二人の放課後

語部

二人の放課後

 私は直感した。やはりあの噂は本当だったんだ。

 放課後そこまで広くない駅構内で、互いに屈託のない笑みを浮かべている天野君と川野さんの姿を目にした瞬間に──


 二人は私が通う付属中学のクラスメイト。と言っても特に話すような関係でもなく、それ以前に天野君や川野さんが他の誰かと仲良くしてる姿を見た事がなかった。中三になってそんな感じだと、クラスで浮いてる存在にみえたりするんだけど、この二人に関してはひいき目に見ても顔立ちや佇まいが『カッコイイ』『キレイ』の部類に入るので、お互いに独りでいても変な暗さを感じさせない空気を作っているからだとクラス内では暗黙の了解になっていた。


 夏休みが終わり秋になろうとした頃、私はとある噂を耳にした。

 どうも天野君と川野さんが月に一回火曜日の放課後に二人で駅前のモスバーガーで仲良く会話してるというらしい──やけに具体的な内容で内心少し驚いた。


 今まで接点がなかった二人に急に降って湧いたような話だ。まだ女子の間でしか広まっていない噂話だったから、誰かが作ったかもしれない疑念もあった。


 すっかりどこか下らないジョークと受け止めていた私に、不意に見かけた天野君と川野さんは事実を突きつけてくれた。それが火曜日の放課後、駅構内での二人のあの光景──


「なんか今日遅くない?」

「そうだなぁ、とっくにいてもおかしくない時間だけど」


 わずかに届いた二人の単純な言葉のやり取りを聞いて、私はとても新鮮に感じた。二人の声の記憶がほとんどなかったけど、クラスでの存在感とは別にくだけた雰囲気が遠巻きに見ても伝わってくるのがどこか親近感を覚えた。


「あ、やっと来た」

 川野さんが軽く笑みを浮かべながら、右手を顔の横で細かく振っている。

 その視線の先が隔たれた柱に隠れてたので、私は二人に気付かれないように少しだけ近づいていく。 

 視界が少しだけ広がった先を見て、

「えっ、誰?」私は思わず小さく声を漏らした。


「ごめんごめん、少し仕事が立て込んでいてね……」

二人が迎えたのは痩せた中年男性だった。苦笑しつつもどこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「全然いいよ、私も功太もどうせ暇なんだし」

「暇って……俺は沙織ほど呑気な生活送ってないよ」

「え、今ここにいるんなら一緒でしょ」

 着飾らない会話の中で、私は初めて二人の名前を聞いた。知ってはいたが、クラスの誰かが呼んでいたこともなかったからだと思う。それもあって天野君と川野さんの距離の近さを感じた。


「じゃあ、またいつものモスバーガーでいいかな?」

 中年男性がそっと問いかける。

「こんな田舎じゃ他にないもん、そうでしょ?」

「沙織の言う通りだね」

 噂にあった駅前のモスバーガーに行くようだ。

 話が纏まったその瞬間、川野さんが振り返りピンポイントで私に眼差しを向ける。


「えーっと、浅見さんだっけ? 色々なんか噂? 聞いてるでしょ? 後でゴチャゴチャ話しされると困るし、本当のこと教えるから着いてきて」

 情報の波が一気に押し寄せて来た。私の名前を知ってる? 噂の真相を教えてくれるの? ほぼ初対面の私に? 

 

 疑問符だけが脳内を駆け巡る中、私は「はい」とだけ告げ三人に導かれるように駅前のモスバーガーに入った。


「双子? 二人が……?」

 店内のテーブル席に着いた途端、私はきょとんとなるような言葉を告げられた。

「似てないけど、それはホント」

 川野さんが真顔で言う。

 お店定番のモスバーガーを少しずつ頬張りながら、私は事実を少しずつ飲み込んでいった。

「別に隠すつもりはなかったんだけどね、俺と沙織とのルールというか」

 天野君がとぼけるように呟く。

「子供たちに余計な心配をかけさせたのは、親の私の責任だからね。偶然居合わせた浅見さんだけでも、よければ理解してもらってほしい」

 中年男性──二人の父親が頭を下げた。

「──私でよければ聴かせてください」


 それから事の経緯を三人から説明された。天野君と川野さんは二卵性の双子であり、小学生低学年の頃に両親の離婚によってお互いの親に引き取られたとのこと。

 しばらく天野君と川野さんは疎遠にはなっていたが、たまたま進学校だった付属中学入学を機に兄妹としての関係を再び築く切っ掛けになったようだ。

 

「お互い勉強が好きだったからね。孤立しているように見えたのは、勉強に集中していたこともあったと思うよ」

 天野君がそう述懐すると川野さんが「うんうん」と頷き、

「だから、家族でいるなら放課後になってからでもいいと思ってさ。パパと会える火曜日の休みには集まることにしてるの」

 二人の父親は苦笑しながらも、

「ママはしばらく取り付く島もないといった感じだが、パパの方からもちゃんと納得してもらえるように頑張るよ」

 親子は終始和やかな会話を交わしていた。


 私はこの一幕を傍から見て、どこか家族の温かさを感じた。始まりはただの噂だったけど『事実は小説より真なり』とも言えるかも知れない。

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