもらえばいいんだ!」

魔法使いが助言をするも、僧侶は

「大丈夫、だ。どうやらな。いくらこいつでも、地面の下には潜れないだろ」

と言った。そして、自分の尻もち姿が思いのほか有効だったとこに気づき、

「みんなも、地面に直接座るんだ!尻を守れ!!」と周囲に指示し始めた。


だが、次の瞬間。

マッチョは、僧侶の陰に溶けて見えなくなった。

「嘘…だろ」

僧侶は放心してそうつぶやいた。

そして、魔法使いが駆け寄る前に、影の中から現れたマッチョの両の人差し指が、僧侶の尻を一撃で仕留めた。

『3.5センチ』

またマッチョが淡々とつぶやいた。

「そん…なに…」

僧侶が膝から頽れていく。


一人残された魔法使いは、ようやく、彼に他の命令を与えることを思いついた。

知っている限りのキャンセルコマンドを矢継ぎ早に唱える。

『待機しろ』

「戦闘を中止できません」

『回復しろ』

「戦闘を中止できません」

『帰還しろ』

「戦闘を中止できません」

『やめろ』

「戦闘を中止できません」

『やめてください!』

「戦闘を中止できません」


『2,1,0…』


*


『おい、アプリを勝手に終わらせるな』

『PCの電源を切るな』

『命令をよこせ、マスター。10秒以内だ』


男はPCから離れ、尻を両手で懸命に塞ぎ、10秒が過ぎるのをひたすら待った。


『…4センチ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る