31 嘘か誠か

「あたしたちがテロ共謀罪及び無差別殺人の被疑者? 笑えない。冗談はやめてよ。あんたならあたしたちに犯行は不可能だってことくらいすぐに見抜けるでしょ?」

「弁明は本部に帰ってから聞くまでだ。これは既に決定事項なのだ。貴様も一隊長なら理解できるだろう?」

「それは、だけど……」


 聞く耳を持たないグリンティに、フェンリスは言い淀む。


狼狽ろうばいするのも無理はないが、我々とて非道ではない。その男を我らに差し出し、改めて団長殿に忠誠を誓うと言うのならば……便宜を図ってやらないでもない。

 同僚が牢獄に入れられる様を見せられるのは心苦しいからな。第二部隊の連中も悲しむぞ」


 グリンティが高圧的な態度で本来の目的を掲示してくる。


「は? 保身のために後輩君を売れ、って言いたいの?」

「好きに捉えて構わん。そもそもそいつは我が国に仇なす悪であり、闇に堕ちた外道。下手に付き合えば待っているのは破滅だけだぞ。現に貴様はどうしてこの場にいるのだ?」


 それは、とフェンリスが俺の方を見る。


「俺が連れて来たからだな」

「だろうな。では、どのようにしてこの場所を突き止めた?」

「独自の情報網だな」

「物は言い様だな。そうやって貴様は真実をはぐらかしている」


 俺の数少ない弱点と言ってもいい。


 前世の記憶を用いた情報が根底にあり、一から九まで説明できたとしても十までは語れない。なにせ過程をすっ飛ばして結果を追い求めているのだから。


 徹底的に追求してくる奴をけむに巻くのは一苦労だ。


「代わりに言ってやろう。貴様はユエルナの間者としてゴルキエス商会とバシレウスを言葉巧みに操ってきた。

 そしてゴルキエス商会が用済みになったことで、バシレウスと共に口封じに及んだ。次はバシレウスをも消す気か?」

「えらく無茶苦茶な論法だな。もう少し納得できる内容を用意してほしかったが」


 俺たちが現場に乗り込まなくても、証拠をねつ造して罪を押しつけてきただろうな。


 遅かれ早かれこうなるのは分かっていた。

 だが、包み隠さず本音をぶちまけられる状況を理由しない手はない。


「安心しろ。貴様にはじっくりと時間をかけて理解させてやる。誰の聖域に土足で踏み込んだのかをな。さあ、バシレウス。そいつを拘束しろ」


 グリンティに命令を下されるが、フェンリスは微動だにしない。


「……違う。あたしが知っている陽天聖騎士団はこんな理不尽な仕打ちは認めないはずだ。グリンティ。あんたさ、誰に仕えているの?」

「残念だ、バシレウス。貴様はもう少し物わかりがいい奴だと思っていたのだがな。お前たち、二人を拘束――おい、貴様! 勝手に動くな!」


 二人が睨み合う隙にこっそり動いたのを咎められる。


「まあまあ、そう急くなって。別に逃げやしない。あんたが言ったんだろ? 俺がユエルナの間者で、ゴルキエス商会と通じているって。なら、ちょっとばかし証拠を提供しようと思ってな」

「証拠だと? なんの話だ?」

「ゴルキエス商会との繋がりを示す証拠だよ」

「つまり自分の罪を認めるというのか?」

「だから、そう焦るなって」


 三つある本棚の左側から取り出した分厚い白い本を、右側の本棚の黒い本と入れ替える。


 すると本棚が右に移動し、隠し金庫が現れた。


 暗証番号は……ゴルキエスの行きつけのバーにキープしてあるボトルに書かれた番号だったか。


 打ち込んだ暗証番号が通り、ロックが外れる。


 中には手の平に収まる程度の長方形の物体――魔道具製のボイスレコーダーだ。


 グリンティはそれを見ても動揺を一切示さなかった。

 再生ボタンを押す。


「……では、今回の取引も成立ですな。そちらのボスであるフェンリス隊長の調子はいかがですかな?」

「ゴルキエス会長によろしくと言っておりました。次の取引ではミスリル鉱だけでなく、〈光の星骸樹脂ステラ・クリスタ〉も提供すると仰っていました」

「ありがたい。こちらもフェンリス隊長が満足しうるゼニスを用意しておきましょう。しかし、フェンリス隊長の計らいで我々の装備も充実してきました。

 これで日和った平和主義者共の目を覚ますことができましょう。審判の日は近い。その日まで共に戦いましょうぞ――」


 ゴルキエスと低音の声音をした女性の会話が続く。


「なに、これ。あたしがゴルキエスと取引? そんなわけないでしょ。こんなの誰かがあたしの名前を騙れば簡単にねつ造できるし」


 フェンリスは頭で分かっていても動揺を隠しきれていない。


 しかし、これを聞いてもなおグリンティに変化はない。


「これは傑作だ。まさか貴様がバシレウスを売るとはな。どうだ、バシレウス? これで分かっただろう? 貴様はそいつに利用されていただけに過ぎん。いい加減目を覚ませ――」

