ph124 黒いマナを持つ青年

 歪みの中から現れた青年。膨大でおぞましい黒いマナ。恐怖で蹲まる狒々くん。


 狒々くんは、青年が現れるや否やもう終わりだと言っていた。まるで、青年を知っているかの様な振る舞いに、あの怯えよう……あの青年が狒々くんの仲間を襲い、森に住めなくした元凶なのだろうか?そして、彼の見つけたという発言。逃げた狒々くんを追いかけて人間界に来たと言う事か?


「随分と探したよーーーーーーアグリッドくん」

「お前は!?」


 私は全く予想していなかった名前が出てきて驚く。


 アグリッドだって?あの青年は、アグリッドを探す為に人間界に来たのか?じゃあ、狙いは狒々くんではなく、アグリッド?でも、それは何故?


 アグリッドは酷く狼狽えた表情で後ずさっている。その行動から2人が知り合いである事が伺えるが、あまりよろしくない関係だと言う事しか分からない。


「な、なんでなんだゾ!!何で黒いのが……黒いのはだって、黒いのは……お前じゃない!お前じゃないのに何で!!」

「アグ、リッド?どうしたんだよ」

「違う違う違う!だって、だってそれなら黒いのは、オイラは!!」

「アグリッド!!」


 タイヨウくんは強い口調でアグリッドの名前を呼ぶ。しかし、アグリッドは両手で頭を抱えながら、何で、どうしてと繰り返し呟くだけで応えない。


「タイヨウくん!アグリッドをお願い!!」


 あの青年と、アグリッドがどんな関係かは分からないし、狒々くんが怯えている理由も、あの青年の目的も何一つ分からない。判断するには情報が少なすぎるのだ。けれど、確かな事が一つだけある。それは、あの青年の黒いマナだった。あの黒いマナが、青年が何者であるのかを示していた。私たちの敵であると明確に告げているのだ。あんな危険な存在に、アグリッドを渡す訳にはいかない!


「あの青年が狙っているのはアグリッドかもしれない!絶対に守って!!」

「わ、分かった!」


 タイヨウくんはまごつきながらも、混乱しているアグリッドを宥めていた。


 この場にいないハナビちゃんの事が気がかりだが、狒々くんは加護目的で拐ったようだし、危害を加えられている心配はないだろう。今は一旦放置だ。むしろ、下手にハナビちゃんの存在を奴に気取られ、利用される方が危ない。マナ使いじゃないハナビちゃんが黒いマナに侵される、なんて状況は考えたくない。何が起こるか分からないし、下手すれば命に関わる。彼女を傷つけない為にも、存在がバレるまではいない者として扱った方が良いだろう。……渡守くんが秘密裏に逃してくれるのが一番いいのだが、期待はできないな。


 私は大鎌を握り締めながら、ヒョウガくんの方に目を配らせる。青年に警戒しながらも、私の意図に気づいて欲しいと視線で訴えていると、ヒョウガくんがこちらを見た。そして、私が小さく頷いて合図を送ると、ハッとした様子でカードを取り出していた。その様子に、上手く伝わったようだとホッと息をついていると、私の目の前を黒い影が横切った。


「どうしてですか!!」

「……シロガネくん?」


 黒い影の正体はシロガネくんだった。シロガネくんは身を乗り出し、青年に向かって懇願するように叫ぶ。


「何で、貴方が……」


 動揺で震える声。どうやらシロガネくんも、あの青年を知っているようだ。私は、新たな情報が手に入るのではないかと、見守る事にした。


「どうして……だって、貴方は……貴方はあの時、7年前に死んだのではなかったのですか!生きていたのなら何故……今まで何処に!!」

「んんー?」


 7年前?死んだ?それは……どういう事だ?次から次へと的を得ない情報ばかりが小出しで出され、余計に混乱する。あの青年は狒々くんの住処を襲い、アグリッドを探していて、7年前に死んだシロガネくんの知り合いという事か?どんな繋がりだよそれ!全くもって意味が分からない!!


