ph85 ケイVSアレスーsideケイー


 転移が終わり、目を開けて周囲を確認すると、湖底と思わしき場所に僕は1人で立っていた。地面は大きさが不揃いな丸い石が敷き詰められており、その石の隙間から水草が生えている。上空から差し込む太陽の光によってしっかりと照らされている足元を見るに、水深は深くなさそうだった。そして、目の前には目的である巨大なマナ石が僕を出迎えるようにどっしりと佇んでいる。



 頭上にはドーム状に張られている防護壁シールドがあった。その防護壁シールドによる効果なのか、水の中にいるのに全く苦しくない。ちゃんと肺呼吸が出来ている。この空間だけ人間が活動できるだけの酸素が維持されているようだった。


 マナ石を破壊した後もこの防護壁シールドの効果が続くか分からない。無防備な状態で水中に放り出されたら堪らないと、何が起きても対処出来るように自身の精霊が宿っているカードに触れる。


 そのままカードにマナを注ぎ込んで実体化させようとした瞬間、背後から攻撃魔法の気配を感じた。僕は咄嗟に跳躍して魔法を避け、自身の武器を構えながら後ろを振り返った。


「おや、ドン臭そうに見えて意外と動けるんですねぇ」

「……貴方は?」

「失礼、申し遅れました。私はアレッサンドロ・カリオス。気軽にアレスとお呼びください」


 アレッサンドロ・カリオスと名乗った男は、ゆっくりと一礼しながら不気味な笑顔を浮かべている。


「以後お見知りおきを……と、言いたい所ですが、残念な事に貴方とはここでお別れのようです」

「……そうだね」


 どうやら彼がレーテーの加護持ちのようだ。僕はマナを放出させながら、腕輪にマナを込める。


「僕も残念だよ。知り合って早々、手に掛けなきゃいけないなんて……コーリング!セイレーン!イピリア!アーヴァンク!」

「おやおや、もの凄い自信家のようだ。ではお手並み拝見と致しましょうか。コーリング、レーテー、ウンディーネ」



「レッツサモン!」



 僕の足元の魔方陣が回りだす。先攻は僕のようだ。カードをドローして6枚になった手札を確認しながら、相手フィールド上のモンスターを見る。


 彼のレベルアップモンスターはレーテーであることは確定している。そして、レベルアップの条件は自身のフィールド上のモンスターが1体である場合のみ。ならば、有利にマッチを進める為に先に倒すべきモンスターはレーテー!


「僕は手札から装備カード水の鉤爪をアーヴァンクに装備!攻撃力がプラス1され、アーヴァンクの攻撃力は3になる!」


 アーヴァンクはレベル1にしては珍しい攻撃力2のモンスターだ。レベル1であるため体力が少ないのが難点だが、防御を貫通できるスキルを持っていて、防御行動を無視して攻撃出来るコスパのいいアタッカーだ。


「アーヴァンクでレーテーを攻撃!」


 僕は様子見をかねて攻撃を仕掛ける。アレスは何もしなかった。アーヴァンクの攻撃はそのまま通り、レーテーの体力は12になる。


 カウンター攻撃も回避行動も行わない?わざとか?それとも対抗手段がないのか?


 アレスは不気味な笑みを浮かべており、考えは読めない。けど、今はとにかく攻撃するしかない。


「イピリア!セイレーン!レーテーを攻撃!」


 イピリアの攻撃も通り、レーテーの体力が11まで減った。イピリアに続くように僕の精霊であるセイレーンがレーテーに攻撃しようと尾鰭を振り上げる。


「私はMP3を消費し、レーテーのスキル隠匿を発動!相手モンスターの攻撃を回避し、そして回避に成功した際、その攻撃したモンスターのレベル分のダメージを相手モンスターに与える!」


 しかし、レーテーの体が透明な液体に変化してセイレーンの尾鰭は空振りした。セイレーンは標的を探すように周囲を見渡すが、死角から現れたレーテーが隙をつくように水の刃でセイレーンを切り裂き、ダメージを受ける。


