君に会いに行く

八蜜

1.接

あの何の変哲もない毎日を彩ってくれた彼女。あの日、彼女に手を引かれ訪れた桜の木の下で長い時間を共有した。



「ねぇ…またー」



春は出会いと別れの季節なんて言うけれど僕はそんな不確かなものが嫌いだ。いや、春という季節が嫌いなのだろう。


僕、那津目 杵(なつめ きね)の両親は離婚しており、父に引き取られてから転勤族である父との暮らしは僕の人生に出会いと別れを与える。

話を戻すが、春は学校という檻の中で人と出会い、人と別れる、そんな事を僕たちの世代は何回も繰り返す。だから嫌いなのだろう。“なのだろう”と表現するのは、実際のところ僕も何故嫌いなのか分かっていないからだ。


「いってきます」


誰もいない家にそう告げ外に出る。この日は高校2年の春が始まり、1週間が経っていた。

電車に揺られ最寄駅から三駅離れた場所で降りる。この地域は田舎でこの電車を逃すと遅刻が確定してしまう。


「おはようナツ」


「うん、おはよう」


駅を離れ、通学路を歩いていると後ろから声をかけられる。この人物は科戸 楓(しなと ふう)。珍しく父が1年ほどこの地域にいる間に出会った僕の友達である。目つきが鋭いく、近寄り難い印象を与えるが話してみると中々に独特の表現方法をしていて、面白い。一緒に居て心地よいと思える数少ない人物である。


学校への行き道、通学路では今日の授業の事や、昨日のテレビの話をする。学校に着き、クラスが違うので自身の教室前で別れ戸を開く。2年に上がってから僕と楓は別々のクラスになったが、交流は続いている。


教室の後ろ、自分の席へと向かう。机に鞄を置き教科書を取り出していると前の席に座る女子達の話し声が聞こえる。


「ね、あの話本当なのかな?」


「あの話?」


「ほら、帰らずの森」


「あ〜森に入った人は絶対に帰ってこないっていう森?」


帰らずの森、この街のどこかにあると言われている森。田舎の自然に囲まれたこの街は木々が生い茂っており、それがどこの森を指すのか分からない。


何気ない平穏な1日を過ごし、放課後。荷物を纏め、学校を後にする。楓は部活があり、一緒に帰れない。僕は校門を出ると同時に外界からの音を遮断する為、イヤホンを付けた。


ー、ーーー、ーーーー♪


耳から音が入り脳を満たす。それが心地いい。駅に入り電車を待つ。駅のホームで柱に寄りかかり、数分…電車が止まる。

乗り込み、空いている席へと座る。電車は駅を後にし、動き出す。電車の窓から見える外の景色は、海の青い色から森の木々の緑と桜、梅の木の桃色へと移り変わる。移り変わった景色が嫌いで僕はゆっくりと瞼を閉じた。


「ー、ー!」


誰かの声がする。でもそれが誰なのか分からない。


『来てね』


「ッ!?」ハァハァハァ


目を大きく開け息を吸う。

心臓がうるさい。息が苦しい。良くあるのだ。夢が関係していると思うのだがその夢の内容を覚えていないのだ。

息をする事を忘れているかのような。


「ねぇ?」


「うぁ!?」


肩に手を置かれ驚き反射的に払い除け立ち上がる。


「ご、ごめん」


「ううん、そっちは?大丈夫?随分と魘されていたみたいだけど」


ショートパンツにTシャツ、サンダル姿の女性が僕の前に座り込みこちらを覗き込んでいる。その姿勢の為、胸の谷間が強調され、別のところを見ようにも白く長い足に目がいってしまつ。別のことを考えようと思考し、ふと我にかえる。


「大丈夫です…あ、駅!」


気づいた時には遅く、最寄駅から5駅ほど離れた地点に居た。遠ざかる5駅を見送り大きくため息を吐きながらその場に座り込む。


「あぁ…やっちゃった…」


「さては少年、乗り過ごしたね?」


「はい…あ、電話!あ…」


イヤホンから音が無くなっている。それは電話の電池が切れている事を表していた。


「んーしょがないか、来なさい少年」


「え?あ、ちょっと!?」


電車が6駅目に着き扉が開いた直後、手を引かれ電車の外へと飛び出す。駅員さんにお金を払い、また手を引かれる。

辺りは暗くなっており、虫の音が聞こえ始めていた。そんな田舎の道路を僕とこの人は手を繋ぎ歩いている。


「あの」


「なんだい少年?」


彼女は笑いかけながら横目で見る。月夜に照らされる彼女の横顔は眩しく僕は目を逸らす。


「えっと…」


「少しだけ私の我儘に付き合ってくれないかい少年?」


「…」


僕は少し考えた後、彼女に着いて行ってみたいと思い、YESの返事をする。


(父さんには後で話しておこう…)


彼女に手を引かれ入るのは森の中。木々の間を通り、道なき道を歩む。そこで僕は昼間、クラスの女の子達が話していた“帰らずの森”の話を思い出す。


「あの」


「ん?何だい少年」


「僕たちはどこに向かっているんですか?」


「私が1番落ち着く場所さ、ほら見えてきた」


木々の間から漏れ出る月明かり、風が駆け抜け思わず目を閉じる。再び目を開けた時、驚いた。

切り開かれた木々の中に一際大きな桜の木が立っていたからだ。桜の後方には池があり、風が木を揺らし、桜の花弁が月明かりに照らされながら宙を舞う。俺はその光景に目を奪われていたが、彼女に手を引かれ我に返る。


「ここが」


「そ、私が1番落ち着ける場所」


「どうしてここに?」


1番落ち着ける場所なら人には教えたくないもののはず。それなのに彼女は僕にこの場所を教えてくれた。自分の中にある疑問を問いた。


「少年も悩んでいるみたいだったから」


その言葉にハッとさせられる。僕はよく何を考えているのか分からないと言われる。確かにあまり表情が動かないかもしれないがそれは表情が動かないだけであって感情がないわけじゃない。でもそれは相手に伝わらない。


「何で分かったんだ?」


「警戒しなくても、私は少しだけ少年に詳しいってだけだよ」


「…」ススス…


彼女から少しだけ距離を取る。と言っても手を繋がれた状態なので少しだけ離れるくらいしかできない。


「今距離取った!?」


「いや、ちょっと怖いっていうか…」


「何でよ!」


「ははは」


こんなふざけたやりとりが楽しく声に出して笑う。すると彼女は微笑みながら


「やっと笑った」


「え?」


「ほら、少年は全然笑わないじゃん。どちらかというと表情も固い方。私はそっちの笑った顔の方が好きだな〜」


「は?」


彼女の微笑みにドキッとしたのと、彼女の最後の言葉に顔が熱くなる。


「ふふふ」


彼女は僕の反応を楽しむように声に出し笑う。あ、揶揄われてる…そう思ってすぐ冷静になることが出来た。


「またここに来てもいいですか?」


この景色を見ながら気づけばそう口にしていた。いや、彼女と過ごすこの時間が少しだけ良いものと思ったのも理由だろう。


彼女はまた微笑み「いいよ」そう口にした。


僕は知らなければいけない。今日初めて会ったはずの彼女なのに、そうは思わない何処か懐かしさを覚える笑みや声。彼女は僕が知らなければいけない何かを隠していること。そして僕が忘れてしまっている過去を。

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君に会いに行く 八蜜 @Hatime

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