 青年はジロリとシロガネくんを見る。そして、人差し指を顎に当てながら何度も首を捻り、やがて合点がいったのかあぁ!と言いながら手を打った。


「久しぶり、シロガネ。大きくなったね」

「……っ!!う、あ……」

「元気そうで良かった。また、こうして会えて嬉しいよ」


 随分と親しげに話しかけてくる様子に、シロガネくんとあの青年はどんな繋がりなんだと眉を顰めていると、シロガネくんの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「アオガネ、兄さん」

「えっ!?」


 兄さん?兄さんだって!?どういう事なの!?狒々くんの住処を奪って、アグリッドとも知り合いで、7年前に死んだシロガネくんのお兄さんって……情報に関連性がなさすぎる!!まじで状況がややこしくなってきたな!というか、流石にお兄さんはあり得ないでしょ!!


「何を言っているんですかシロガネくん!奴は七大魔王ヴェンディダードです!」


 そう、私が奴を明確に敵だと断定した理由。あの隠す気は微塵もないと言わんばかりに垂れ流している黒いマナは、タルウィとザリチュという名前の精霊と酷似しているマナだった。それは奴が七大魔王ヴェンディダードである証だった。だから私はヒョウガくんに情報を抜き取って欲しいと視線で訴え、ヒョウガくんも私の合図で奴の正体に気づき、行動してくれたのだ。実際に対峙し、マナ感知が得意であるシロガネくんが気づかない筈がない。


「あのマナを見て下さい!彼は人間じゃない!貴方の兄である事はありえません!!シロガネくんなら分かるでしょう!?」

「分かっているさ!分かってはいるんだ!!けど……っ、兄さんのマナも感じるんだよ!あの人が七大魔王ヴェンディダードなら何故兄さんのマナを感じるんだ!?何故兄さんのマナを持っているんだ!?」


 シロガネくんの言葉に、言葉を詰まらせる。私には黒いマナしか感じないのだが、シロガネくんは兄のマナも感じると主張する。


「兄さんは黒いマナに侵されているんだ!速く助けないと兄さんが危ない!待ってて兄さん!僕が助けに行くよ!!」

「ちょっ、一旦落ち着いて下さい!!」


 私は飛び出そうとするシロガネくんの腕を掴んだ。


「離せよ!僕の邪魔をするな!!」

「死んだ人間は生き返りません!!七大魔王ヴェンディダードが化けてるかもしれないでしょう!?迂闊に近づくのは危険です!!」


 何故、シロガネくんが自身のお兄さんのマナを感知しているのかは分からない。けれど、お兄さんが生き返ったと考えるよりも、私達を惑わす為に血縁に化けていると考えた方がまだ納得できる。確信を得るまでは、シロガネくんを奴の元へ行かせる訳にはいかない。


「違う!そんな筈ない!僕が兄さんを見間違える訳がない!」

「もっとよく奴を見て下さい!!本当にアレが貴方のお兄さんなんですか!?本気でそうだと言い切れるんですか!?」

「当然だ!だって、全然変わってない!あの時と、7年前と全く同じ姿なんだ!全部全部僕の記憶のままのーー」


 途中で途切れる言葉。シロガネくんはハッと目を見開き、顔を上げた。


「……何で……変わっていないんだ?」


 シロガネくんの瞳が揺れる。


 7年の歳月が経っていて、姿が全く変わらない人間なんているのだろうか?しかもそれが子供なら尚更だ。シロガネくんも自分で言っていてその違和感に気づいたらしい。先ほどとは違い、怒りが滲み出るような声で、問いただすように叫んだ。


「お前は一体誰なんだ!何故兄さんの姿をしている!」

「誰って、正真正銘アオガネ兄さんだよ、忘れちゃったのかい?」

「ふざけるな!今すぐ正体を現せ!偽物が!!」

「偽物って、酷い言い草だなぁ……ほら、覚えてる?シロガネの好きな優しい天使の落とし物って絵本。よく寝る前に僕に読んで欲しいってねだってたよね。ウトウトしてる君の顔を見てたらさ、僕も眠くなちゃって、結局は一緒に寝ちゃってたよね」

「やめろ……」

「あ、そういえばさ。ミカエルからの加護で加護持ちになった時は優しい天使様が僕の元に来てくれたって駆け寄ってーー」

「やめろ!!」


 シロガネくんは肩で息をしながら、ギロリと鋭い目で七大魔王ヴェンディダードを睨んだ。


「その姿で……その顔で、その声で!!僕と兄さんの思い出を汚すなぁ七大魔王ヴェンディダードがあああ!!」


 シロガネくんは私の腕を振り払うと同時に、片手剣を実体化させながら七大魔王ヴェンディダードに向かって走る。


 不味い!シロガネくんは冷静さを失っている!そんな状態で七大魔王ヴェンディダードと戦わせる訳にはいかない!