「セイレーン!!うっ!」


 僕はフィードバックの痛みに襲われ、反射的に目を瞑る。


 レーテーは回避スキルを持っているのか。やっかいなスキルだけどカウンターで与えるダメージはレベルに比例している。ならばアーヴァンクで攻めるのが有効だろう。この手札なら、次の僕のフェイズで仕掛けるのがベスト。次のフェイズに繋げる為に今はMPを温存しておこう。


「僕のフェイズは終了だ」

「では、私の番ですね。ドロー!私は手札から道具カード水鏡を使用します!相手フィールド上のモンスター1体を選択し、このフェイズ中、自身のモンスター1体も同じ攻撃力になる。私はアーヴァンクを指定してレーテーに反映させます」


 水で作られた鏡がアーヴァンクの姿を映す。続いてレーテーの姿も移され、レーテーの攻撃力が2から3に変化する。


「さあ!レーテー。アーヴァンクを攻撃なさい!」

「僕はMP3を消費してセイレーンのスキル魅惑の歌声を発動!相手モンスターから攻撃された時、その攻撃対象を相手フィールド上にいるモンスター1体に変更する事ができる!僕は攻撃対象をアーヴァンクからウンディーネに変更させる!」


 セイレーンの歌声がバトルフィールド内に響き渡る。その歌声に魅せられたレーテーは、歌声に操られるまま味方を攻撃し、ウンディーネの体力が7になった。


「僕の歌は気に入って貰えたかな?」

「えぇ、とても……アンコールが出来ないのが残念なくらいにはねぇ!!レーテー!ダブルアタックですよ!セイレーンに再攻撃!」

「僕はMP1を消費してイピリアのスキル鳴き声を発動!相手モンスターに攻撃された時、その攻撃を強制終了させる!」


 イピリアは雷鳴のような激しい声で鳴いた。レーテーはその声に怯み、攻撃の手を止める。


 これで相手の攻撃できるモンスターは攻撃力1のウンディーネのみ!この攻撃は受けても問題ない!



「私は手札からMP1を消費して魔法カード攻忘を発動いたします。自身のモンスターの攻撃が失敗した時、その攻撃を仕切り直してもう一度再攻撃ができる!」


 なっ!?仕切り直しだって!?



「さぁ!もう一度セイレーンに攻撃ですよ!」

「くっ」


 レーテーの攻撃を受け、セイレーンの残り体力が9になってしまった。けど、これぐらいなら問題ない。一番守りたかったアーヴァンクの体力は5を維持している。



「まだ終わりじゃありませんよ!私はMP1を消費して手札から水紋を発動!自身のモンスターの攻撃成功時、その攻撃によるダメージを受けていない相手フィールド上にいる全てのモンスターに同じダメージを与える!」


 しまった!今の僕では効果ダメージは防げない!これでイピリアとアーヴァンクの体力が2になってしまった……けど、僕だってタダで転びやしない!


「僕はMP1を消費して魔法カード還流を発動!相手から効果ダメージを受けた時、そのダメージの半分のMPを回復する!」

「では私はウンディーネでセイレーンを攻撃!そしてMP2を消費してウンディーネのスキル授かる魂を発動!相手モンスターへの攻撃成功時、その攻撃したモンスターのレベル分のMPを回復する!」


 僕のMPは回復して3になり、アレスは4となった。


「私のフェイズは終了です」

「なら僕のフェイズだ、ドロー!」


 さっきの攻防で僕のモンスターの体力はセイレーンが8、イピリアとアーヴァンクが2になった。対するアレスのモンスターはレーテーが11、ウンディーネが7だ。


 体力的には押されているが、僕のMPはフェイズ開始時に3回復して6、手札は5枚もある。


「僕は手札から道具カード、水の結晶を使用する!このカードを使用したフェイズは、水属性のカードを使用する際、消費MPを1軽減する!」


 これで、このフェイズ中は全ての水属性のカードの消費MPが常に1軽減される。予定通り、ここで一気に仕掛ける!


