32 暗中模索
「天外大戦の名残か。さらに悪徳商会の会長の隠し球から秘密装置まで。ほんと君は博識だねえ。
どこで学んだのか知りたいくらいだよ。実はアルフヘイム学園都市の最高学府の天才卒業生だったりする?」
「そこの卒業生に教えてもらったことはあるが、あいにく俺は天才じゃない。天才だったら昔の地下道に逃げ込む必要なんてないだろ。
もっとスマートに解決してるさ。それよりも降ろしていいか?」
「降ろす……? えっと?」
目まぐるしい展開のせいか、フェンリスは自分が抱きかかえられている自覚がなかったらしい。
「あ! ご、ごめん! 重かったよね!?」
「平気だよ。先輩一人抱えられるくらいには鍛えてある。足下に気をつけてくれ」
「……そ、それもそうか。ありがと」
フェンリスが落ち着いたところでそっと立たせてやる。
フェンリスは兜を脱ぎ、深呼吸をした。
表情は暗い。獣耳は垂れ、青と赤の髪は肌に張りついてかなり汗をかいている。
短時間で色んな情報が飛び込み、状況が変化してしまった。
混乱し、動揺が表に出るのは当然の反応だ。
「晴れてお尋ね者になったわけだけど、これからどうするの? ぼっーとしている間に、あのバカ力が扉をこじ開けてやってくるかもしれないけど」
駆け下りてきた階段の方に耳を澄ます。
今のところ足音やなにかを壊す音は聞こえてこない。
「俺なんかよりももっと大事な物の方に行っただろうさ」
「紅蓮の軍馬ってやつ? そろそろ話してくれるよね? 君がわざわざソレイユ教導神聖国に捕まってまでやろうとしている目的を」
黄金色の瞳が暗闇の中で煌々と輝く。
「余裕があるわけでもないから歩きながらでいいか?」
ここまで俺のやりたい放題に付き合ってくれたのだから、フェンリスにも知る権利がある。
「うん。それでいいよ。なら、声以外の音は最小限がいいか」
フェンリスは動きやすくするために、鎧も解除した。
「ここの道は分からないから先頭を頼める? 後ろは任せて」
「了解。ビョルグ鉱山の時とは逆だな」
「……そうだね」
ビョルグ鉱山を探索した時にはなかった微妙な隔たりを感じる。
構わずフェンリスに背中を見せ、歩き始める。
万が一に備え、灯りは使えない。
かつての脳内マッピングを頼りに、壁に手を触れながら慎重に歩を進めるしかない。
「紅蓮の軍馬――超弩級戦艦〈スレイプニル〉。俺はそれを破壊するために来た」
「超弩級戦艦〈スレイプニル〉? もしかしてミスリル鉱の用途って、それを建造するため?」
「そのとおりだ。〈スレイプニル〉の主砲の一撃は、グラズヘイムさえ壊滅できる威力がある」
な、とフェンリスが絶句した。
「安心していいって言うのもおかしいが、今のは例えだ。〈スレイプニル〉の最初の照準はユエルナ超魔連合国。魔都
「ユエルナ超魔連合国の首都を狙う? なんのために?」
「戦争だよ。天外大戦の続きがしたいんだ。永遠に終わることのない戦をな」
「余計になんでそんなことをしたいのか分からなくなったんだけど」
「そうだな。それが普通の感覚だと思う」
フェンリスはためらいながらもポツリと呟く。
「……本当に団長やグリンティは戦争を起こそうと企んでいるの?」
「団長が〈無望の楽園〉の使徒だから、ってのもあるだろうな」
は? とフェンリスが今度は素っ頓狂な声を漏らした。
「待って待って。団長が〈無望の楽園〉の使徒? 三十年。あたしが生まれる前からこの国に尽くしてきた人だよ。そもそも戦争と虚神を復活させることの関係性が分からない」
「虚神復活はついでだよ。団長……アーサーにしてみれば、戦争の中心に自分が立っていることの方が大事なんだと思う」
ゲームの〈ステリネ〉で本性を現した時の言動は、そのような印象を受けた。
だからといってこの世界でも同じとは限らないが。
「あの温厚な団長が……信じられない」
「人柄だけで長年団長の座に居続けられるわけじゃないだろ。人を率いる能力も、実力もなければ務まらない。先輩が言ったばかりだろ?」
「それは、確かにそうだね。団長はあたしよりも、相談役さえ、下手したらグルド様やリーヴァ様よりも強いかもしれない」
俺よりもフェンリスの方が、今のアーサーのことはよく分かっている。
そのうえで忠告しておく。
「おそらく今まで一度も本気は出していない。本気は神の領域に入る。次に会った時は気をつけてくれ」
「そう、だね」
フェンリスのか細い声を最後に会話が途切れた。
無音の行進が続いたが。
「――それで今の話が本当だっていう証拠はあるの?」
フェンリスの突き刺すような視線を背中に受ける。
それでも足を止めることなく、進む。
「今あるのはせいぜいこのボイスレコーダーくらいだな」
「本当に君のことも信じていいのか分からない。正直、再会した時よりも疑っているよ」
「素直に口に出してくれるくらいには信用は残ってるみたいだな」
「茶化さないで。考えに考えたけどさ。君がここまでしてくれる理由がやっぱり分からない。出身は違うし、ソレイユ教導神聖国やソレイユ教に愛着があるようにも思えないし。
どうしてここまで肩入れするの? 君にそこまでする理由はないよね?」
フェンリスはまるで自問自答するようにポツポツと思いを零していく。
理由なんて最初から変わっていない。
――〈スレイプニル〉を道連れにして自爆するフェンリスを助けたいだけだ。
「多分、自己満足だよ。救った事実が欲しいだけ。その後のことは……まあ、なにも考えちゃいない」
