具象の剣士(1)

 十分に鋭く見えた打ち込みは「パン!」という乾いた音を立てただけ。仕掛けたほうのフロドが体勢を崩して間合いを取りなおす羽目になっている。


「握りが甘い。構えは緩く、打突は強くせよ」

「はい!」


 少年の剣技は年齢を考えれば高い水準にあるように見える。しかし、ラフロは遥かに高みに在るようで、小手先でいなされているだけだった。


(そもそも剣闘っていう文化が寂れている所為なんでしょうけど、普通は見識ってものがないのよね。フロドだってなかなかのもんだと思ったのにね)


 素振りの鋭さや音を褒めると本人は苦笑いしていた。自分の実力をわきまえているからか、あるいは師である兄の領域との違いに悔しさを覚えているか。


「そんなに練習しないといけないもんかねぇ。たしかにアームドスキン戦闘だと剣技も大事だって聞いたことはあるけど」

 観客のメギソンは興味なさげに眺めている。

「演習風景映像を見たかぎりだと近接戦闘じゃ結構使っているように見えたわよ? 技術の差まで聞かれると見分けつかないわ」

「思ったとおりに振れればいいレベルな気がしなくもないだけどさぁ」

「素人目にはわかりにくいんな。口で説明するのはもっと難しいんなー」

 実際に対してみないとその重要性には気づけないという。

「王族のたしなみとしてできないと駄目って話じゃないわけ?」

「ラフロのレベルになるとかなり実践的なんな。でも、対アームドスキン戦闘をすることがほとんどないから見せ場は少ないんなー」

「彼にとってはもう一つの拠り所なのかもしれないわね。あなたを除いた」


 剣だけは磨けば磨いただけ成果が出たのだろう。子供の感覚で無限に思える時間を修行と、時折り様子を見に来てくれる人工知性ノルデを寄る辺にして生きていたラフロにしてみれば。


「剣で身を立てる時代とか、もう物語の中にしかないものと思ってたけど」

 現代人のデラの感覚としてはそうだ。

「アームドスキンが時代を逆行させるかもしれない?」

「戦場は少なからず変わるんな。直面しているパイロットは実感してるはずなんな。でも、ラフロの領域まで必要かといったら、それも違うんな」

「使えれば多少のリードはできるってレベルの話よね」

 剣士の時代が来るわけではない。

「ただ、飛びぬけた実力がどれほどのものかは見れば驚くと思うんな」

「へえ、そんなすごいものなのかしら?」

「食いつくとこ? デラや僕ちゃんたちには無縁でしょ。戦場なんて怖ろしくって逃げだすことしか考えられないじゃん」


 そこに研究対象があるとしても、戦場など好んで向かう場所ではない。彼ら研究者がフィールドワークに選ぶのは、違う意味で厳しい場所になる。足下の第一惑星のように。


「せい!」


 掛け声とともにフロドが打ち込む。適度な硬度を持つ芯の入ったウレタンスティックはしなりながらラフロの肩口へ。すり足で一歩引いた青年は絡めて巻きとりながら流した。

 身体を泳がせた少年はそこから粘りを見せる。滑らせた足を踏んばると、手首を返して斬りあげを放った。しかし、挽回の一撃も兄に叩きおとされる。今度こそスティックに引かれるようにうつ伏せに倒れた。


「よく粘った」

「はっ……はっ……。届かない……よ」

 息も絶え絶えに倒れたまま。


 悔しさをにじませる弟をラフロは抱きあげる。そっとベンチに寝かせると顔にタオルを乗せてやる。


(家族への情は残ってる? でも、無表情だものね。大切なものっていう認識はしている程度かしら)

 努力を讃えども笑いかけもしないのだ。


 膝枕をしたノルデがフロドにドリンクのタンブラーの吸口を含ませている。ようやく息も整ってきた。


(まるで母親ね。自律思考に制限を掛けられた星間銀河圏の人工知能ではこうはいかないわ)

 様子をうかがいつつ思う。

(長い時間を人とともに在った人工知性が人間らしい感情を持ち、人から隔離されて育った人間が感情を失う。なんか皮肉よね)


 突きつめると、人とはなにかという哲学に至ってしまうだろう。考え感じ行動する知性ならばそれはもう人なのではないのだろうか。


(専門家を苦悩させる命題だわ)

 デラは苦笑する。

(人権のなんたるかを論じる過程で人の定義に触れて、星間銀河圏の人間は人工知能の思考にリミッタを掛けたわ。人が生みだした人が世界の主役になっては困るから。難しいこと。私はその分野でなくてよかった)


 ならば、過去の超文明はなにを思ってゴート遺跡を生みだしたのだろうか。自らの滅びを予感して遺志を形にしたというなら精神文化としては最高峰に至っていたと思える。今になっては解明する術もないが。


(少なくとも現人類には手の届かないところね)

 技術的にという意味ではない。

(定義を御せないから人間に類するものを生みだせない。滅びが怖いんだわ。当たり前だけど)


 人は強欲にも永遠を望む。それを仮想領域メタバースに求めたことは幾度もあった。そこでなら望むものはなんでも手に入り、精神という意味では不滅でいられるという考え方のもと。

 しかし、人類はそこで生きることはできなかった。すべての欲が満たされ誰もがその領域に酔い、そして人口が著しく減少に転じたとき危機感にさいなまれる。種の保存本能が働いたのだ。


(人は一時の娯楽のみをメタバースに求めるようになったのよね。この結果って、どう足掻いたところで人間も動物の域を脱していないってこと)


 滅びを回避する本能が自動的に働くのだ。人工知能がゴート遺跡のような進化の極みに達し、人の活動がすべて置き換わると存在理由を失う。そこに滅びを感じとったのではないかとデラは考察した。


(じゃあ、ラフロは自分の存在理由をどう考えているのかしら)

 あまりに特殊すぎて理解不能だ。

(感情や欲望みたいな不可欠なものが無いか薄いかってことは動物の域から外れかけてるんじゃないかとまで思えてしまう。彼は生きる意味をどこに求めているの?)


 長大な真剣を抜き黙々と素振りを続ける青年のほうを見る。唯一望んだというノルデは今フロドを介抱しているが嫉妬する素振りもない。そこにいてくれれば、それ以上は望まないということか。


『契約はノルデが決めた。われはユーザーの意向に従い全力を尽くすまで』


 ラフロの言葉を思いだす。この台詞を聞いたときは、おかしな言いまわしだと思った。だが、今はその意味が違って聞こえる。


(彼はノルデが決めたことであれば自分の意志など関係なく全力で遂行するって言ったんだ)

 その結論にはそら恐ろしいものを感じる。


 青年はおそらく自分を剣が振るえる道具だと見なしているのだ。技術が高ければ高いほど困難なミッションにも応えられる。

 ただし、それはノルデが決めたものであればという前提が付く。彼女が傍にいてくれるためならば、とにかく便利な道具であろうとしている。


「ラフロ、君はそんな生き方でいいの?」

 つい尋ねてしまう。

われは他の生き方を知らぬ。自ら望むものもない」

「でも、そんなふうに生きつづけていても、どこにもたどり着けないんじゃない?」

「生きるか死ぬかの剣しか吾にはない。剣士というのは死に方にこそ意味があるのではないかと思っている」


(ノルデのために死ぬこと? それが自分のたどり着くべき場所だっていうの? そんなの悲しい)

 凡人には想像だにできない精神構造である。

(剣士の形をして十全に機能するもの。彼はそれになろうとしている。いうなれば『具象の剣士』を目指してるんだわ)


 ラフロの生き様はデラの想像の範疇を遥かに超えているようだった。

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