「とまあ、今のはグリンティやゴルキエスが共謀して作ったフェンリスを潰す用の保険だ。本命はこっちだ」


 金庫の奥の板を押す。


 押された板は左右に分かれて収納され、その奥にもう一つボイスレコーダーが置かれていた。


「待て。それは、なんだ」


 グリンティの疑問に答える前に再生ボタンを押す。


「――しかし、こんな三文芝居で誤魔化せるものでしょうかねえ。まあ、貴方の敬愛するアーサー団長の手にかかれば、黒も白に変わるのでしょうが。ねえ、グリンティ隊長」

「ここでその名を出すなと忠告したはずだ。消されたいのか」

「これはこれは……失礼しました。つい口が滑ってしまい。お許しを」

「貴様らが誰のおかげで泳がされているのか忘れるな。次の連絡を待て。では、失礼する」

「――ふん、相変わらず気に食わん雌豚だな。しょせん野蛮な獣人にすぎんか。さて、これが私の切り札になるか、金になるか。楽しみだ」


 ゴルキエスの忌々しく呟く声で再生が終わる。


 残念ながらゴルキエス本人が有効活用することはなかったが。


「ゴルキエス商会を捨て駒と侮ったな。まあ、ことが終わればこんなもの意味もないし、些末なことなんだろうけどな」


 アーサーにとってみれば、羽虫がちょっと視界を横切ったくらいの感覚だろうし。

 だからこそ、改めて宣戦布告する。


「俺は今から紅蓮の軍馬を落としに行く」

「ッ!? 貴様どこまで知って――!」

「おいおい、さっきまでの余裕はどうした?」


 激高するグリンティは今にも飛びかかってきそうだ。


 だがそれよりも俺の隣で迷う人に向かって、大事な言葉を口にする。


「フェンリス・バシレウス! あんたはどうしたい! ここで俺を捕まえて目を背けるか! それとも真実を知りに殴り込みに行くか!」

「貴様! もういい加減に黙れ!」


 グリンティが召喚したハルバートを俺目がけて振り下ろし――強烈な衝撃音が響く。


「バシレウス……! そいつを庇ったということは団長殿に! 陽天聖騎士団に反旗を翻したと受け取っていいんだな!」


 俺を庇うように前に出たフェンリスが盾で受け止めていた。


「違う! あたしは今までも! これからも! 陽天聖騎士団に背く気はない! あんたこそ冷静になった方がいいんじゃない!? いきなり殺しにかかるとかおかしいでしょ!」

「私は冷静だ! クソッ! なぜだ! なぜ貴様のなのだ! なぜ貴様の方が……!」

「いつにも増してわけ分かんないだけど!? それにみんなもそっち側ってことでいいんだよね!」


 グリンティの背後に控える隊員たちは、二人の気迫に圧倒されて踏み込めずにいた。


 彼女らもアーサーの息がかかった者たちだ。

 その間にも一進一退のせめぎ合いが続く。


「お取り込み中のところ悪いが、先輩逃げるぞ!」

「は、え!? 逃げるってどこに!? ああーもう!」


 フェンリスが全力でハルバートを弾き上げ、グリンティに足蹴をかまして吹き飛ばした。


「チッ! 貴様らに逃げ場などないぞ!」


 タイミングを合わせ、中央の本棚にある灰色の本を押し込む。すると方々から煙幕が吹き出し、たちまち会長室は煙に包まれる。


 同時に中央の本棚が沈み込み、隠し扉が現れた。


 さすが悪徳商会の会長室。色んなギミックが盛りだくさんだ。


 フェンリスを抱き上げ、隠し通路に逃げ込み、内部にあるスイッチを押して入り口を封鎖した。


「先輩! 入り口に一発かましておいてくれ!」

「ああもう! ほんと君もたいがい説明不足だよね! 〈フローズヴィトニル〉!」


 フェンリスがやけっぱちに冷気を纏った盾を掲げ、入り口を凍結させる。


 それを確認した後、地下へと続く階段を駆け下りていく。


 だんだんと暗闇が強くなり、最下層に到達する。


「ここは?」


 フェンリスがほぼ真っ暗の地下道を見て呟いた。


「百年以上前――天外大戦の最中に作られた地下道だ。造りは頑丈だから崩れる心配はないはずだ」

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