「さらにMP2を消費してセイレーンのスキル、セイレーンの涙を発動!このフェイズ中、自身の全てのモンスターの攻撃力が1上がり、相手から受けるダメージを常時1軽減する!そして、水の結晶石の効果でMPを消費せず手札から魔法カード水のヴェール発動!このフェイズ中、自身のモンスターが相手モンスターへの攻撃に成功する度に体力を1回復する!」

 

 とにかくレーテーを!レーテーを倒さなければ!レベルアップさせる訳にはいかない!


「アーヴァンク!レーテーを攻撃だ!」

「私はMP1を消費して手札から忘我を発動。自身のモンスターが相手モンスターの攻撃対象にされた時、自身の別のモンスターに変更できる。私は攻撃対象をレーテーからウンディーネに変更します」

「なっ!?」

「そしてMP2を消費してウンディーネのスキル水妖の掟を発動!相手モンスターから攻撃を受けた時、受けた分のダメージを相手に与える!」

 

 今のアーヴァンクの攻撃力は4。体力は残り2。セイレーンの涙でダメージ1軽減されてもちょうど0になってしまう。ここでアーヴァンクを失うわけにはいかない!


「僕は水の鉤爪の効果を発動!水の鉤爪を装備しているモンスターの属性に水と獣属性の両方がある場合、MP1を消費してこの装備を破壊し、相手からの攻撃を体力1残して耐える!」


 水の結晶石のおかげで効果を使用してもMPは減らない。アーヴァンクの残り体力は1になるが、水のヴェールの効果で1回復して2に戻った。ウィンディーネの残り体力は3になってしまったので、これ以上ダメージを与えるわけにはいかないとセイレーンとイピリアにレーテーへの攻撃を指示する。


「MP1を消費して手札から魔法カード冥界送りを発動致します。自身のモンスター1体を消滅させ、戦闘を強制終了させる。また、消滅したモンスターの残り体力を自身のフィールドにいるモンスターの体力に加算させ、その消滅したモンスターのレベル分のMPを得る。私はウンディーネを消滅させます」


 冥界送りだと!?くっ、これで相手のフィールドのモンスターはレーテーのみになってしまった!不味い!!


「レーテー!レベルアップです!!」


 アレスの黒いマナがレーテーを覆う。アレスとレーテーのマナが繋がり、循環し始めた。


 ついに来てしまうのか!!


「招かれざる争いの女神の子よ!冥府に誘われた死霊を忘却を持って再生せよ!さぁ進化だ!レベル4、女神の子レテ!!」


 僕の目の前に、禍々しいマナを纏ったレベルアップモンスター、女神の子レテが現れた。


 冥界送りの効果により、僕のモンスターは攻撃できない。そして、今の僕の手札では女神の子レテの体力を削りきる事も不可能だ。ここで下手にMPを消費して、次の相手のフェイズでサンドバッグになるのは避けたい。


 ここは素直にフェイズを終了させるしかないか。



「……僕のフェイズは終了です」

「おや?よろしいのですか?ならばドローさせていただきますよ」


 僕の手札は3枚、MPは4。セイレーンの残り体力は8、イピリアとアーヴァンクは2だ。対してアレスの手札は2枚だがMPは5。そして女神の子レテはレベルアップしたことにより体力が5回復して19となった。


「女神の子レテでアーヴァンクを攻撃!」

「僕はMP1を消費してイピリアのスキル鳴き声を発動!相手モンスターに攻撃をされた時、そのモンスターの攻撃を強制終了させる!」


 女神の子レテはレーテーと同様にダブルアタックが可能だろう。ここでアーヴァンクを倒させる訳にはいかない!なんとしてと止めなければ!!


「私はMP4を消費して女神の子レテのスキル忘却の刻印紋を発動!相手フィールドにいる全てのモンスタースキルを使用不可状態にする!」


 なっ!?僕のフィールドにいる全てのモンスターだと!?じゃあセイレーンのスキルも使えないのか!?


