ph98 サタン討伐作戦会議

「ここまでくれば大丈夫そうね」


 天眼家のお姉さんに案内され、着いた場所はSSSCの本戦が行われる予定であった会場だった。


 ここに拠点を築いているのか、ケイ先生がアイギスらしき人達に指示を出して精霊やSSSC参加者の手当を行わせている姿があった。


 サタンが暴れ回っているせいだろうか?私が連れ攫われる前と比べ、本戦会場は酷く崩壊していた。瓦礫が散らばっているし、床には大きなヒビが入っている。天井なんて大きな穴が空いていて、青空教室のようになっていた。こんな所を拠点にして大丈夫なのだろうかと不安になるが、五金総帥の判断なら心配ないだろうと気にしない事にした。

 

「ア……貴方達、状況を説明するわよ」


 ヒョウガくんがまだ合流していないが、お姉さんが話しを始めたので素直に聞く体勢になる。


「五金コ……総帥は重傷。更にサタンが完全に実体化した可能性があるわ」


 お姉さんの言葉に、シロガネくんは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。


「重傷!?父上が!?」


 激しく動揺しているシロガネくんとは対照的に、先輩はだっせぇと鼻で笑っている。

 

「あんだけ大口叩いといて、ざまぁねぇな」

「っ!?お前!!」


 シロガネくんは先輩の胸ぐらを掴みながら睨む。


「父上が!!父上にっ、……何とも思わないのか!!」

「うるせぇな」


 先輩は煩わしそうにシロガネくんの腕を振り払った。


「五金じゃ弱い奴は淘汰される……奴自身の言葉だ」

「!」

「弱いからそうなった。そんだけの話だろ」


 先輩は何とも思っていないように振る舞っているが、本当にそうなのだろうか?家族に認められたいと奮闘していた姿を見ていた分、信じられない。先輩の真意は分からないが、あの態度が本心だとは思えなかった。でも、シロガネくんは先輩の発言を鵜呑みにしているのだろう。軽蔑するような眼差しで先輩を見ている。


「お前が愚兄あにだという事実が心底嘆かわしい」

「奇遇だな。俺もだ」

「お前ら!落ち着けって!争ってる場合じゃないだろ!!」

「そうだぜ御両人。喧嘩なら後にしてくれ」


 シロガネくんと先輩が険悪な空気を醸し出していると、それを止めるようにタイヨウくんといつの間にか合流していたブラックドッグが間に入った。


「上を見ろよ。早くしねぇと、とんでもない事になりそうだぜ?」


 ブラックドッグに言われるがまま視線を上に向けると、どす黒いマナが空を侵食していた。いや、正しくは空ではなくお姉さんの結界を侵食しているのだろう。壁を殴るような激しい音と共に、黒いマナが結界を覆い尽くそうとしている。その様はまるで、この世の終わりと言う表現がピッタリと似合うような恐ろしい光景だった。


「そうね。嘘でも良いとは言えないわ。けど、最悪でもない。奴は五金コガネとの戦いで弱り、貴方達のお陰でマナ供給が絶たれている。倒すなら今がチャンスよ」

「相手の狙いは何ですか?」


 私の言葉に全員が注目する。

 

「氷川ヒョウケツはどういった意図を持ってサタンを実体化させたのですか?」


 単純に世界征服をしたいのなら、先に三大財閥を潰すべきだ。ちょうど財閥のトップが2人もいるんだし、サタンを使って始末した方が手っ取り早い。しかし、氷川ヒョウケツは五金コガネを仕留め損なっているのに、サタンを使って探す様子が見られない。それどころか、こちらに微塵も興味を持たず、結界を破壊する事に躍起になっている。つまり、相手の真の目的はこの結界の外にあるということだ。どうにかそれを利用する事は出来ないだろうか。


「相手の目的が分かれば戦況も有利になるのでは?見た感じ外に出たそうですが、ダビデル島から出て何をするつもりなんですか?」

「……そうね」


 お姉さんは考え込むように顔を俯かせている。あまり詳しい情報は掴めていないのだろうか?……いや、あの様子は考え込んでいると言うよりも言い淀んでいると表現した方が良さそうだ。言わないのではなく、言えないということか?ならば私たちに聞かれては不味い話なのだろうか?


