ph88 ヒョウガVSコユキーsideヒョウガー

 青黒い光が収まり、ゆっくりと瞼を開くと、目の前には懐かしい相棒の姿があった。


「ニーズ、ヘグ?……ニーズヘグなのか!?何故お前がーー」

「説明は後だ!我のスキルを使え!」

「なっ!?出来ない!姉さんを傷つけたくない!!」


 相手を威嚇するように大きな翼を広げていたニーズヘグは、俺がスキルの使用を拒むと、鋭い目を更に吊り上げた。


「我を信じろ!今スキルを使わねば後悔するのはキサマだ!!姉を助けたいのだろう!?」

「っ!?」


 青黒い光によって攻撃を止めていたスノーメイデンが動き出す。迷っている時間はなさそうだった。


「ヒョウガ!!」

「お、れは!MP2を消費してニーズヘグのスキル、呪縛の鎖を発動!」


 突然現れたニーズヘグ。その真意は分からない。が、ニーズヘグの自信に満ちた態度に、何か策があるのだろうと元相棒を信じる事にした。


「相手モンスター1体を選択し、そのモンスターの攻撃力を1まで下げる!そして、下げた数値分の攻撃力をニーズヘグの攻撃力に加算する!」


 スキルの効果により、スノーメイデンの攻撃力が10から1まで下がり、ニーズヘグの攻撃力が13まで上がった。そして、攻撃を受け、氷龍の宝玉の効果で反撃が発動する。


 残り体力が12だったスノーメイデンはこの反撃を受けきれない。確実に消滅するだろう。ならばと、俺は少しでも姉さんに与えるフィードバックのダメージが軽減されるよう必死にマナ操作を行った。


「ひょ、うが……」


 マナ操作に集中していると、スノーメイデンの声が聞こえた。俺はその声に弾かれたように顔を上げると、スノーメイデンは消えそうになりながらも、どこか付き物が晴れたように微笑んでいた。


「あり……が、とう」

「スノーメイデン!?俺が分かるのか!?お前達に一体何が……」

「おねがい……こゆきを……止め、て……」

「スノーメイデン!!」


 自我を取り戻したであろうスノーメイデンは、俺に姉さんを止めて欲しいと願いながら消滅した。消えゆくスノーメイデンを見送る事しか出来ず、何とも言えない気持ちになりながら強く拳を握った。


「私はMP1を消費して手札から魔法カード、雪魄を発動。相手からダメージを受けた時、そのダメージ分のMPを得る」


 マナ操作がうまくいったのか、姉さんはフィードバックの影響を受けてないようだった。俺はその事にホッと息をつきながらフィールドを確認する。スノーメイデンが消滅した今、姉さんの場にいるモンスターはコキュートスのみだ。反撃も3回以上行われた。これでレベルアップの条件が揃ってしまったと気を引き締めた。


「コキュートス、レベルアップ」


 姉さんがコキュートスのレベルアップを宣言する。俺は警戒を強め、身構えた。


「冥界の最下層にありし氷塊の川よ。叛逆の罪を犯し愚者に罰を与えん」


 黒いマナがコキュートスを覆い隠す。そのおぞましいマナに冷や汗が流れる。


「進化せよ。レベル4、氷獄の番人コキュートス」


 俺の目の前に、禍々しいマナを纏ったコキュートスが現れた。俺の知ってる姿とは全く違う、変わり果てた姿となったコキュートスに衝撃を受ける。


 なんだこの姿は?俺の知っている氷獄の番人コキュートスではない!?一体どうなっているんだ!?


「コキュートス!!その姿は……」

「私のフェイズは終了です」

「くっ……俺のフェイズだ!ドロー!」


 コキュートスの瞳が無機質なモノに変化している。暖かさを失った冷たい瞳は、様子のおかしい姉さんと全く同じだった。


 コキュートスも姉さんと同じ様に操られてしまったのだろうか?それとも、あの恐ろしい姿が関係しているのか?


