ph87 ヒョウガVS???ーsideヒョウガー
転移魔法によって飛ばされた場所は鉱山エリアだった。マナ石は何処だと辺りを見渡すが、周囲は岩壁に囲まれており、進めそうな道は目の前にある底の見えない大穴しかなさそうだった。
俺はその大穴を覗き込みながら、この穴を下りる手段を熟考する。そして、たどり着いた策を講じる為、1枚のカードにマナを込めた。
「…………ニーズヘグ」
マナを込めて実体化させたカードは、ニーズヘグというモンスターカードだ。実体化したニーズヘグは、無機質な目で俺を見ている。その意思のない姿を視認し、SSSC前に確認したい事があると刺刀ケイに呼び出され、「君の本来の精霊はどのカードなんだい?」と問われた時の事を思い出した。
俺はコキュートス以外に精霊の宿るカードは持っていないと答えたのだが、刺刀ケイから「そのカードは
どう返答するべきかと思考したが、刺刀ケイの確信に満ちた顔を見て、誤魔化すことは出来ないと、俺は観念するようにニーズヘグの事を話したのだ。
今は精霊が宿るカードはコキュートスしかいない。しかし、昔はニーズヘグという精霊が自身の側にいた事。そして、コキュートスを盗み、
ダビデル島から逃げる際、突然、ニーズヘグからコキュートスを連れるのならば自分は加護を授けるのを止めると言われたのだ。その理由は今でも分からない。けれど、俺はニーズヘグの言い分に対して、当て付けのようにその言葉を受け入れた。
そんな俺の返答が気に入らなかったのか、ニーズヘグは憤慨しながら去っていった。俺もニーズヘグに背を向けて、振り返る素振りは一切見せずに走った。あの時の俺は父さんを止める事に必死で、ニーズヘグの思いを汲み取る事が出来なかったのだ。
今さら、コキュートスを奪われたから戻って来て欲しいなんて虫が良すぎる事は言えない。けれど、ニーズヘグは俺が一番使っていたカードだ。今までは意図的に使うことを避けていたが、コキュートスと戦うのならば、このカードを頼らざるを得ないだろう。
「……すまない、ニーズヘグ」
俺に使われるのは嫌かもしれんが、今だけは許してくれ。
そう心の中で懺悔しながら、俺はニーズヘグの背に乗り、大穴の中へ飛び込んだ。
大穴の中を進むと、大きなバトルフィールドが描かれた場所にたどり着いた。岩壁の中に埋まる、沢山の鉱石の中でも不自然に大きく輝く石があった。恐らく、アレがマナ石なのだろう。そして、マナ石の直ぐ側には黒いフードを目深に被った人物。
俺は地面に向かって飛び降りながらニーズヘグを消し、黒いフードの人物と向き合った。
「コキュートスを返して貰おうか」
黒いフードは何も言わない。無言で
奴は俺が構えるの見計らい、カードにマナを込めてモンスターを召喚した。
「コーリング!コキュートス!スノーメイデン!!」
「……スノーメイデンだと?」
俺は奴の召喚したスノーメイデンをじっと観察するが、感情の色が宿っていない目に杞憂だったかと安堵する。
よりによってスノーメイデンとは、やりにくいモンスターを使う相手だなと思いながら俺もモンスターを召喚した。
「敵を凍てつくせ!!コーリング!ニーズヘグ!ウェンディゴ!」
「レッツサモン!!」
どちらともなく宣言した試合開始の合図。俺は自身の足元の魔法陣が回っている事を確認し、先攻は自分かとデッキからカードをドローした。
「俺は手札から装備カード、氷龍の宝玉をニーズヘグに装備!ニーズヘグの攻撃力がプラス1され、攻撃力が3から4に変化する!更にMP1を消費して氷結魔導銃を自身に装備!」
コキュートスのスキルは熟知している。無論、進化後のスキルもしっかりと覚えている。相手が何を仕掛けてこようがこの手札なら対処出来るだろう。
自分の手でコキュートスを傷つけるのは憚れるが、やむを得ないと覚悟を決める。