「……氷川ヒョウケツの目的は精霊の殲滅だ」

「父上!!」


 五金総帥の声が聞こえ、そちらの方に顔を向けると総帥は田中さんの肩をかりてこちらまで歩いていた。その後ろにはヒョウガくんもいる。


「“ネオアース“を使ってな」

「ネオアースを?使うってどういう事だ?」


 タイヨウくんは頭にハテナを浮かべながら首を傾げている。私もヒョウガくんも総帥の言っている意味が分からず続きを待った。


「……1度世界がなくなり、1枚のカードが世界を創造したという話は知ってるな?」

「……はい、歴史の授業で習いましたが……」


 ちょっと待て!なんで今その話をする!?このパターンはもしかしてのもしかしてなのか!?そういう感じだったりするのか!?


「歴史では世界を創造すると共に消失した……となっているが実際は違う。世界を創造したカード“ネオアース”は実在しているのだ」

「ちょっと!!」


 やっぱりかああああああ!!というかマジでカードが世界を創造してたのね!?確かにマナとかぶっ飛んだ要素はあるけどさ!!ぶっちゃけ神話的な話かと思ってました!!世界までカードが作るとかさすがカード至上主義の世界ね!!ここまでくると清々しいよ!!


「それ以上は!」

「奴はそのカードを使って精霊界を消滅させようとしている」

「!」

「精霊界が消滅してしまえば世界の均衡が崩れ、ネオアースにも影響を及ぼす。絶対に阻止せねばならん」

「…………」


 お姉さんは総帥の言葉を止めることを諦めたのか、口を閉じている。


「サタンを討伐し、今後サタンのカードを利用する者が現れないよう封印を……ごふっ!」

「父上!?」

「シロガネの父ちゃん!?」


 突然、総帥が血を吐いた。シロガネくんは総帥の側まで駆け寄り、タイヨウくんも心配そうに付いて行く。


「父上!無理しないでください!後は僕達に任せて、どうか休んで下さい!」

「そんな暇はない。まだやるべき事がーー」

「おい」


 先輩の低い声が響く。総帥は途中で言葉を止め、先輩の方を向いた。


「怪我人がしゃしゃんな。邪魔だ」

「お前!!」

「待ちなさい」

「センリさんっ!!」


 シロガネくんがまた先輩に掴みかかろうとするのをお姉さんが止める。お姉さんは首を横に振り、暫く見守るようにと促した。


 先輩と総帥は無言で睨み合う。しかし、それは長くは続かなかった。総帥は先輩から視線を反らし、何かを考えるように目を瞑ったかと思うとゆっくりと瞳を開いた。


「……そうだな。少し、休ませてもらおうか」


 あの数秒で総帥なりに結論を出したのだろう。総帥はそのままシロガネくんとクロガネ先輩の名前を呼んだ。先輩達の名前を呼んだ声は、いつもの総帥では考えられないような、どことなく優しい音を含んでいるように感じた。


「五金としての価値を示せ」


 しかし、2人に対して放った言葉はいつもと同じ冷たい言葉だった。確かに優しい声音が混じっていたのに、いつも通りの言動。いつも通りの態度だった。そのまま総帥は田中さんの肩を借りてゆっくりとアイギスの方へ歩き出す。


 なんだこの親子。色々と回りくどすぎないか?素直に心配だから休んで欲しいと言えば良いのに。そんで総帥も素直にありがとうって言えば良いのにどんだけ捻くれてんだよ。もしかして、家族関係が色々とアレなのはあの性格のせいだったり?私の憶測に過ぎないが、多分、半分くらいはそんな感じがするぞ。