 いくら考えても答えは出ない。俺はカードを手札に加えながら、思考を切り替えようとニーズヘグの方へと顔を向けた。


「ニーズヘグ」

「なんだ」

「何故……いや……」


 どうして俺の元に戻ってきてくれたのだという言葉が口から溢れかける。しかし、そんな時間はないと、それはマッチの後にいくらでも聞ける。今は姉さんの事に集中すべきだとその疑問をぐっと飲み込んだ。


「姉さんを助けるにはどうしたらいい?」


 ニーズヘグは姉さんを助けたいならばスキルを使うべきだと言っていた。もしかしたら姉さん達の事について何か知っているかもしれない。そう、期待する気持ちを抱きながら、ニーズヘグの返答を待った。


「……今のキサマなら、コキュートスの黒いマナがわかるだろう?」


 ニーズヘグの言う通り、コキュートスは禍々しい黒いマナを纏っていた。


「キサマの姉はあのマナに囚われている。救いたければ、コキュートスを倒すしかない」

「どういう事だ」

「……冥界川シリーズの精霊はサタンを封じるために、サタンのマナを使って人工的に産み出された人工精霊だ」

「人工精霊だと?」


 ニーズヘグの人工精霊という言葉に、そんなモノ聞いたことがないと眉を潜める。


「人工精霊に感情はない。無論、己の力を抑えるなんて思考も持たない。命ぜられるがままに動く事しかできない紛い物の精霊だ」

「感情が、ない?」

「サタンのマナから生まれた精霊は、サタンのマナを有している。冥界川の加護を持つサモナーは、同様に黒いマナを持つ者でなければ本来の精霊諸共、精神が汚染されてしまうだろう……精神汚染から救い出す為には、その元凶をサモンマッチで倒すしかない」

「そんな筈はない!!」


 俺はニーズヘグの話が信じられなくて叫んだ。


「コキュートスが紛い物だと!?そんな事あるわけない!コキュートスは感情のある精霊だ!共に1年を過ごした俺には分かる!」

「ならば問うが」


「コキュートスはキサマの意思に反する行動を取った事はあるか?好きなものをせがんだり、自らの意思を発した事は一度でもあったか?」

「それくらいーーっ!」


 俺は言葉に詰まった。どんなに思い返しても、そんな事は一度もなかったからだ。


 それどころかコキュートスの嗜好品、趣味、嫌悪するモノを何一つ知らなかった。1年も共にしていたのに、俺はコキュートスの事を何も知らなかったのだ。


「感情があるように装い、求められた事に対して反応を示すぐらいならば、人工知能でもできる。なにより、真に感情があるならば、キサマから攻撃を受けて苦しんでいる奴が、キサマを攻撃する時に躊躇いがないのはおかしいと思わないのか?」


 俺は何も言い返せなかった。精神汚染を受けている姉さんとスノーメイデンは、攻撃を受けても何の反応も示さなかった。コキュートスのように、苦しむような反応みせなかったのだ。それが答えだった。


 その事実にショックを受け、自己嫌悪に陥る。絶望で目の前が真っ暗になった。


「フン……だから我は言ったのだ……奴は好かんとな」


 奥深くに沈みかけた思考。ニーズヘグが何気なく呟いた言葉に、俺の意識が引き戻された。

 

 あの時、ニーズヘグはコキュートスを連れるのならば加護を授けないと言って離れた。もしかして、それはサタンのマナによる精神支配を懸念しての発言だったのではないだろうか?ダビデル島から脱出する事を決意した俺は、様々な状況が重なり、余裕がなかった。きっと、当時は何を言われても聞き入れる事が出来なかっただろう。自分以外の全てを拒んでいた筈だ。だからニーズヘグは何も言わず去ったのではなかろうか?