「バトルだ!ニーズヘグ!コキュートスを攻撃!」
ニーズヘグの攻撃が成功し、コキュートスの体力が15から11に減る。
「MP3を消費してコキュートスのスキル不義への断罪を発動。自身のモンスターが攻撃を受けた時、反撃する」
予想通り、相手は不義への断罪を発動した。ニーズヘグの体力が15から12になるが、俺はそれを待っていたと銃を構えた。
「俺は氷結魔導銃の効果を発動!レベル3以上のモンスターの攻撃が成功した時、追加ダメージ1を与える!更に、氷龍の宝玉の効果を発動!」
コキュートスで使用していた時は、氷龍の宝玉はただの攻撃力を上げるだけの装備カードだったが、ニーズヘグだと違う。氷、竜属性を持っているコイツが使うと更なる効果を発揮できるのだ。
「この装備カードを装備しているモンスターに氷及び竜属性がある場合、相手モンスターから攻撃されてダメージを受けた時、モンスター1体につき一度だけ反撃する事が出来る!!」
不義への断罪は、攻撃を受けた時に相手に反撃するスキルだ。反撃という事は効果ではなく攻撃によってダメージを返しているという事。つまり、氷龍の宝玉の効果対象となる。
「さぁ、ニーズヘグ!もう一度コキュートスに攻撃だ!そして、ニーズヘグの攻撃が成功した事により、氷結魔導銃の効果を発動!追加ダメージ1をくらえ!!」
「ごっ……」
激しい攻撃により、相手は吹き飛ばされた。そして微かに聞こえたコキュートスの辛そうな声にズキリと胸が痛むが、今は敵なのだ、切り替えろとその気持ちを追いやるように頭を振った。
コキュートスの体力が5になっても何も仕掛けてこないという事は、相手の手札には俺の攻撃から身を守るカードないのだろうと確信し、これはチャンスであると自分を奮い立たせる。
これ以上コキュートスを苦しめない為にも、後一撃で決めようとニーズヘグのスキルを発動仕掛けるが、視界に入った黒いフードの素顔に驚き、反射的に発動を止めてしまった。
体を起こす時に外れたのだろうフードの下には、俺と同じ色の長い髪が隠れていた。そして、目頭よりも垂れ下がった目尻に青い瞳。自分の記憶にあるような優しげな表情ではなかったが、無感情に俺を見つめるその顔には見覚えしかなかった。
「ねぇ……さん……」
氷川コユキ。俺と血を分けた姉弟。俺の実姉。俺の助けたかった人がコキュートスを奪った人物の正体だったのだ。
何故姉さんはこんな計画に加担しているんだ?そもそもステュクスはどうした?どうして姉さんがコキュートスの加護を?姉さんはステュクスの加護を受けていたのに何故?そんな色んな疑問が沸いては、言葉にする前に消えていく。それでも何か言わなければと、混乱する頭で絞り出した言葉は……。
「よかった……無事、だったんだな」
姉が生きていた事に対する安堵の言葉だった。
「姉さん!俺、姉さんを助けに来たんだ!もう姉さんを置いていったりしない!今度こそ一緒に行こう!」
一度口にするともう止まらなかった。姉さんを助けにきたと、姉さんを迎えにきた事を伝える為に、考える事を放棄し、纏まらない言葉のまま叫び続ける。しかし、何故か姉さんからの反応が全くない。
「ねぇさん?」
一言も言葉を発さない姉さんに不安を抱き、更に問いかける。
「どう、したんだ?姉さん。まさか俺が分からないのか?俺だ!ヒョウガだ!姉さんの弟の氷川ヒョウガだ!」
姉さんは俺の必死な呼び掛けに何も答えない。もの言わぬ人形のように、無表情のまま俺を見つめ、じっと動かなかった。
そんな姉さんの異様さに、冷水を浴びせられたようにスッと冷静さを取り戻した俺は、
そう言えば、影薄が敵のマナによって五金シロガネが操られている可能性があると言っていたな。まさか、姉さんも五金シロガネのように操られているのだろうか?