 なんだか何とも言えない雰囲気になったが、お姉さんが仕切り直すように手を叩き、みんなの注目を集めた。


「総帥の言う通り、サタンを2度と悪用されない為には倒した後に封印をする必要があるわ。……本当はワタクシが行きたいところだけど、結界の都合上、これ以上動けないの……だからマナの力が使える人材でサタン討伐チームと封印チームに分かれてもらうわ」


 お姉さんは右手で三本の指を立てる。


「3人までならサタン討伐チームとして送る事ができるわ。適任は……晴後タイヨウ」

「!お、俺!?」

「貴方が適任ね。貴方のマナ保有量ならサタンのマナにも負けないはずよ。残り2人は貴方の判断に任せるわ。必要とあればうちからも人を出すから心配しなくてもいい、けど!五金クロガネ、アンタだけはダメよ。黒いマナはサタンにプラスに働く可能性があるから余計なことはぜずにじっとする事!いいわね!?」


 お姉さんがビシッとクロガネ先輩を指で差しながら言うが、先輩は興味なさそうに武器を担ぎ直している。これ大丈夫かと心配になるが、お姉さんはその反応に慣れているのか、それ以上追求する事なく続けた。


「封印チームはマナコントロールが上手い子にお願いしたいんだけど……」

「あ、じゃあ私が行きます」


 私が手を挙げると、お姉さんは私を見てサタンとマナを循環させた子ねと呟いた。


「マナコントロールなら自信あります」


 ケイ先生が絶賛していたし、多分、この中で一番上手いのは私だ。サタンとのマナの循環にも成功しているし、私が適任だろう。なにより、サタンとドンパチは嫌だ。どうせ巻き込まれるなら後方支援がいい。


「けど、封印の仕方は分かりません」

「解いた時と同じよ。贄の祭壇でマナを循環させれば精霊界にあるサタンの封印が作動するはずだから、タイミングを見て循環してくれればいいわ。後はワタクシがどうにかする」

「分かりました」


 先輩はサタン討伐チームには加われないし、私が行くなら封印チームに来るだろう。先輩の出鱈目すぎる力は知っているし、来てくれるなら百人力だ。というか、既に横に張り付かれているし、連れて行く以外の選択肢はなさそうだ。……うん、その気持ちはありがたいけど、頼むから距離は空けてくれない?怖いんだよ。


「タイヨウ」


 討伐メンバーはどうするのだろうとタイヨウくんの様子を伺っていると、ヒョウガくんが1歩前に出ながら俺も連れて行ってくれと頼んでいた。


「父さんが招いた事態だ。……家族として、奴の息子として止めたい。だから……」

「いいぜ!一緒に行こう!ヒョウガ!」

「!あぁ、ありがとう」


 タイヨウくんが笑顔で頷くと、ヒョウガくんがタイヨウくんの方へと向かう。


 まぁ、このメンバーだと絶対にヒョウガくんは確定だよね。後1人も誰かなんて考えなくても分かる。


「シロガネ!」


 ほらね。やっぱりシロガネくんだった。


「一緒に来てくれないか?」

「……僕は」


 シロガネくんの歯切れの悪そうな態度に、妙だなと眉を顰める。普段のシロガネくんなら自分から行きたいと言いそうなのに、随分とらしくなかった。


「気持ちは嬉しいよ。でも、君の足を引っ張るくらいならここに残る。無理に僕を誘わなくてもセンリさんからもっと優秀なーー」

「無理なんかしてねぇ」


 いつものシロガネくんとは思えない弱気な発言だな。……もしかして、精霊狩りワイルドハントで何かあったのだろうか?もしくは、マナ石を破壊する時のタイヨウくんの相手はシロガネくんだったし、その時だろうか?


