ph115 黒いマナの精霊の調査

 先輩と一緒にネオ東京ドームの前まで行くと、22番ゲート周辺で、アイギスらしき集団が謎の機械を持ちながらキビキビと動き回っていた。その集団の中にはタイヨウくん達の姿もある。


 私に気づいたタイヨウくんはおーい!と声を上げながら手を振ったので、少し小走りで3人の元へと向かった。


「私、最後?アイギスの人は何してるの?」

「俺らちょうど3人でいたんだよ」 

「今は結界の準備をしている」

「結界?」

「あぁ。人間界への影響を最小限にする結界だ」


 じゃあ、あの機械はその為の物か。私たちが歪みに入るのは結界が張られた後かな。


「僕たちは父上の指示があるまで待機。愚兄にいさんはさっさと歪みの場所に行って下さい。ネオ東京ドームの中です」

「あ゛?ざけんな。俺はサチコから離れねぇぞ」

「先輩」

「サチコぉ……」


 私が咎めるように名前を呼ぶと、先輩はあからさまにしょんぼりする。


「さっき話し合ったでしょう」

「……俺はまだ、了承してねぇ」

「…………物分かりのいい人って、素敵ですよね」

「あぁ!歪みは俺に任せろ!!」


 反応はやっ!?食い気味にくるな。


 先輩は上機嫌に私の左手に触れた。


「サチコもコレ……絶対ぇ外すなよ」


 左手を持ち上げられ、視界に入る指輪。反射的に嫌そうに歪んでしまう自身の表情筋。


 最悪だ。薬指にしたままだった。


 先輩がヒョウガくんに対して、マウントを取るように笑っている隙に手を引っこ抜き、しれっと右手の中指に変える。


 先輩はショックを受けているようだが、そんなものは知らん。イヤーカフの代わりの物が欲しいと言ったのは私だが、指輪は想定外だ。素だろうがワザとだろうが関係ない。どちらにせよ、薬指に着めるなんぞ論外だ。本当は指に着めるのすら避けたいのだが、今はいい感じの紐がないので仕方があるまい。


「分かりました。何かあればコレで連絡するので早く所定の位置について下さい」

「……おう」


 トボトボと歩いて行く先輩を尻目に3人の方を振り向くと、シロガネくんのビューティーフェイスがとんでもない事になっていた。


「……君が義姉とか最悪なんだけど」

「安心して下さい、死んでもならないんで」

「じゃあソレなんなの」

「ただの通信機です」


 私はタイヨウくんが見てますよと自分の顔を指差して伝えると、シロガネくんはいつもの営業スマイルに戻った。この早技も見慣れたものである。


 そのまま、総帥から連絡があるまで雑談をしていると、シロガネくんのMDマッチデバイスが鳴った。シロガネくんがMDマッチデバイスを操作すると電子画面が現れ、五金総帥の顔が表示される。


『ふむ、全員いるようだな』


 総帥は両手を口元の付近で組んだ体制で、淡々と話す。


『結界の展開が完了した。事前に打ち合わせした通り、貴公等には件の精霊を追って貰う。』


 ついにこの時が来たかと、緊張で背筋が伸びる。


『此度の任務は不確定要素が多い。最終目的は精霊の封印、またはその討伐だが……サタンと同等か、それ以上の強さを持つ精霊だ。情報を持ち帰るだけでも上々……早急な対策が必要である事案とはいえ、今回はあくまでも試運転のようなモノだ。危険を感じたら直ぐに引き返せ。判断は……シロガネ』

「はい」

『貴公に任せる。説明は以上だ。健闘を祈る…………無理は、するなよ』

「!は、はいっ!!」


 電子画面が消え、ツーっ、ツーっという電子音が鳴る。シロガネくんはMDマッチデバイスを操作して完全に通話を切った。


「聞いた通りだよ。みんな、準備はいいかい?」

「あぁ!いつでも行けるぜ!」

「無論だ」

「はい」

「歪みはネオ東京ドームの中央バトルフィールドだ。行こう」


 シロガネくんの言葉に返事をし、ネオ東京ドームの中に入った。















 ネオ東京ドームの中央バトルフィールドには、なんか、すごい装置が設置されていた。これがヒョウガくんの言っていた影響を最小限にする装置なのだろうか。


「繰り返し言うけど、精霊界はとても危険な場所なんだ。みんな、細心の注意を払い、決して軽はずみの行動はしないよう心掛けーー」

「俺一番乗りー!」

「ああっ!タイヨウくん!危ないよ!!」


 シロガネくんの言葉をぶった斬り、歪みに飛び込むタイヨウくん。シロガネくんもタイヨウくんを追いかけて、慌ただしくも歪みの中に消えていった。そんな2人の様子に、ヒョウガくんは呆れたようにため息をつく。