そう思考を巡らせるが、情報が少なすぎる。とにかく今は迂闊な事は出来ないと、これ以上姉さんを傷付けない為にもフェイズを終了させた。
俺のフェイズの終了宣言を聞いた姉さんは、カードを1枚ドローする。
「私は手札からサークル魔法、氷の大地を発動させる。効果はフィールド上にいる全ての氷属性モンスターのスキル使用時、消費MPを1軽減する。そして、MP1を消費してスノーメイデンのスキル、雪国からの贈り物を発動。デッキから道具カードを1枚手札に加える。加えるカードは不香の花」
姉さんは機械的に、淡々と喋る。
「手札から道具カード、不香の花を使用。モンスター1体の体力を自身の残りMP分回復させる。私はコキュートスを選択して体力を4回復させる」
これで、コキュートスの体力が5から9まで回復した。
「更に、MP1を消費して六花の杖を自身に装備」
姉さんは杖の先端をニーズヘグに向ける。
「コキュートス、ニーズヘグを攻撃」
コキュートスがニーズヘグに向かって攻撃を仕掛ける。
くっ、このままダメージを受けてしまえば、氷龍の宝玉の効果で反撃してしまう!
「俺はMP1を消費して、手札から魔法カード龍の氷壁を発動!相手から攻撃により受けるダメージを1度だけ0にする!!」
これで攻撃によってダメージを受ける事は防げた。コキュートスは反撃を受けない!
「私は六花の杖の効果を発動。魔法カードが使用された時、1ポイントチャージされる。更に、MP1を消費してスノーメイデンのスキル、溶けゆく愛を発動。このフェイズ中に自身のモンスターが回復した数値分、攻撃力を加算する」
スノーメイデンの攻撃力が1から5まで上がる。
「スノーメイデン、ニーズヘグを攻撃」
またニーズヘグだと!?反撃を喰らうのに何故狙う!!
「俺はMP1を消費して手札から魔法カード、氷塊の依り代を発動!攻撃対象をニーズヘグからウェンディゴへと変える!……ぐっ!!」
ウェンディゴがスノーメイデンに攻撃され、体力が10から5まで減る。俺はフィードバックの痛みを堪えながらスノーメイデンの方へ顔を向けた。
「スノーメイデン!!」
俺はスノーメイデンの名を叫ぶ。スノーメイデンは姉さんの本来の精霊だ。彼女から何か情報を得ることは出来ないかと呼び掛けるが、姉さんと同じ様に全く反応しない。
スノーメイデンも操られているのだろうか?あの無機質の目はまるで精霊の宿っていない通常のカードのようだった。もしかして、彼女も他の精霊のように、サタンのマナ供給源として捕らわれているのだろうか?
「魔法カードが使用された為、六花の杖に1ポイントチャージする。私はこれでフェイズを終了する」
姉さんのフェイズが終わった、俺のフェイズになりカードをドローする。
「スノーメイデン!少しでも意識があるのなら答えてくれ!お前達に何があったんだ!?姉さんは何故こんな事をしている!?」
スノーメイデンは何も答えない。やはりダメだったかと唇を噛み締めながら手札にあるカードに触れる。
「……俺は、手札から道具カード流氷を使用してデッキからカードを2枚ドローする」
手札が4枚になり、MPは5も回復している。しかし、どうしても姉さんを攻撃する事が出来ない。
「……俺のフェイズは終了だ」
「私のフェイズ、カードを1枚ドローする」
くそっ!こんなことしていても、どうにもならない事は分かっている!分かっているんだ!でも、どうすればいいのかが分からない……。今の姉さんは正常ではない。恐らく、話し合う事も不可能だろう。姉さんを倒さなければ、サタンが実体化してしまう。サタンを完全に実体化させない為には姉さんを倒さなければならない。でも!……いやだ。そんな事はしたくない。姉さんを傷付けたくない!
