追放から始める国造りサバイバル

佐藤謙羊

01 スキル『秘密基地』覚醒

 ――人には誰でも、持って生まれたものがある。

 僕は、鍵を握りしめて生まれてきたらしい。


 でもそれは、どこも開けられない鍵だった。



「……そろそろ着くぞ、シーク」


 ノーブル兄さんの声で、僕はまどろみから覚める。


「あっ……ごめん、ノーブル兄さん。ずっと徹夜続きだったから……。」


「手抜きの仕事など、していないだろうな?」


 馬車の後部座席、対面に座っているノーブル兄さんは、研ぎ澄まされたナイフのような瞳で僕を見ていた。

 ノーブル兄さんは冷たい印象があるので普通の人は怖がるんだけど、僕はもう慣れっこだ。

 僕は「もちろん!」と大きく頷き返す。


「最後の秘密基地だから、すごくがんばったんだよ! これで僕もやっと、神殿で働けるんだ! ああっ、早く着かないかなぁ!?」


 僕はがまんできなくなって、馬車の窓を覆っていたカーテンを開ける。

 外はまだ薄暗かったけど、遠くに見える山々は黄金の輝きを帯びていた。

 まるで、これから生まれる光の強さを予感させるように。


 視線を落とすと、馬車は崖っぷちの道ギリギリを走っているようで、眼下には深淵のような渓谷がある。

 まるで、天国と地獄が同居しているような、不思議な光景だった。


 でも、地獄から這い上がり、これから天国に飛びあがろうとしている僕にはピッタリかもしない。


 やっと神殿で、神々や兄さんたちといっしょに物作りができるようになったんだ……!

 見ててね、父さん、母さん……! 僕は、神様に認められるほどの職人になって……!


 群青色の空に向かって未来に思いを馳せていると、いきなり馬車の扉が全開になる。

 僕は扉にもたれかかっていたのでバランスを崩して倒れてしまい、猛スピードで流れる地面を鼻先で感じてヒヤリとした。


「う……うわあっ!?」


 しかし、とっさに開いた扉を掴んでいたおかげで落車せずにすんだ。

 なんとか身体を起こして座り直し、胸をなで下ろす。

 僕が危ない目に遭ったというのに、ノーブル兄さんは足を組んだまま優雅に座ったまま。

 その手は、座席の肘掛けにある、扉の自動開閉スイッチに伸びていた。


「ちょ、ノーブル兄さん、いたずらはやめてよ!」


 僕の抗議にも、ノーブル兄さんは眉ひとつ動かさない。


「この扉の自動開閉装置も、シークが発明したんだったな。おかげで、神々や王族の建物や乗り物は自動開閉扉が当たり前のものとなった」


「あ……うん。元々は秘密基地用に作ったものだったけど、便利だと思って改良したん……わあっ!?」


 身体にいきなりベルトが巻き付いてきて、僕は座席に拘束された。


「の……ノーブル兄さん!? もう、いたずらはやめてってば!」


「このシートベルトという装置も、シークの発明だったな。事故の衝撃から身体を守る機能の他に、こうやって罪人や奴隷を拘束する機能まである。……そういえばもうひとつ、いい装置があったな」