「ユカリちゃん!シロガネくんを!!」

「任せて!」


 ユカリちゃんにシロガネくんを止めるようお願いすると、ユカリちゃんは実体化させた鎖鎌を使ってシロガネくんを拘束した。


「そんなにカリカリしないでよ、今日はただの確認なんだから」


 シロガネくんは暴れているが、ユカリちゃんの拘束からは逃れられないようで安堵する。


 良かった。サタンと同等の力を持つと予想される七大魔王ヴェンディダードは、我を忘れた状態で勝てる相手ではない。なるべく多くの情報を集め、万全を期してから挑むべきだ。五金総帥からも七大魔王ヴェンディダードを特定しろと言われたが、倒せという指示は受けていない。相手に戦う意志はないようだし、今回は適当に足止めしつつ、情報だけ頂いて撤退した方がいいだろう。


「実の弟に信じてもらえないなんて、残念だなぁ」


 シロガネくんのお兄さんの姿をした七大魔王ヴェンディダードは、白々しい言葉を吐きながらも、アグリッドに向かって笑いかける。


「でも、君の姿が見れて良かったよ、アグリッドくん……せいぜい無様に足掻いて……僕を楽しませてくれ」


 七大魔王ヴェンディダードは、自身の移動に使った歪みの方に足を向けた。どうやら帰る気の様だ。私は確認するようにヒョウガくんの方を見ると、無言で首を横に振られた。まだ情報は抜き取れていない様だった。それは不味いと、どうにかして引き留めなければ慌てていると、タイヨウくんが、大きな声を出した。


「待て!」


 タイヨウくんの声に、七大魔王ヴェンディダードは足を止める。


「お前、一体何なんだ……アグリッドを探してるってなんでだ!?なんでシロガネの兄ちゃんの姿をしてんだよ!」

「それは……僕よりも、アグリッドくんに聞いた方がいいんじゃない?……彼が話せるのなら、だけどね」


 七大魔王ヴェンディダードの言葉に、ビクリと肩を揺らすアグリッド。


「アグリッド?」

「…………」


 曇った表情で俯くアグリッドを、タイヨウくんは心配そうに覗き込んでいた。私も彼らの事情は気になるが、今は後回しだ。この機会を逃す訳にはいかないと、情報を得る為に思考を巡らせる。


「僕はこの辺でお暇させてもらうよ、これでも忙しい身でね」

「ローズクロス家がそんなにブラックだとは知りませんでしたよ」


 私が煽るように言葉を発すると、七大魔王ヴェンディダードの笑みが固まり、冷たい眼差しで私を見た。


「精霊使いの荒いご主人様を持つと大変ですね」


 適当な出任せを口にすると、七大魔王ヴェンディダードの目が訝しげに細められた。


「……何の事かな?」

「しらばっくれないで下さい。君達がどんな仲であるかは既に知っているんですよ。とんでもない事を企んでる様ですね、全くもって迷惑甚だしい」


 適当な出任せであったが、効果があったようで何よりだ。このハッタリがどこまで通じるのかは分からないが、もう後には引けない。とりあえず、それっぽい事を言わなければ。物語の展開をメタ読みするんだ。サタンを倒すストーリーがアニメで言う一期の内容とするなら、二期の話にも関係しているかもしれない。それに、私達がアイギスに入って七大魔王かれらと関わる事になった原因はサタンが実体化してしまった事が深く関係している。その可能性は十二分にある。


「サタンの実体化は、君たちの目的の足掛かりに過ぎない、ですよね?」

「君は、何の話をしているのかな?僕には意味が分からない。適当な事言うのはやめてもらっていいかな?」

「封印を解いたのは私です」


 もし外したとしても私が赤っ恥を掻くだけだ。何の問題もない。兎に角奴の注意を引く、それだけに専念しよう。


「どうせ死ぬと思われたのか、ベラベラと喋ってくれましたよ。随分と自己顕示欲の強いお仲間をお持ちのようですね」


 ……嘘は言っていない。ローズクロス家から精霊狩りワイルドハントに寝返ったアレスという男が、頼んでもいないのに説明してくれた。七大魔王ヴェンディダードのことではなく、、だけだけど。


「……その割には常に後手に回ってる様だけど?そういう嘘は頂けないなぁ」

「あぁ、だってまだ話してませんもん」


 数秒ほど睨み合う。威圧感が凄い。正直めっちゃ怖い。ヒョウガくん、情報はまだなの?虚勢を張るのもきついんだけど?