「お前だからいいんだ」

「タイヨウくん……」

「だから頼む!お前の力を貸してくれないか?……もちろん、嫌だったら断ってくれもいい」

「嫌だなんて!!喜んで同行するに決まってるじゃないか!」

「そっか!なら良かった!……さんきゅーな、シロガネ!」

「……僕の方こそ、本当にありがとう。タイヨウくん」


 シロガネくんは嬉しそうにタイヨウくんの側へと駆け寄る。


 あの2人の間に何があったのかは分からないが、丸く収まっているなら無理に掘り返してもやぶ蛇になる。そっとしておいた方が良いだろう。


「じゃあメンバーはこれで決まったと言うことで良いかしら?」

「あぁ!いつでもサタンの元へ送ってくれ!」


 タイヨウくんが笑顔で答えると、お姉さんはフッと表情を緩めながら分かったわと答えた。


「エンラ」

「はい。センリ様」

「え!?エンラ!?」


 突然現れたエンラくん。もしかしてと首を横に動かすと、当然のようにアボウくんとラセツくんもいた。アボウくんはまたあったなと軽く手を振っている。


「あら?知り合い?」


 お姉さんが小首を傾げながらエンラくんに問うと、エンラくんは肯定するように頷いた。タイヨウくんもエンラは友達だと同意する。


「ふーん。それなら話は速いわね。エンラ、話は聞いていたでしょう?後は頼むわよ」

「はい。承知いたしました」


 エンラくんとお姉さんの様子に、やっぱり三大財閥関係者だったかと1人納得する。SSSCでマナが使えるようになったにしては手慣れてたしね、財閥関係とは分かっていたけどローズクロス家ではなくて安心したよ。


「じゃあ、センリ様の変わりに僕が転移させるけど、準備はいいかな?」


 エンラくんの言葉に3人とも頷いた。エンラくんはそれじゃあと言いながらマナを使って転移魔法を発動させる。


 きっと、これが最終決戦になるのだろう。タイヨウくん達なら心配ないと思うが、何か一言ぐらいは伝えたい。


「みんな!!」


 私は3人が消える前にと呼びかける。


「そっちは任せたよ」


 こっちは心配しなくてもいいからと、思う存分暴れてきてくれと言った気持ちを伝えるように拳を差し出す。すると、タイヨウくんとヒョウガくんも拳を出して応えてくれた。そして、意外な事にシロガネくんも目立たないように拳を作っている。


「サチコも気をつけろよ!」


 そのタイヨウくんの言葉と同時に3人の姿が消えた。サタンの元へ行ったのだろう。ならば次は私達の番だと気合を入れた。


「よっす!お前らは俺についてくるじゃん!贄の祭壇は転移できねぇから道中は俺等でーー」

「必要ねぇ」

「ちょっ、先輩!?」

「祭壇までのルートは分かってる。足手纏いだ。失せろ」


 おまっ!?せっかくのアボウくん達の好意を!!ほら!先輩がそんな態度だからアボウくん怒ってんじゃん!眉毛ピクピクさせてんじゃん!あの子煽り耐性ないんだから不用意な発言はやめてくれ!


「せ、先輩!そんな事言わずに!道中何があるか分からないし、アボウくん達がいてくれた方が心強いですよ!」

「俺がいりゃ十分だ。あんな奴いらねぇ」 

「へぇー?言ってくれるじゃん」

「先輩!!」


 不味い!不味いぞ!このままだとアボウくん達が付いて来てくれなくなる!!戦力はあるに越したことないだろ!!何がなんでも付いて来てもらうぞ!


「アボウくん達の実力は確かです。戦った私が保証します」

「……」

「サタンの討伐と封印はマストです。何が起こるか分からない現状、懸念事項をなくす為には戦力はあるに越した事ないでしょう?」

「けどよ」

「先輩」

「…………サ、チコがそう言うなら」


 先輩は渋々だが納得してくれた。よし、これで戦力は確保した。本当に先輩だけで十分そうなら他に回してもらえばいいし、問題ないだろう。


「おい、てめぇら。あんまサチコに近づくなよ」

「は?急にどうしたじゃんよ?」

「話かけんのも駄目だ。つぅか視界にも入れんな、サチコが汚れる」

「何言ってんだお前。意味分かんねぇじゃん」


 本当にな。こら、変な言いがかりはやめなさい。2人とも困ってるでしょうが。


 先輩のいつもの独占欲に不安を抱くが、何とかなるでしょうと無理やり切り替えて贄の祭壇まで向かうことにした。

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