 僕に女神の子レテの攻撃を止める術はない。アーヴァンクの体力が0になり、消滅する。


「更にダブルアタックですよ!女神の子レテ!イピリアを攻撃!」


 イピリアの体力も0になって消滅した。


 僕のフィールドにはセイレーンしかいない。


「そして私はダズトゾーンの冥界送りをゲームからドロップアウトさせ、効果を発動!相手モンスターを倒した時、ダストゾーンにあるこのカードをゲームからドロップアウトさせると倒したモンスターに与えたダメージ分のMPを回復できる!」


 アレスのMPが5になった。これで僕のフェイズでも女神の子レテのスキルが使えてしまう。

 

「これで貴方もレベルアップ条件を満たしましたね!!さぁ、見せてください!貴方のレベルアップを!!」


「僕のフェイズです」


 理由は分からないがアレスは僕のレベルアップを見たいようだった。ギラギラと目を輝かせながら、僕がレベルアップするのをじっと待っている。


 落ち着け……戦況は良くないが、まだ挽回出来る筈だ。慌てず、深呼吸してカードを引こう。


 僕はゆっくりとドローする。これで僕の手札は4。MPは7になった。


「僕は手札から装備カード水魔の弓をセイレーンに装備!装備したモンスターはダブルアタックが可能になる!!更にMPを1消費して魔法カード水の加護を発動!このフェイズ中、自身の水属性のモンスターの攻撃力は自身の消滅した水属性モンスターの合計の攻撃力を加算する!」


 これでセイレーンの攻撃力が5になった。


「セイレーン!女神レテを攻撃!!」

「!?」


 僕がレベルアップをせずに攻撃を仕掛けると、アレスはとても驚いているようだった。


「私はMP4を消費して女神の子レテのスキル隠匿紋を発動します。相手モンスターの攻撃を回避し、回避に成功した際、その攻撃したモンスターのレベル分のダメージを相手フィールド上にいる全てのモンスターに与える。また、相手の攻撃フェイズを終了させます」


 ダメだったか……。セイレーンの残り体力が5になり、攻撃も強制終了させられてしまった。打つ手がない。


 僕は歯を食い縛りながらフェイズ終了を宣言した。すると、アレスは不可解と言わんばかりに眉を潜める。


「貴方、何故レベルアップをしないのですか?」


 その疑問は至極当然だった。こんな絶対絶命の状況、レベルアップしない理由がない。


「まさかとは思いますが……貴方、レベルアップを習得していないのですか?」


 アレスの言葉かグサリと刺さる。図星だったのだ。僕は拳を握りしめながら俯いた。


 あぁ、そうだ。その通りだよ。僕はレベルアップしないんじゃない。レベルアップんだ。


「……だとしたら?」

「なんンンンンンっと嘆かわしい!!期待外れにも程がある!!」


 うん、僕もそう思うよ。子供達にレベルアップ出来なければSSSC参加は認められないと指導していた癖に、僕は習得出来なかったんだから……本当に、自分が情けなくてしょうがない。けどーー。


 僕はスッと顔を上げる。アレスは冷たい目で僕を見下ろしていた。


「もう貴方に用はありません」


 確かに僕はレベルアップを習得出来なかった。状況だって絶望的だ。だけど、それがどうした?そんなモノは関係ない。レベルアップ出来なくても、どんなに負けそうでも、僕は絶対に勝たなければならないんだ。


 アイギスだからじゃない。僕が不甲斐ないせいで巻き込んでしまった子供達を守るために、あの子達にとって少しでも頼りになる大人であるためにも絶対に勝つ!!


 これ以上情けない大人になってたまるか!!



「引導を渡してあげましょう」


 アレスのフェイズが始まる。ここが正念場だろう。僕は絶対に耐えてみせると覚悟を決めるように、キッとアレスを睨んだ。




 

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