 僕はノーブル兄さんの持つ、冷たい視線や仕草には慣れていたつもりだった。

 でも僕を見据えたまま、ノールックで肘掛けにある赤いボタンに手を伸ばす、その動作には……。

 まるで呼び鈴でメイドでも呼びつけるような気軽な手つきには、思わず背筋が寒くなった。

 あれは、緊急脱出装置のボタン。間違って押さないように普段はカバーを掛けてあるんだけど、それはもう取り払われていた。


「の……ノーブル兄さん……! だから、いたずらは……!」


「シーク、お前は我がブルーシュライン家に養子として来て、いままで実によくやってくれた。職人の誰もが嫌がる、秘密基地を作る仕事を率先してやってくれたのだからな」


 神々や王族のために秘密基地を作るのは、僕ら職人の仕事のひとつだ。

 でも秘密基地はその存在だけでなく、作られたこと自体も秘密にしなければ意味はない。

 だから、どんなにいい秘密基地を作っても、その仕事は讃えられることはない。

 それどころか、秘密基地職人は存在すらもおおやけにされることはないんだ。


 兄さんたちはみんな有名な職人だけど、ずっと秘密基地職人だった僕の名前は誰も知らない。


 僕は子供の頃から秘密基地を作るのが好きだったので、その仕事自体は嫌じゃなかった。

 それでも、誰からも評価されない仕事を文句ひとつ言わずやってきたのは……。


「家のためだからね。末っ子だけど少しでも、ブルーシュライン家が神殿職人になるために貢献したかったんだ」


 『神殿職人』というのは神々の神殿で働いている職人のことで、職人のとっての最高位のひとつ。

 人間でいうなら、小国の国王と同じくらいの権力がある。


「そうか。だが赤土を這うモグラは、いくらがんばったところで青い鳥にはなれないんだよ」


「えっ?」


 しなやかな人さし指が動く。冷酷なる刑吏が、絞首台のボタンを押すように。

 僕が拘束されていた椅子が、ゆっくりと外に向かって動きはじめた。

 それはまるで、頂点より先がないジェットコースターに乗っているかのような感覚。

 僕は恐ろしくなって、力のかぎり暴れて訴えた。


「や……やめてやめてやめてっ!? ほんとに死んじゃうよっ!?」


「秘密基地職人は仕事があるうちは生かされているが、仕事が無くなれば始末される。そのほうが、基地の秘密が漏れることがないからな。穴ぐらにこもり、エサが無くなればすぐに死ぬ……まさしくモグラだな」


「まさか!? そのために僕を……!?」


「やっと気づいたか、シーク。お前を没落職人であるレッドベース家の末裔から救ってやったのは、家族にするためではない。我が一族の踏み台とするためだったのだ。秘密基地あふれる世界となったいま、踏み台は不要となった」


「ええっ!? ダイブゲス様や、ヘボイストス様は……!? それに義父とうさんや、他の兄さんたちは……!?」


「みな了承済みだ」


「そ、そんなっ!? ぼ……僕はノーブル兄さんのことを、本当の兄さんだと思ってたのに……!」


 僕の悲鳴は風鳴りにまぎれる。座席はもうほとんど外に出ていた。

 渓谷から吹き上げてくる風は強く、拘束されていなければとっくの昔に飛ばされていただろう。

 ノーブル兄さんはもうこっちを見ておらず、肘掛けに肘を付いてワインを飲んでいた。


「まったく……。神殿職人になってまで、ゴミ捨てをやらされるとは思わなかったな。だが、ひと仕事終えたあとに飲むブルーワインの味は、汚れ仕事であったとしても変わらない。まさしくこれこそが、なし得た者のみが感じられる味というわけだな」


 馥郁ふくいくたるため息。

 それが最後の一押しになったかのように、僕の身体は虚空に投げ出されていた。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 まっさかさまに落ちていく。

 遥か下方にある激流が、ぐんぐん迫ってくる。


 下は流水だから落ち方を工夫すれば即死は免れそうだけど、あの流れの速さの川に飲まれたら助からないだろう。

 僕の身体に、絶望という名の死神がまとわりついていく。


 こ……こんなところで死ぬのか……!?

 せっかく……憧れの神殿職人になれると思ってたのに……!


 僕の脳裏に、走馬灯が巡る。


 それは5歳の時、木の上に初めての秘密基地を作ったときのものだった。

 秘密基地の窓から身を乗り出し、父さんと母さんに向かって手を振っている。


 そうだ……僕は子供の頃から、秘密基地を作るのが大好きだった……。

 だけど……自分のために秘密基地を作ったのは、あれが最初で最後だった……。

 最初に作った秘密基地がキッカケで、僕はブルーシュライン家に引き取られ……。

 それからはずっと、他人のために秘密基地を作り続けてきた……。

 作業場にこもりっきりだったから、家に帰ることもなくて……。

 ずっと、ひとりぼっちで作業してた……。


 最後に……最後に……僕のための秘密基地を、作りたかったなぁ……。


 そう思った途端、まぶしさを感じてハッとなる。

 朝日も遮るほどの断崖に、光が満ちあふれていた。


 僕の目の前にあったのは、ステータスウインドウ。

 自分のステータスやスキルを確認できる、この世界ではありふれたもの。

 レベルアップしたりすると自動的に開くのだが、長いことレベルアップしていなかったので、見るのは久しぶりだ。

 そこには、夜明けを告げるような輝きとともに、ある一文が浮かんでいた。



 『秘密基地のスキルが覚醒しました!』

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