「敵の言葉だけじゃあ、信憑性がありませんでしたしね。不確定要素の多い情報を持ち込んで、場を引っ掻き回す趣味はないもので……だから良かったですよ。お優しい精霊様のおかげで確信が持てました」


 本当にありがとうございますと、皮肉るように笑う。すると、七大魔王ヴェンディダードの眉毛が不愉快そうに動いた。


 これで奴のヘイトは私に向いただろう。私以外のメンバーは、動ける状態じゃない。このまま私に引きつけて時間を稼がないと。


 覚悟を決め、何が起きても対応出来るように、自身のデッキに手をかけていると、突然七大魔王ヴェンディダードが笑い声を上げた。


「なるほどね……君特異点か……」


 特異点?なんだそれは。新しい単語を出すな、既にキャパオーバーなんだよ。これ以上頭をこんがらせるのはやめてくれ。もっと分かりやすい言葉で説明してよ。


「それなら、ちょっとした挨拶をしてあげるよ」


 七大魔王ヴェンディダードは、右手を自身の顔の横まで上げる。パチンと指を慣らし、空間が歪んだかと思うと、空中にハナビちゃんが現れた。そのまま、重力によって落ちてくるハナビちゃんを七大魔王ヴェンディダードは横抱きで受け止める。


「ハナビ!?」

「え、ハナビちゃん!?」


 七大魔王ヴェンディダードの腕の中で眠るハナビちゃんの姿に、全身の血が引いていく。最悪の想像が頭の中をよぎり、取り乱しそうになる心を必死に抑えた。


「お前!!ハナビを返せ!!」

「そう慌てないでよ」


 七大魔王ヴェンディダードは、自身の黒いマナで球体を作り、その中にハナビちゃんを沈める。あまりの速さに一歩も動くことが出来ず、呆然と見守る事しか出来なかった。


 ……は?あいつ、何やった?ハナビちゃんを……あんなマナの塊の中に……え?


「ハナビぃいいいぃい!!」


 突然の事で頭の中が真っ白になる。タイヨウくんが大声を上げながら球体に向かって走っていた。実体化させた大剣を振り上げ、球体に切り掛かる。金属が弾かれるような音が響き、つんざくような音が鼓膜を刺激して戻る思考。


「ハナビ!ハナビ!!」


 タイヨウくんは必死に球体を攻撃するが、効果はない。球体には傷一つつかなかった。私も何かできる事はないかと周囲を見渡す。


「くそ、くそっ!!」

「落ち着きなよ、直ぐに出てくるからさ……あぁ、それと」

「ひいっ!?」


 必死に剣を振るタイヨウくんを嘲笑いながら、七大魔王ヴェンディダードは狒々くんの方を向く。


「君にもプレゼントしないとね」

「助けでくれぇええ!!」


 助けを求めるように手を伸ばした狒々くんも、黒いマナに包まれ、ものの数秒で侵食された。


「さぁ!ショーの始まりだよ!!」


 タイヨウくんの攻撃ではビクともしなかった黒いマナの球体にヒビが入る。まるで、卵が羽化する瞬間のようだった。


「……ハナビ?」


 球体が割れ、中から出てきたハナビちゃんは無言で立っていた。顔を俯かせている為、表情は分からない。けれど、彼女の纏うマナが、私達に彼女の異常を知らせていた。


「それじゃあ存分に楽しんでいってね」


 七大魔王ヴェンディダードが歪みの中へと沈んでいくが、気にする余裕がなかった。ただ、ヒョウガくんの持っているカードが発光し、情報が抜き取れたという事だけを認識するので精一杯だった。


「ハナビ、どうしたんだよ……こっちを見ろよ」


 タイヨウくんは、ブツブツと謎の言葉を発するハナビちゃんに向かって手を伸ばす。しかし、タイヨウくんの手が届く前にハナビちゃんの足元に魔法陣が現れ、2人を巻き込んでバトルフィールドを展開した。