「……全く、締まらんな」

「緊張しすぎてガチガチになるよりもいいんじゃない?」

「サチコぉおおぉぉぉぉ!!」


 どこからか先輩の声が聞こえ、周囲を見渡すと、先輩がスターシート付近で大きく手を振っていた。さながら主人を見つけた犬である。


「おまっ、絶対!絶対に連絡しろよ!危険な事する前にまず一報だぞ!直ぐに飛んでいくからな!何もなくても連絡しろよ!待ってるからな!サチコおおおおお!!」


 シンプルにうるさい。ええい、自慢げに左手を掲げるな。なんで薬指に着めてんだよ。あらぬ誤解が爆速で広がるだろうが!分かったから、頼むからその掲げた手を下してくれ。今すぐに。


 私は静かにしろと言う意味を込めて、人差し指を立てた状態で口元までもっていく。すると、騒いで足でも滑ったのか、先輩は後ろに倒れながら頭を強打していた。相当痛いのか、痛みを堪えるように悶絶している。そんな先輩の様子に気づいたアイギス隊員がすぐに駆けつけ、何やら騒いでいるが無視していいだろう。


「あれは大丈夫なのか?」


 一部始終を見ていたヒョウガくんは、先輩の方を指差しながら私に問いかける。


「いつもの事なんで、問題ないよ」

「……それは、大丈夫なのか?」


 知らん。


 私が先輩をスルーして歪みの方へ足を向けると、ヒョウガくんも少しだけ後ろを気にしながら付いてきた。


 そして、歪みの前に立ち、バクバクと激しく音を立てる心臓を落ちつかせるように深く深呼吸してから、精霊界へと一歩踏み出した。



















 






 降り立った精霊界は、サタンの封印があった氷の大地とは違い、まるで海のように緑が生い茂る樹海だった。後ろを振り向くと、自身が通ってきた歪みがあり、そこからヒョウガくんが出てきた。


「お!サチコ達も来たな!」


 声がした方に顔を向けると、タイヨウくんがこっちだと私たちを呼ぶように手のひらを上下に動かしていた。私とヒョウガくんは呼ばれるままに足を動かす。


「シロガネくんは?」

「僕はここだよ」


 急に現れたシロガネくんに驚き、ビクリと肩が跳ねる。


 ……なんでこの世界の住人は当然のように気配を消すんだよ。もっと存在感出してくれ。ビックリするでしょうが。


「ミカエルに周囲の状況を調べさせている所さ」

「例の精霊は?」

「その為の君だろ?」


 何当然だろみたいな顔してんだ。見失ったんなら素直に言えよ。


 私は目を閉じて黒いマナの気配を探る。流石精霊界と言うべきか、たくさんの精霊のマナが混ざり、目的の黒いマナが見つからない。


 私はもっともっとと、深く意識を沈める。


 やっぱり、精霊界に来ると調子がいい。人間界よりも、容易にマナを操る事ができる。これなら、黒いマナの精霊もーーーー見つけた!


 微かに漂う黒いマナを察知し、痕跡を辿る。まだ正確な場所は分からないが、おおよその方角は分かった。


「あっちです」


 私が黒いマナを感じた方へ指差すと、みんな頷き、一列になって歩き出した。シロガネくんは前方警戒要員で先頭を歩き、案内役で身体能力が一番低い私は2番目。パワーのあるタイヨウくんは前後直ぐに対応できるように3番目にいる。そして、一番危険な殿を務めてくれるのはヒョウガくんだ。


 全員得意な武器を実体化させ、慎重に目的地へと向かう。


「なんかさ、なんかさ、あれだな!なんか、冒険みたいで楽しいな!」


 暫く歩いていると、タイヨウくんは緊張感のカケラもない笑顔で、これまた緊張感のない発言をする。


「タイヨウ、これは遊びじゃーー」

「全くもってその通りだね!タイヨウくん!」

「……」


 シロガネくんは、私が言ったら絶対に馬鹿にするだろう言葉を吐いたタイヨウくんに対し、ニコニコしながら同意する。ヒョウガくんは、そんなシロガネくんの態度に諦めたように無言になった。