 俺を心配してくれたニーズヘグの思いを踏み躙り、自分に従えることができない精霊はいらないと、酷い暴言を吐いてカードを捨てた過去の行いを恥じた。


「ニーズヘグ、お前……あの時、あんな事を言ったのは俺を守るためだったのか?離れたのも全部俺の為?……すまない、俺は……お前の思いも知らず、最低な事をした」


 罪悪感でニーズヘグの顔が見れない。


「お前を捨てた俺を許して欲しいなんて言わない……けれどーー」

「自惚れるな!!キサマが我を捨てたのではない!我がキサマを捨てたのだ!!キサマの馬鹿さ加減に呆れてな」


 ニーズヘグは仰々しく声を張り上げる。本当にそうしたのだと言わんばかりに鋭い目で俺を睨んだ。


「だが、道端にゴミを捨てたままというのは、いささか不愉快でな……だから拾いに来てやった、それだけの事よ。我の慈悲深さに頭を垂れて感謝するんだな」

「……ニーズヘグ」


 まるで、俺の所業などなかったかの如く言い切るニーズヘグに襲い来る申し訳なさ。けれど同時に、温まる心。


「すまない……ありがとう」

「フン」


 俺が感謝を伝えると、ニーズヘグは気まずそうに視線を反らした。素直じゃない態度は相変わらずだなと、少しだけ表情が緩んだ。


 正直、コキュートスの事も姉さんの事も頭の中で整理が出来ていない。けれど、俺が今なすべき事は理解していた。


「ニーズヘグ」

「なんだ?」


 俺は緊張で手に汗を握りながら、覚悟を決める。


「今回だけでいい……俺に力を貸してくれないか?」

「キサマは我の話を聞いていなかったのか?」


 やはり、こんな図々しい願いを聞き入れてくれる訳がなかったか……しかし、ニーズヘグの力を借りず、コキュートスを倒すことは難しい。何としてでも協力を乞わなければならない。例え、無理強いした事によってニーズヘグと決別する事になろうとも。


「我は捨てたゴミを拾いに来たと言ったのだ……今回だけでいいのか?」

「!」


 あぁ、タイヨウといい、影薄といい……俺の周りはこんなにも優しさで溢れていた事に今更気づくなんてな……。


「いや……また、俺の元に戻ってきて欲しい」

「フン……そこまで言うのならば仕方があるまい。今度こそ我を失望させるなよ」

「あぁ、勿論だ」


 もう言葉はいらなかった。ニーズヘグと視線を交わし、すっと前を見据えた。



 姉さんのMPは10、手札は3枚。コキュートスの残り体力は16で、六花の杖には2ポイントチャージされている。対して、俺のMPは6、手札は5枚。ニーズヘグの体力は8でウェンディゴの体力は5だ。


 状況は俺がやや不利といった所か……。進化したコキュートスのスキルは厄介だ。発動を避けるためにも姉さんのMPを減らさなければならない。


「俺はMP2を消費して、魔法カード氷塵の鎖を発動!相手モンスター1体のスキルを1つ、使用不可にする!」

「私はMP3を消費して氷獄の番人コキュートスのスキル、氷獄の封印を発動。このフェイズ中、相手は魔法カードまたはモンスタースキルの使用が不可になる。私は魔法カードを選択する」

「俺は道具カード、破氷の槌を発動!フィールド上にあるサークル魔法を1つ破壊する!」


 これで氷の大地を破壊する事が出来た。魔法カードが使用出来なくなるのは痛手だが、サークル魔法の効果がなくなり、氷獄の封印の消費MPは通常の4に戻った。姉さんの残りMPが7から6まで下がる。これで、このフェイズ中に使えるコキュートスのスキルは1回!攻めるなら今だ!


「ニーズヘグ!コキュートスを攻撃だ!」

「私はMP4を消費して、氷獄の番人コキュートスのスキル、断罪の刻印を発動。このフェイズ中、自身のモンスターが攻撃を受けた時、相手フィールドにいる全てのモンスターに反撃する事ができる」

「ならば俺はMP3を消費して、ニーズヘグのスキル呪縛の鎖を発動!相手モンスター1体の攻撃力を1にし、下げた数値分、自身の攻撃力に加算する!」


 スキルの効果により、コキュートスの攻撃力は1になり、ニーズヘグの攻撃力は6になった。


 反撃を受けても耐えられる。更に、残りMPが2しかない姉さんは、コキュートスのスキルも使えない。氷龍の宝玉の効果と氷結魔導銃の追い討ちでコキュートスに大打撃を与えることが出来る!


 感情がない紛い物だと言われても、コキュートスを傷付けるのはあまり気分のいいものではない。しかし、優先順位を見誤るなと、これは致し方のない事なのだと自身を言い聞かせ、氷結魔導銃を構えた。



「私はMP1を消費して魔法カード、氷の貢を発動。MPの代わりに体力を消費してモンスタースキルを使用する事が出来る」

「!?しまっーー」

「私は氷獄の番人コキュートスの体力を4消費して、氷獄の封印を発動。このフェイズ中、相手は魔法カードまたは、モンスタースキルを使用する事が出来ない。私はモンスタースキルを選択する」


 魔法カードの使用で、六花の杖のチャージが3まで蓄積される。ニーズヘグのスキル効果が消え、コキュートスの攻撃力が3に戻った。


 ニーズヘグと氷結魔導銃の攻撃が決まり、コキュートスの体力が魔法カードの効果も合わさって7まで下がる。しかし、スキル効果で反撃を受け、ニーズヘグの体力は5、ウェンディゴの体力が2まで下がった。そして、氷龍の宝玉の効果による反撃、再度効果を発揮した断罪の刻印の効果でニーズヘグの体力は2となり、ウェンディゴは消滅した。