「ハナビ!!」


 無言でMDマッチデバイスを掲げるハナビちゃんに向かって、タイヨウくんは必死に呼びかける。しかし、ハナビちゃんからの反応はない。無機質な目でタイヨウくんを見つめ、マッチをするように促している。


「ハナビ!何やってんだよ!やめろよ……俺が分からないのか!?ハナビ!!」

「タイヨウ!マッチしろ!!」

「っ、ヒョウガ?」


 ヒョウガくんは、懐にカードを仕舞いながらバトルフィールドの結界ギリギリまで近づく。


「精神汚染された状態ではお前の声は届かん!黒いマナに侵食された者を助けるにはマッチで倒すしかない!!」

「できねぇよ!……ハナビを傷つけるなんて、俺には……」

「言ってる場合か!彼女を助けたくはないのか!!」

「でも、……でもよ!」


 私もヒョウガくんに加勢して、タイヨウくんを説得しなければ。そう思い、ヒョウガくんの隣に立つが言葉が出てこなかった。


 早く何か言わなければと口を開くが、何の音も発さずに閉じる。何て言葉を掛ければいいのか分からない。ずしりと重くのし掛かる罪悪感が、私の思考を鈍らせる。


 言うって、どの口が言うんだよ!!


 私が下手な引き留め方をしたせいで、ハナビちゃんは巻き込まれてしまったんだ。もっと、上手いやり方ができればこんな事なかっただろうに……そもそも、ハナビちゃんを放置する判断をしたのが間違いだった。もっと考えれば、秘密裏に渡守くんにハナビちゃんを最優先に救出して欲しいと伝える手段があったかもしれないのに!それなのに、何を言えばいいんだ。


 ネガティブな思考に囚われ、何も言えずにいると、一緒にバトルフィールドに巻き込まれていたアグリッドが、タイヨウくんに飛び付いた。


 突然のアグリッドの行動に、タイヨウくんは驚いていたようだった。しかし、アグリッドのその行動は日常だったのか、条件反射のように両腕を出して受け止めていた。


「あ、アグリッ……」

「子分もハナビもオイラが守るんだゾ!!」


 アグリッドは、半泣きになりながらもタイヨウくんにしがみつき、鼻声で自身の思いを伝える。


「オイラ……オイラは!子分達を守る為に来たんだゾ!だから絶対絶対皆を守るんだゾ!」


 ズルズルと鼻を啜る音が聞こえる。涙を堪えながら、タイヨウくんを真っ直ぐ見るアグリッドの姿に背中を押されたように感じた。


「俺達を守るって……」

「言えない!言えないけど守るんだゾ!!これは絶対絶対なんだゾ!!約束なんだゾ!!」


 アグリッドの発言から、マスターを探す以外にも目的があってタイヨウくんに近づいた事を悟る。が、今は追及するべき事じゃない。


「……タイヨウくん」


 アグリッドの事情は知らない。ただ、あんなに小さな子供だけに背負わせる訳にはいかないと、勇気を貰えた。今なら言葉が出るのではないかと、口を開く。


「大丈夫、大丈夫だよ」

「……サチコ」


 ハナビちゃんを守りたいのは、アグリッドだけじゃない。私も、皆もハナビちゃんを助けた気持ちは一緒なんだ。


「何が起きても、ハナビちゃんは絶対に助ける。だから、私達を信じてハナビちゃんとマッチして」


 どうにか伝わって欲しいと願っていると、タイヨウくんは、唇を噛み締めながら私達全員の顔を見るように見渡す。そして、ゆっくりと肩の力を抜いた。


「……分かった」


 絞り出すような声だった。タイヨウくんは震える拳を握りしめ、キッと睨むようにハナビちゃんを見た。


「皆を、信じる」


 タイヨウくんもマナを放出させ、MDマッチデバイスにマナを注いだ。


「待ってろよハナビ、絶対に助けるからな!!」


 バトルフィールドの輝きが増す。モンスターを召喚する準備が整い、どちらともなく召喚の口上を口にする。


「コーリング!アグリッド!アーチピット!ブルフレイム!!」

「……コーリング、狒々、山童」


「レッツサモン!!」


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