Historiあ!

xin akira

第1話:横浜

空架橋

 雨上がり、朝の横浜シティ・エア・ターミナル。金沢かなざわ駅発の夜行バスを降りる人たち。観光、ビジネス、その他様々。

 乗客のひとり、きのした架橋かけはしは、姫カットのボブでインナーは虹色に染める。寝ぼけていても、目が覚めてる間は微笑みを絶やさない。

 架橋はドライバーからケースを受け取ると、満身の笑みで「ありがとうございまぁす♪」と、軽い会釈をして感謝した。爽快である。

 架橋は大学を卒業したばかりで、親戚が経営する会社で正社員として働く。そのために来た。


 架橋は地下街へ降りる。開いてる店はモーニングをやってる喫茶店のみ。メインの通路は通勤時間で人混みが凄い。まるで濁流だ。

 架橋はこの人の多さに動揺さえする。周りをキョロキョロするほどだ。流されるままエスカレーターを登り、駅の入口まで流される。

 ふと右を眺めると、北東に大きな虹が見えた。

「わー♪」

 七色綺麗にそろって、とても綺麗だ。

 架橋は慣れない人混みから抜け出し、重たいケースを持ち上げながら横の階段を登る。よりよく見える大通りへたどり着くと、スマホを取り出し、写真を撮った。

 一回目は虹と駅の風景、二回目は虹を背景に自撮り。家族と友達に二枚目の写真を添えて「とうちゃこ」メールを一斉に送った。

 架橋はふと思った。

ーー虹の方角に行くと良いことあるかも!

 興味が湧いたらそく実行さる。朝が早いから、親戚へ挨拶に行くにはまだ早い。

「横浜といったら、やっぱ港だよねー。海を見なきゃ損するねー」

 観光雑誌やネット情報が紹介する横浜は、豪華客船が停泊する大きな桟橋と、未来的なビル群と、お洒落な店のオンパレード。親戚に会うのは午後からでもよいので、先ずは港観光をしようと決めた。

ーーみなと、うみ、み・な・と♪

 心が弾む。

 架橋はケースをコインロッカーに入れ、方角をたしかめようとしたとき、お腹が鳴った。

「……朝ご飯食べんねー」

 と、地下街へ降りて喫茶店に入り、急ぎ食事を済ませた。




 


 虹は薄くなる。架橋は虹に向かって走った。

「早く虹と港の写真が取らなきゃ」と焦る。

 虹が消えた。架橋は立ち止まり、残念がる。

 架橋は廃れた商店街のなかにいた。シャッターはすべて閉まってる。

 架橋の目の前に、鳥居が立っていた。目の前の観光案内板を確認すると、これは洲崎大神すさきおおかみという。

「お、オオカミですか!」

 神社でも大社でもない、強そうな名前の神社だ。

 立派とはいえ、何処にでもあるような社にしか見えないけど……。

 架橋は更に目を通すと、その冒頭に反応する。

源頼朝みなもとのよりともだって。去年の大河ドラマだねー」

 と、父が毎年見ているドラマを連想し、無意識に写真を撮った。

 この大神は建久けんきゅう二年(一一九一)年、源頼朝が安房国(千葉県南部地域)に鎮座する安房神社の霊を移し、創建したと由来されている。

 鳥居の奥には新緑がゆたかで、緑の向こうには多くの桜が蕾を出していた。

「へえー」架橋は微笑む。

 鳥居をくぐり、階段を登ると、小さくとも立派な社が鎮座する。ただし、その上の桜へは行けない。

 架橋は、古い建物なんかよりも桜が見たい。

 とはいえ御社様を眺めると、自然と賽銭を入れたくなる。地元民しか知らないようなマイナー神社とはいえど、何かの縁で訪れたのだし、とりあえずここの神様にご挨拶しようと手を合わせた。


 鳥居を出て、道を探す。少し歩いたT字路に"幸ヶ谷こうがや公園"という行先案内板をみつけ、ピンと感じた。

「桜はそこねー」

 と、その小道に入って坂を登ると、丘の上の広い公園にたどり着けた。

 公園全域に、数え切れないほどの桜の木がある。

 そのとき蕾はみるみる膨らみ、開花する。

 これが架橋の全方位で繰り広げている。

 まるで架橋の訪問を歓迎したかの如くだ。

「わー、すごーい♪」

 架橋はときめき、浮かれて、公園中の桜をスマホにとりまくった。パノラマにも動画にもした。どれも素人らしい下手な撮影だけど、好きさ加減はしっかり伝わってる、と思う。

 こうなると、

ーー港と桜を写したい!

 虹はダメだったので、今度こそ思い通りの写真が撮りたくて、架橋は公園の四隅へ走って眺めた。

 幸ヶ谷こうがや公園は尾根先にあれど独立丘で、四方を見下ろせる。西は谷底に線路、向こう側にコンクリ造りの立派な寺院と墓地で、崖の上の丘を見上げると、そこは住宅街だった。緑地は見えない。北から北東は東神奈川ひがしかながわ駅の街並みと、これも宅地化された丘陵が広がる。東は高層マンションの群れと高速道路。南から南西は横浜駅の大都会が見える。

 しかし、

「なんで海だけ見えないの!」

 架橋はふてくされた。港は近いのに。

 架橋は仕方なく、写真と動画を見たくて、とあるベンチに座って確かめる。

 スマホを開いたら、友人からの返信が多数きていた。

 架橋は喜んで確かめたり

"虹きれい"や"そっちに着いたんだ"のコメントは嬉しいが、"田舎娘に都会は似合わない"とか"津幡に帰れ""横浜なのにさびれてない""おやど通りの看板娘やめんな""他所者感丸出し"などなど、ツッコミ返信のほうが多かった。

 架橋は苦笑いした。

 

 架橋が写真観覧と返信に夢中になると、春日和の温もりと爽快な風に心地よくなり、眠気に誘われる。

 夜行バスではよく眠れなかったので、誘惑のまま簡単に寝入ってしまう。

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