第三十三話 風鈴のあやかし。美女姿のルージュさんは、鯉になって空泳ぐ。ルージュさんにキスされた鬼の男性、慧さんは、鬼の里のお医者さん。彼の足元には、白猫のあやかし、リッカ。たこ焼きとイカ焼き。

 人々のざわめきと、花火の音。

 桃葉ももはちゃんはしゃべらないんだけど、怒ってますって雰囲気で、あたしの腕を引いて歩いてた。


 でも。


 あたしがこけそうになったら、とまってくれて、腕から手を離してくれた。

 ドキドキしていた胸を押さえて、あたしは呼吸を整える。


 その時、チリンと、音がして。

 頭の上から、「ジジッ」という声が聞こえて。

 威嚇いかくだと思いながら、顔を上げると、なんかいた。


 チリン。チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン――。

 金魚の絵の風鈴たちが、チリンチリンと鳴りながら下りてくる。


 あやかしだ。

 風鈴には、ピンクや水色や黄緑色の短冊がついている。


 威嚇を続けるひまわりのことは、気にしていないようで。


 どこに行くのだろうと思いながら見ていたら、くれない色の長い髪と黒い瞳の美女――ルージュさんの周りをグルグル回って、どこかへ行った。


 ちょっとびっくりしたけど、風鈴のあやかしは見たことある。


 ルージュさんは浴衣じゃなくて、群青ぐんじょう色のドレス姿で目立っているんだけど、あやかしなので、見える人は少ないようだ。


「キャァ! もう仕事に行く時間なの!? 教えに来てくれてありがとうっ! いやーんっ! 急がなくちゃぁ! けいさん、ごめんなさいねー。今日は、たこ焼きとイカ焼きを食べさせてくれてありがとうっ! 大好きよっ!」


 チュッと、ルージュさんが、彼女の近くにいた男の頬にキスをする。

 背の高い、しぶい色の着物を着た男だ。年齢はわからない。大人な感じのする人だ。

 お父さんよりも年上かもしれない。


 彼の漆黒しっこくの髪と瞳を見て、鬼だと思った。


 視線を感じて、彼の足元に目をやれば、真っ白な猫と目が合った。


 淡い青と、満月色のオッドアイを持つ白猫。

 リッカさん、じゃなくて。リッカだ。


「気をつけて」

 男性に言われて、ルージュさんは「ありがとう」って、しあわせそうに笑ったあと、くれない色のこいとなって、空に向かって泳ぎ出す。


 空を泳ぐルージュさんは、ひさしぶりに見るなぁ。

 花火、大丈夫かな?


 無事にお店に行けるといいけど……。

 なんて思いながら、花火とルージュさんをながめていたら、視線を感じた。


 そっちを向くと、漆黒の髪と瞳の男と目が合ったので、どうしようって思ったあと、会釈をする。

 彼は口角を上げ、会釈を返してくれたあと、リッカと共に、歩き出す。

 そして、どこかへ行った。


初音はつねちゃんが住んでる里のお医者さんだよ」


 空斗そらと君の声がしてふり向けば、彼がそばにいた。

 桃葉ちゃんと、栗本くりもとさんもいるけど。


「里のお医者さんかぁ……」


 男の鬼って、初めて見たな。

 夢で見た柚晴ゆずはるは鬼の男の子だったけど、幼いし。


 鬼のあやかしは美しく、男性は中性的な顔の者が多く、喉仏が小さい。


 ふと、そんなことを思い出す。

 背が高い男の鬼が多かった気がするな……。


♢♢♢


 たこ焼き二パックと、イカ焼きを四本買って、人が少ない場所で、みんなで食べた。

 たこ焼きは、学校の給食で食べたことがあるけれど、屋台で売られているようなイカ焼きは初めてなので、ドキドキした。


 どちらもおいしかったんだけど、そのあと花火を見上げながら、あたしはあることに気づいたんだ。

 なにも考えずにいろいろ食べたけど、身体がかゆくなったりしないのは、頭の上にいるひまわりのおかげかもしれないって。


 そのあと。


 四人で、いろんな屋台をながめたり、花火を見たんだけど。


 桃葉ちゃんが「焼きそば食べたいー!」って言ったあと、「あたしも」「私も」「僕も」という話になって、みんなで、焼きそばの屋台がある場所まで移動したのだけど、屋台には、たくさんの人が並んでた。


 空斗君が並んで、焼きそば四パック買うと言うので、あたしたちはお金を渡した。


 彼が列に並んでいる間、焼きそばの屋台から少し離れた場所で、あたしたちは夜空を見上げる。

 花火が綺麗だ。

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