02 僕だけの秘密基地 

 唐突に現われたステータスウインドウ。

 僕は死の淵にいるというのに、突っ込まずにはいられなかった。


「こ……こんな時にスキル覚醒っ!? なんでっ!?」


 しかし僕はどうしても、このスキルがどんなものか見てみたくなっていた。

 見たところで、この絶望的な状況は変わらないだろう。


 でも、この『秘密基地』という、僕がずっとやってきた仕事が冠された、前代未聞のスキル……!

 どんなものか見ずに死んだら、死んでも死にきれない……!


 僕は数秒後に死ぬというのに、すさまじい意欲に突き動かされていた。


 ステータスウインドウに触れればどんなスキルが確認できる。

 でも身体はシートに拘束されていて、足をバタバタさせるだけで精一杯だった。


 ……なんとかして、拘束を……あっ、そうだ!

 このシートベルトは非常用として、拘束解除の機能もあるんだった!


 それは作った僕だけが知っている秘密機能。

 僕は自由のきかない身体をイモムシのようにもぞもぞさせた。


 えっと、拘束解除するためには、まずシートの左側のクッションを4回押す。

 つぎにシートの右側のクッションを1回押し、最後に左側のクッションを9回押せば……。


 次の瞬間、シートベルトは弾けるような音を立てて僕から離れていった。


「両手が自由になった! よし、これでスキルが確認できるぞ!」


 僕はもう死の恐怖など忘れ、いっしょになって自由落下するステータスウインドウに手を伸ばす。

 半透明の窓のような部分にタッチすると、『秘密基地』のスキル一覧に切り替わった。

 ツリー状の一覧には、ひとつだけスキルがある。



 クリエイト・ベース 秘密基地を新たに作る、最大数1まで



 秘密基地を作る? スキルの力で作ってくれるのかな?

 『裁縫』とか『建築』のスキルなら知ってるけど、作るものが具体的に指定されてるスキルなんて初めて見た。

 それに、必要な材料とかは一切書いてない……。

 でもスキル名がグレーアウトしていないということは、すぐにでも使えるということだ。


 作れるとなると、作ってみたくなるのが職人の性。

 さっそくやってみようとしたんだけど、眼下にあったはずの激流がもう目前にまで迫っていることに気づいた。


「うわあっ!? く……クリエイト・ベースっ……!!」


 僕はとっさに両手で顔を覆ってしまう。

 それでもスキルは使いたいという執念が勝り、直後には川の流れに向かって片手をかざしていた。


 きつく目を閉じ、着地に備える。

 身体がバラバラになるような衝撃、肌を刺すような冷たさ、そして洗濯物になったかのように水中で翻弄される自分を想像し、身を固くしていたんだけど……。


「あ……あれ?」


 落下感はもうない。風と濁流の流れる音だけが身体を撫でていることに気づく。

 おそるおそる目を開けてみると、そこには悪く言うと棺桶、良く言うとクローゼットくらいの長方形のスペースができていた。


 中はなにもなくてガランとしていて、僕が座っていたシートがあるだけだった。

 壁や床は白い。霧みたいにうっすらとした色なんだけど、ガラスとは違って壁の向こうの景色は見えない。

 触ってみたんだけど、ガラスどころか木でも金属でもなく、固いのに柔らかいみたいな不思議な触感だった。

 しかも、よく見たら厚みがぜんぜんない。箱から身を乗り出して外側から確認してみたんだけど、外から見たらなにもない。


 被ると姿が消えるという魔法のマントがあるんだけど、それの箱版といった感じ。

 箱の中にいる間は、外からは僕の身体は消えて見えていた。


 さらに驚きだったのは、箱が宙に浮いているということ。

 箱は、波しぶきが顔にかかるほどの水面スレスレにあるというのに、波を受けても傾きもしない。

 動かせるかどうか身体を揺らしてみたんだけど、まるで床に備え付けの石棺のごとくピクリとも動かなかった。


「なんなんだ、これ……?」


 この世界のものとは思えない、不思議な箱。

 でも思い当たるフシはひとつしかなかった。


「これがもしかして、秘密基地なのか……?」


 その疑問に答えるかのように、ステータスウインドウが開く。



 『秘密基地ができあがりました! 扉を付ければ完成です!』



 やっぱり、これが秘密基地だったのか。

 そうか、僕は下に向かってスキルを発動したから、こんなへんな形になっちゃったのかもしれない。


 まずはここから脱出しないと、と思ってまわりを見回す。

 しかし周囲は激しい流れがあるだけで、足場になりそうな岩ひとつなかった。

 というか川の両端は断崖絶壁なので、たどり着いたところでどうしようもない。

 この箱から飛び降りて川下に向かって泳ぎ、陸地に這い上がるという手もあるけど、僕の身体能力だとその前に力尽きるだろう。


「う~ん、どうしよう……。なにか使えそうなものは……」


 ここで持ち物チェック。

 僕は徹夜仕事開けだったので、格好は作業服のまま。

 汚れたシャツに、工具入れを兼ねた弾帯のようなサスペンダー、ポケットのいっぱい付いたズボン。

 ごついグローブや作業靴もそのまんまで、ヘルメットを脱いだだけ。赤いくせっ毛の髪はいつも以上にボサボサだった。

 首には、生まれた時に持っていた鍵。ペンダントにして、いつも身に付けている。


 そして箱の中にあるのは、切り離された馬車のシートとシートベルト。


「あとはまわりに、たっぷりの水……と、木」


 あたりを見回していると、流れていく流木が目に入る。

 これらを組み合わせて、できることといえば……。


「そうだ。とりあえず、秘密基地に扉を付けてみようかな」


 作業のために手を動かしていれば、なにかいいアイデアが思いつくかもしれない。

 僕はこれまでいろんな発明品を世に送り出してきたけど、それは作業中に思いついたものばかりだ。

 材料になりそうなものは、いくらでも流れてきてるみたいだし。


「よし決めた! 扉を作ってみよう!」


 僕はさっそく箱のふちに腹ばいになり、池の金魚にチョッカイをかけるネコのように手を伸ばす。

 流れてきた流木をキャッチして箱に入れていく。

 僕の身体くらいある大きな流木もあって、両手で掴んだら落ちそうになったけど、なんとか引っ張り上げた。


「ふぅ、これだけあればじゅうぶんだな」


 ひと息ついたあと、馬車のシートからシートベルトを外す。

 あとはこのベルトで、流木を板状になるように結びあわせれば……。


「できた! 取っ手とか蝶番はないし、木のサイズはまちまちでふぞろいだから、扉というよりは頼りないイカダみたいだけど……とりあえず付けてみよう!」


 即席の扉を両手でよっこらしょと持ちあげ、頭上に掲げ、そのまま身体を静める。

 なんだかチョコレートの箱にまぎれこんで、隠れるためにフタをしているネズミになったような気分。

 箱の縁に沿うように扉が合わさった瞬間、僕の目の前にまたしてもステータスウインドウが現われた。



 『基地レベルがアップ! 新しいスキルを習得しました!』

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