 私はヒョウガくんにしては諦めるのが早いなと不思議に思ったが、そういえばと、この3人でよく任務に赴いていた事を思い出した。もしかして、こんな事が日常茶飯事だったのだろうか?それならヒョウガくんの諦めの早さにも納得できる。


 私はヒョウガくんに憐れみの視線を投げながら、慰めの言葉一つぐらい言った方がいいのかなと考えていると、突然、草むらから精霊が飛び出して来た。


 飛び出してきた精霊は植物系の精霊のようで、自身の体を覆っている蔦を、私に向かって伸ばした。


 これは不味いと実体化させていた松明を構えようとした時、それよりも速く、タイヨウくんが私の体を引っ張り、右手に持つ大剣の一振で蔦を一掃した。


 すると、その植物系の精霊はレベルの低い精霊だったのか、タイヨウくんとの力の差に恐れをなし、直ぐに逃げて行く。


 今のは何だったのだろうと呆気に取られていると、タイヨウくんは安心させるような、穏やかな表情で私を見た。


「大丈夫か?サチコ」

「えっ、あ……はい」

「よかった……今度は守れた」

「……アリガトウゴザイマス」


 しゅ、主人公おおおお!流石主人公!流石タイヨウくんだよ!やっぱ君がナンバーワンだ!あまりにも華麗!あまりにも自然に抱き寄せて爽やかに助けるなんて、こんな芸当、主人公じゃなきゃ出来ないよ!!


 私がタイヨウくんの主人公力に感動していると、タイヨウくんのデッキケースが輝き、アグリッドが実体化した。


「早く子分から離れるんだゾ!この泥棒猫お!!」

「いたっ!?ちょっ、イタタタタタ!それ地味に痛い!」

「な、何やってんだ!?アグリッド!?」


 タイヨウくんは大剣を消し、私に頭突きをかましているアグリッドの体を両手を使って引き離した。


「こら!サチコに謝れ!」

「嫌なんだゾ!子分はダメ!なんだゾ!」

「えっと、……私、アグリッドくんに嫌われるようなことした?」

「違うんだゾ!子分はハナビと仲良しなんだゾ!だからサチコはダメなんだゾ!!」

「なっ、おまっ!?何言ってんだよ!」


 アグリッドはタイヨウくんの手を振り払い、小さな羽をパタパタと動かしながら飛んだ。そして、私に向かって指を差す。


 あー、そういう……。そういやアグリッドって、ハナビちゃんと仲良かったもんね。なるほど?そう言う感じ?


「ごめんね、アグリッド。そうだよね。タイヨウくんはハナビちゃんのモノだもんね。不安にさせちゃってごめんね」

「そうなんだゾ!だからダメなんだゾ!!」

「さ、サチコも何言ってーー」

「サチコは白いのとでも仲良くしてたらいいんだゾ!!」

「は?」


 おっと、誰かと声が被ったようだ。


「なんでそこで僕なんだい?喧嘩を売ってるのかな?良い値で買ってあげるよ」

「い、痛くなんて……こわ、こわく、な……うわあああん!痛いんだゾおお!ごめんなさいなんだゾおおお」

「アグリッドおおおお!?」


BGビューティーゴリラの本領発揮である。化け物じみたシロガネくんの握力でアイアンクローを喰らったアグリッドは、涙目で騒いでいた。そんなアグリッドにタイヨウくんが慌てて駆け寄る。すると、シロガネくんはあっさりと手を離した。解放されたアグリッドはタイヨウくんの胸に顔を埋め、体を震わせている。


「子分んんん!」

「大丈夫か?……ほら、泣き止めって」

「なんでなんだゾ?なんでシロガネは怒ったんだゾ?」

「あー……あれは、お前が悪いよ」

「あ!オイラ、泣いてなんかないんだゾ!!」

「……そうだな。お前は泣いてないな。偉いぞーアグリッド」

「当たり前なんだゾ!オイラは偉大な太陽の竜なんだゾ!!」

「そうだなー、流石偉大な竜だ。そんなお前の子分になれて俺はとっても嬉しいよ」

「ふふん!そうだそうだ!もっとオイラを褒めていいんだゾ!!」

 

 一児のパパか!!なんか、いつの間にかタイヨウくんの父性がカンストしててビビるんだけど……こいつ、本当に小学生か?