ゲームの〈ステリネ〉にフェンリスを救うルートは存在しない。
攻略サイトの裏技やバグ技にも載っていない。
もしもの二次創作、妄想の産物にしか存在していなかった。
俺だって〈クルセイダー〉に転職した時に、フェンリスに出会わなかったから放っておいたかもしれない。
「大した理由じゃないんだろうだな。けど、前にも言ったよな。時間がない、って。黙っていたが、〈カオスドラゴンマスター〉になった際にある契約をしてな。
強大な力と引き換えに、俺の寿命を差し出した。おそらくもう長くはない」
「嘘、だよね?」
フェンリスが声を震わせて聞き返してきた。
「嘘だったらよかったんだがな」
「……じゃあ、あたしとデートして欲しいって言うのも、最後の思いで作りのため?」
「乙女の純情を弄んで悪いが、そうだ。申しわけない」
「そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃん」
「だからまあ、先輩もそれまでは死なないでくれ」
だからこそ死亡フラグを積み重ね、世界に誤認させる。
「運がよければね。ところでノエルちゃんは知ってるの?」
「もちろん話してある。ノエルには覚悟してもらっている。その分、最後に埋め合わせするつもりだがな」
「そっか。ノエルちゃんは強いね。しかし、あたしにノエルちゃんと。君って意外に遊び人……って、またはぐらかされてない?」
フェンリスの声に少し明るさが戻ってきている。
「はぐらかしてないさ。まあ本当に自己満足だよ。俺がやりたいからやる。それだけだ」
「君らしいと言えば君らしいけど」
「納得できないなら構わない。納得できる時が来るまでこの封印は解かないでいいさ」
右手を掲げ、未だに縛られた〈グレイプニル・ファング〉を見せる。
「あ、ごめん。すっかり忘れてた。でも状況が状況だし、戦闘になった時に困るでしょ?」
「その時は頼りにしてるよ、先輩。これでも絶賛誓約履行中の身なんでな」
「さらにお尋ね者がついてるけどね。ほんとこの状況でよく言えるね」
「つまり絶賛誓約履行中のお尋ね者っていう珍しい称号を得たわけだ。ますます逃すわけにはいかないな」
君ねえ……と呆れるフェンリスはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「分かったよ。もう少し保留にしておいてあげる。で? この先に〈スレイプニル〉が建造されている場所があるの?」
「いや? 全然方向が違うと思う」
「えっと……じゃあ、どこに向かっているわけ?」
「その前に届け物があってな。よし、間違ってないな」
通路を進んだ先には小さな聖堂が待ち受けていた。
かつてはここでも神々に祈りを捧げていたのだろうが、今ではすっかり朽ち果てしまっている。
哀愁を感じている暇も、祈りを捧げる気もさらさらないので裏手に向かう。
はしごが……あったな。
「先輩、地上に出るぞ。注意してくれ」
「分かったよ。耳を澄ましておく」
地上に通じる天井は脆く、何度か殴るとあっさり壊れた。
地上もまた寂れた倉庫になっていた。
ここはゲームの〈ステリネ〉でなぜか隠し宝箱が置かれていたので覚えている。
残念ながらこの世界ではもぬけの殻だったが。
倉庫の隙間から外の様子をうかがう。
特に飛行船が飛び交い、隊員が俺たちを血眼になって探している様子はない。
「さっさと用事をすませよう。ついてきてくれ。目的地はそう遠くない」
フェンリスと互いに合図を送りあい、迅速に行動していく。
「あれ? この家って確か」
到着した場所は素朴な一軒家。
ためらわずにノックをすると、ガチャリと鍵が開いた音がする。
扉が開いた瞬間、杖の切っ先が飛び出してきた。
「老人の就寝時間は早いというのに、呼び起こす悪ガキはどこのどいつじゃ」
ナイトキャップにパジャマ姿のウォーデンが顔を出し、俺たちに驚くこともなく頷いた。
「なにやら外が騒々しいと思ったが、お主たちの仕業じゃったか。まあ、入りなさいな」
ウォーデンに招かれ、家の中に入る。
「悪いな、爺さん。ほんの少し邪魔する」
「ごめんなさい。後輩君が相談役に用があるみたいで」
「そのようじゃな。で、用件はなんじゃ?」
ウォーデンに聞かれ、先ほど手に入れた二つのボイスレコーダーを手渡す。
「これはなんじゃね?」
「おそらく爺さんが欲しがっている物だ。俺に会いに来たのは二の次だったんだろ? 本当はグルドとリーヴァに呼ばれて、団長の身辺調査の依頼をされた」
「……はて。なんのことじゃか。儂にはさっぱり分からんのう」
ウォーデンは髭を弄び、首を傾げる。バレバレな演技だ。
「それをどうするかは爺さんに任せる。俺たちも急いでるんでな。じゃあな」
「これこれ待ちなさいな。若いうちから生き急ぎすぎるのはよくないぞ。お主たち追われているんじゃろ?
いつもと空気が違うから分かるもんじゃ。ここは老人の遊びに付き合うのも一興とは思わんか?」
ウォーデンは新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに悪い顔をした。
爺さんの腕は知っているし、その一興とやらに付き合うのも一考の余地がある。
と思ったのだが、フェンリスはもの凄い嫌な顔を浮かべていた。
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