鬼だった時の双子の姉をさがしています。甘く華やかな藤の香りを身にまとう、白銀色の髪の男性も気になります。

桜庭ミオ

甘く華やかな藤の香りを身にまとう彼と、白猫と、神社の桜と鬼と、月夜の夢。歌う鯉のあやかし。

第一話 甘く華やかな藤の花の香りを身にまとう彼と、白猫のリッカさん。

 あたし――月橋琴乃つきはしことのは、短大の授業のあと、虹花にじはな女子短期大学前駅から、星月ほしづき駅まで、電車に乗った。

 となりの駅だからすぐだ。


 星月駅に着き、電車から降りて、改札を通り、北口から出る。

 赤い傘を差したところで、あの人と出会った。

 出会ったと言っても、目が合えば、会釈えしゃくをするぐらいの関係だ。


 今も、目が合ったので、会釈をしてくれた。

 あたしはドキドキしながら、会釈を返す。

 それだけのことだけど、胸がじわりと温かくなるというか、冬、お風呂に入った時のような気持ちになる。


 ふしぎだ。


 彼は、甘く華やかなふじの香りを身にまとう。

 なぜ、藤の花の香りだと感じたのかは、わからない。


 藤色みたいな、淡い感じの紫色を見ると、嫌な気持ちになるから、藤の花を近くで見たことはないと思うのだけど……。

 記憶がないだけで、昔どこかで、藤の匂いをいだのだろうか?


 学校や、電車の中ではよく、他人の香水や洗剤の匂いで、気分や体調が悪くなったりする。

 薬は、漢方なら効くこともあるけど、匂いや味が苦手なので、できるだけ飲みたくない。


 つらい時や、周りの迷惑になっていると思う時は、活性炭かっせいたんマスクをつけるけど、マスクはあまり好きじゃない。

 オーガニック香水なら、今のところは大丈夫だ。


 最初、彼の香りを近くで嗅いだ時、なんだかとっても、嫌な気分になったんだ。

 だけど、彼のことが気になって。

 何度か、彼と会っている間に、この香りに慣れたのか、嫌だと思わなくなった。


 彼がつけているのは最初から、オーガニック香水だったのだろうか?


♢♢♢


 彼と初めて出会ったのは、今年の春。こっちに引っ越してきて、すぐのころだ。

 桜が、ちょっとだけ咲いていたのをながめていた時のことだった。


 視線を感じて、ふり向けば、彼が、立っていたのだ。


 白銀しろがね色の短い髪と眉毛まゆげ。切れ長の黒い双眸そうぼう

 すっと通った鼻筋。透き通るような白い肌。

 胸元に、銀色の蝶モチーフのネックレス。服装は黒づくめ。


 あたしと目が合った彼が、おどろいたような顔をしたのを覚えてる。

 そのあと彼が、悲しそうな顔をしたのも、覚えてるんだ。


 あたしもなぜだか、悲しくなって。

 だけど涙は、出なかった。


 心の中で、違う!! と叫ぶ、自分がいたのだけれど、なにが違うのか、わからなかった。

 その時は、離れていたためか、藤の香りには気づかなかった。


 それなのに、なんか嫌だと感じる気持ちがあったので、戸惑ったのを覚えてる。


 彼の足元には、一匹の白い猫。

 その猫は、淡い青と、満月色のオッドアイを持っていた。


 金目銀目だと、なぜだか思った。

 どこで知ったか、思い出せないが、縁起が良いものだったはずだ。


 彼はあたしに向かって、小さく会釈をしたあと、白猫に視線を向けた。


「リッカ」


 そう呼び、歩き出した彼の姿が見えなくなるまで、あたしは彼を見つめながら、静かに、泣いた。


 その日の夜、あたしは悲しい夢を見た。

 夢の内容は、起きた時には覚えてなくて、悲しいという感情だけを感じていたんだ。


 それから三日間、目が覚めた時に、悲しいという感情だけが残る夢を見て、泣きながら起きたのを覚えてる。

 