「私は六花の杖の効果を発動。チャージポイントを2消費して、自身のフィールドにいる全てのモンスターの体力を2回復する」
コキュートスとスノーメイデンの体力が回復していく。コキュートスの体力は11まで回復し、スノーメイデンの体力は12となった。
「コキュートスでニーズヘグを攻撃」
「なっ!?」
今の俺の手札には、相手の攻撃をいなすカードはない。ニーズヘグは攻撃を受け、体力が9まで減った。同時に、反撃の為に動き出す。
「ニーズヘグやめろ!ニーズヘグ!!」
姉さんを攻撃しないように呼びかけるが、カードの効果は自動で発動する。ニーズヘグの攻撃を喰らい、フィードバックで飛ばされる姉さんと、苦しむコキュートス。
「あ、あ……やめろ……やめてくれ!!」
勝手に動き出す右腕。氷結魔導銃がニーズヘグの攻撃に反応し、効果を発動する。カードの効果を止める事はできない。勝手に標準を合わせる腕、引き金にかかる人差し指。
「いやだ……動くな……動くな動くな動くなうごくなうごくなあぁあああああ!!」
必死に抵抗するが、意味はなかった。無情にも弾丸はコキュートスを貫き、姉さんに追い撃ちをかける。
攻撃の余波で吹き飛ばされる体。脱力している四肢。無意味だと知りつつも、気づけば姉さんに向かって手を伸ばしていた。
「姉さん!!」
当然のようにこの手は届かない。もう立ち上がらないで欲しい。そう心から願うのに、フラつきながらも姉さんは立ち上がる。
「わ、たしは……MP2を消費して魔法カード天花の光を発動。ダメージを受けたモンスターの体力を元に戻す」
コキュートスの体力が6から11に戻る。
「私はMP1を消費してスノーメイデンのスキル、溶けゆく愛を発動。このフェイズ中、自身のモンスターが回復した数値が攻撃力に加算される」
姉さんのモンスターは六花の杖の効果で4、天花の光の効果によって5も回復している。スノーメイデンの攻撃力は合計で9上がり、攻撃力が1から10へと増加した。
「スノーメイデン。ニーズヘグを攻撃」
「っ!?」
まずい、ニーズヘグの残り体力は9だ。この攻撃を受け切る事は出来ない。
ニーズヘグが倒されてしまえば、俺のフィールドに残るモンスターは残り体力が5のウェンディゴだけになる。そうなればこのマッチでの勝ち筋は完全になくなるだろう。
方法がないわけではない。攻撃を防ぐカードはないが、ニーズヘグのスキルを発動させればこの窮地を切り抜ける事はできる。しかし、ニーズヘグのスキルを発動させてしまうと、スノーメイデンは消滅してしまうだろう。
自身の精霊が消滅しまうと、受けるフィードバックは相当なモノだ。マナ使い同士ならば尚更だろう。虚弱体質で、体の弱い姉さんがその痛みを耐えられるだろうか?
スノーメイデンの攻撃が目前まで迫る。どうする?スキルを発動させる?させない?何が正しいのか分からない。
サタンの実体化を止めなければならない。でも、その為に姉さんを犠牲にする事は出来ない。
どうする?どうすればいい?俺が取るべき行動は?何が最善で何が最悪だ?俺は何をすればいい?あぁ、ダメだ……何も分からない……。
俺は思考を放棄するように氷結魔導銃を下ろした。
俺がマナ石の破壊を失敗したとしても、他のマナ石が破壊されたならば、サタンの完全なる実体化を防げるのではないだろうか?ならば俺が姉さんを倒さなくてもいいのでは?
姉さんを傷つけるぐらいならば、俺が傷ついた方がいい。フィードバックの痛みを受けても俺ならば耐えられる。今ここで俺が負ければ全てが丸く収まるのではないだろうか。
そうだ。その通りだ。その方がいい。
俺はニーズヘグのスキルを発動させる事をやめ、そっと瞼を閉じた。きたる痛みを受け入れるように力を抜いた瞬間。
「全く……見ていられんな」
「!?」
突然聞こえた懐かしい声に目を見開く。しかし、青黒い光がフィールドを覆い、その懐かしい声の正体を確認する事は出来なかった。けれど、さっきとは違った意味で目を閉じながらも、その存在に確固たる安心感を感じていた。
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