「ぐわああああ!!」


 俺はフィードバックのダメージで体が吹き飛ばされ、壁に衝突する。


 よろけながらも何とか立ち上がり、手札を確認するが、もうこのフェイズで出来る事はない。次のドローにかけるしかなかった。


「くっ……俺のフェイズは終了だ」

「私のフェイズです。ドロー」


 今の俺のMPは1、手札は3、ニーズヘグの残り体力は2だ。姉さんのMPは4、手札は3、そしてコキュートスの体力は2だ。


 モンスターの残り体力は同じであるが、コキュートスはレベルアップの効果で1度だけダメージを耐える事が出来るうえ、MPが4もある。


 俺の手札に防御カードはあるが、コキュートスのスキルを使用されてしまえば終わりだ。しかし、コキュートスからの攻撃を受けてしまえば、ニーズヘグは消滅してしまう。攻撃されたらこのカードを使う他ない。


「……氷獄の番人コキュートス、ニーズヘグを攻撃」

「くっ!俺はMP1を消費して、手札から魔法カード龍の氷壁を発動!相手モンスターの攻撃によるダメージを一度だけ0にする!」

「MP4を消費して氷獄の番人コキュートスのスキル、氷獄の封印を発動。このフェイズ中、相手の魔法カードを使用不可状態にする」


 やはり、氷獄の封印を使われたか!


 魔法カードも使えず、MPが0になってしまった。コキュートスの攻撃から身を守る術は、いくら考えても1つしかなかった。


 その方法が成功するかは分からない。けれど、やるしかない。どうせ意地でも成功させなければここで終わる。ならばソレに賭けるしかないだろう。


「ニーズヘグ!マナを循環させるぞ!レベルアップだ!」

「我のレベルアップか……面白い。失敗は許さんぞ!」


 ニーズヘグがマナを放出する。俺は瞼を閉じて、マナの流れに集中した。


 影薄と初めて繋がった感覚を、コキュートスをレベルアップさせた感覚を思い出しながら神経を研ぎ澄まさせる。


 お互いのマナが絡み合い、確かな手応えを感じる。そのまま放出し続け、ニーズヘグのマナと俺のマナが繋がった。


「氷の大地に囚われし邪龍よ……」


 マナが膨れ上がっている。これをもっと大きく、ニーズヘグを覆い隠すほど大きく、視覚化できるほど強く!!


「その身に秘めし憎悪を呼び覚まし、罪人の魂を喰らい尽くせ!!」


 ーーーーいける!


「進化せよ!レベル4、終末の邪龍ニドヘッグル!!」


 コキュートスの攻撃を受け、ニドヘッグルの体力が4となる。


「反撃だ!ニドヘッグル!」


 この攻撃が当たれば、コキュートスの体力はレベルアップの効果で1になる。そこを氷結魔導銃で止めをさせば俺の勝ちだ!


「私は六花の杖のチャージを3消費してMPを回復。更に、MP2を消費して魔法カード、瑞花の守りを発動。相手の攻撃によって受けるダメージが回復になる」


 コキュートスの体力が2から6に上がる。氷結魔導銃の効果で1ダメージを与えたが、ここで決めれなかったのは痛い。


「私は道具カード、天花を発動。このフェイズ中に回復した数値分のMPを得る。更に、MP1を消費して魔法カード、雪魄を発動。このフェイズ中に受けたダメージ分のMPを得る……私のフェイズは終了する」


 姉さんがフェイズを終了させ、俺のフェイズに変わる。ダメージを回復に変換したモノも加算されるのか、姉さんのMPは3から8になっている。手札は1枚だがコキュートスの体力は5、杖のチャージも2になり油断は出来ない。


 今の俺のMPは3、ニドヘッグルの体力も4残っている。状況は悪くはない。


 後は全てこのドローにかかって……!?


 カードをドローしようとした瞬間に訪れる地震。体勢が崩れないように堪えていると、視界に入ったモノに絶句した。


「なんだあれは!?」


 俺が見たモノ。それは、マナ石からマナでできた黒い触手のようなモノが、俺達に向かって吹き出している光景だった。







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