♢♢♢


 彼と、初めて出会ったあの日から、あたしは何度も、彼を見ている。

 そしてなぜか、彼と目が合う。


 藤の花の香りをまとう彼は、白銀色の短い髪と眉毛と、切れ長の黒い双眸を持っている。

 よく見たら、まつ毛も白銀色だった。


 つるりとした肌がとても綺麗で、背が高く、大人な感じのする人だ。


 彼はいつも、銀色の蝶モチーフのネックレスをしている。

 初めて彼を見た日には、つけていなかったのだけど、あの日以外は左手に、黒い石のブレスレットをつけている。


 最近はよく、白いTシャツみたいなのに、紺色の半袖のシャツを羽織り、黒のスキニーパンツを穿いているんだ。


 彼の年齢はわからないけど、あたしと同じ、人間心理コース一年の――姫宮桃葉ひめみやももはさんの彼氏と、一緒にいたのを見たことがあるから、大学生かもしれない。


 姫宮さんの彼氏は、あたしたちと同じ一年生だ。

 彼は、四年制の大学に通ってるらしいけど。


 姫宮さんの彼氏は、よく、短大がある駅まで、姫宮さんを迎えにくるから知ってるんだ。

 星月町ほしづきまちでもたまに見るし、電車でも見るけど。


 姫宮さんが紹介してくれたことがあるのだけど、男の人と話すのが苦手なあたしは、緊張して、おかしなあいさつをしてしまったかもしれない。


 その時のことは、あまり覚えてないんだけど、姫宮さんの彼氏は、あたしと目が合うと、会釈をしてくれたり、声に出してあいさつをしてくれたり、『あっ、琴乃ことのちゃんだっ!』って、うれしそうな表情で、言ったりする。


 やさしい人なんだろうなって、思うけど、男の人に、琴乃ちゃんって呼ばれるのは、恥ずかしかった。


 姫宮さんが、あたしのことを琴乃ちゃんって呼ぶから、同じように、呼んでるだけだと思うんだけど……。


♢♢♢


 しとしとと、絹糸のような雨が、降り続いている。

 そんな中でも、セミは鳴く。

 この前、梅雨が明けたはずなんだけどね。梅雨が明けても、雨は降る。


 ジメジメしてるけど、この空気は嫌いじゃない。雨の匂いも好き。

 傘の匂いはちょっと苦手だけど。


 電車とか、駅とか、人がたくさんいる場所はこの時期、すごい臭いな時があるから、こういう自然な匂いを嗅ぐと、ホッとする。

 楽に息ができるというか、生きている気がするから。


 来月――八月になれば、夏休み。

 実家には帰りたくない。なにをしたらいいのだろう?


 赤い傘を差しながら、いつも行くスーパーに向かって、静かに歩く。


 ふいに、昔のことを思い出す。


 実家にいた時には、赤い色の傘なんて、選べなかった。

 服だって、今日は桜色のTシャツだ。スニーカーは赤。この傘も靴も、地元を出て、こっちにきてから買った物だ。


 短大に行くために買ったリュックサックは黒だけど。

 あっ、髪のリボンも黒だった。


 黒は、昔からそばにあって、なんか落ちつくんだよね。


 実家にいたころ、お母さんがネットで、あたしの下着や服やズボンを買ってくれていた。下着は白、水色、淡い緑色、グレーなどで、服やズボンは、青、緑、紺、藍、黒、茶、そんな感じの色の物が多かった。


 ハンカチや靴も、そんな感じの色だった。実家の部屋のカーテンは、青色だったな。


 あたしは赤とか、ピンクとか、黄色とか、オレンジ色にも、興味があった。

 花柄とか、可愛いイラストの服や小物に、あこがれた時期もある。

 だけど、お母さんに伝えたら、『恥ずかしい』と言われた。


 今は一人暮らしだし、仕送りのお金を自由に使うことができる。


『金はやるから、親の迷惑になることはするな』


 って、お父さんに言われたけど、地元から離れたこの土地で、どんな格好をしていても、親の迷惑にはならないと思うんだ。

 だから、あたしは自由に選ぶ。


 そう思うんだけど、柄物や、イラストつきの服や、傘なんかは、買えないでいる。

 無地に慣れてるから、落ちつくのもあるんだろうけど。


 ハンカチと靴下は、猫柄や蝶柄や、花柄やリボン柄など、可愛いと思う物を買ってみた。

 短大や駅のトイレとかで、人に見られることもあるから、恥ずかしいなという気持ちもあるけど、可愛いのは好きだ。


♢♢♢


 スーパーで買い物をしたあたしは、赤い傘を差し、いつもの道を歩く。

 そのまま、一人暮らしのアパートに、帰るつもりだった。


 なのに。


 アパートに向かって歩いていた――道の先。


 くれない色のこいがいた。

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