「……青いのじゃ……ないんだな」

「ヒョウガくん?」


 ボソリと呟かれたヒョウガくんの言葉が信じられず、ぎこちない動きで顔を向けると、ヒョウガくんはキョトンとした顔をして私を見た。


「それは、どういう意味で?」

「いや……奴よりも俺の方がお前と仲が良いと思っていたから意外でな」

「なんだ……そう言う……」


 ビックリした。今の発言はフラグが立ったかと思って少し焦ったわ。


「主!」


 私たちが騒いでいると、上空から周囲を見ていたミカエルが戻って来た。シロガネくんの前で片膝を付き、報告したい事がありますと言う。


「これより3キロほど先の地点に、人為的に破壊されたと思わしき形跡がありました」

「方角は?」

「北北西です」

「サチコさん」

「……同じ方向ですね」


 黒いマナは、北北西から強く感じる。恐らく、人為的に破壊された形跡というのは、件の精霊が行った可能性がある。


「ヒョウガくん、サチコさん。精霊は出せるかい?お願いしたい事があるんだ」









 シロガネくんに言われ、影法師を先回りさせて危険な道はないかの報告をさせる。ニーズヘグは上空を、ミカエルは私たちの直ぐ側で警戒しながら追従する。


 ミカエルに言われた場所に到達した。破壊されている木々は腐ったように変色している。しかし、明らかに自然に出来た物ではない。ここ一帯にだけ猛毒でもかけられたかのように、不自然に腐っているのだ。


「うううう」

「影法師?どうしたの?」

「マスター、ごめ……おれ、くるし……」

「!いいよ。カードに戻ってて……無理させてごめんね」

「ます、たー……」


 私は苦しみ出した影法師をカードに戻し、周囲を見渡す。


 ……なるほど、これだけ黒いマナが充満してたら影法師には辛いだろう。でも、これだけ痕跡がハッキリとしていたら、確実に追える!


 私は目を閉じて、再度集中した。意識を深い場所まで沈ませ、黒いマナを強く感じる場所を特定したと思った瞬間。


「ぐっ……ごほっ、ごほっ!がはっ……はぁ、はぁ……うぅっ……」


 その、あまりの強大さに自身のマナも侵食されかけ、無理やり意識を元に戻した。胸を抑え、過呼吸になりそうになる息をすんでの所で整える。


「影薄!?大丈夫か」

「サチコ!?」


 私がそのまま膝を付くと、ヒョウガくんが背中をさすってくれた。暫くして呼吸も落ち着くと、もう大丈夫だと伝えるようにヒョウガくんの胸を押した。


「……何かあったのかい?」

「えぇ……今までよりも強く、黒いマナを感じました……この任務、予想以上に危険かもしれません」


 シロガネくんは、どういう事だと言うように眉を顰める。


「黒いマナの精霊は想定の……いや、あの感じ方は……」

「……なんだい?早く言ってくれないかい?」

「……もしかしたら、件の精霊……2体いるかもしれません」


 私の言葉に3人は大きく目を見開いた。


「最初はサタンより強力な力を持った精霊かと思いました。でも、微妙に位置がズレているんです」

「なるほど、だから2体いると……」

「うん。確定じゃないけどね……どうしますか?」


 私はシロガネくんに判断を委ねる。五金総帥は、シロガネくんの判断で引き返せと言っていた。何より、シロガネくんの方がこういった場に慣れている。素人よりもプロの見解を聞いて行動した方がいい。


「……君の情報が確かなら、戦闘は危険だろうね」


 シロガネくんは顎に手を当てながら、視線を下に向ける。


「同じ場所にいると思うくらい、そのマナは近い位置にあるんだろう?」

「はい」

「ならば、その精霊は行動を共にしている可能性が高い。1体でも厄介なのに、2体もいるなら、今の僕らでは勝ち目がない」

「引き返すか?」

「いや……」


 ヒョウガくんの問いに、シロガネくんは更に深く考え込む。


「このまま放置するのも不味い。例の精霊が2体だけとは限らないんだ。今後の事を考えるなら、せめて情報だけでも持ち帰った方がいいだろう」


 僕に考えがあると言うシロガネくんの言葉に、私たちは真剣に耳を傾けた。








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