ph83 それぞれの敵


 五金総帥に現状報告を求められ、私は連れ拐われてから得た情報を全て話した。


 ダビデル島の用途。サタン実体化の方法。冥界川シリーズの加護持ちがマナ石とやらにマナを込めに行ったことなど、アレスが自白した内容をそのままを伝えた。そして、私がサタンとマナを循環させ、サタンの魂を封印から解き放ってしまった事も全部話した。


 私の話を最後まで聞いた五金総帥は、顎に人差し指を当てながら目を瞑り、何やら考え込んでいるようだった。きっと、現状を鑑みたうえで次の策を講じているのだろう。


「刺刀、サタンが実体化した事による周囲への影響は?」

「……今の所アイギス、警察共に異常の報告はありません」

「ふむ」

「此方から連絡しますか?」

「いや、いい」


 今が切羽詰まっている状況である事は私にも分かる。なのに、総帥は平静を保ったまま、普段通りに、サタンなど些細な問題でしかないと言わんばかりに悠然としていた。その頼もしい姿に、サタンとのマナの循環をあと数分、せめて1、2分だけでも遅れさせる事が出来ていたらと、そう自責の念に駆られる。総帥が間に合うまで耐えることが出来ていたら、この件は簡単に片付いたのではないのかといった考えが浮かんでしまうのだ。


「……すみません。私の力不足でサタンの封印を解いてしまいました」


 今になって、SSSC前の訓練で手を抜いていた事が悔やまれる。こんな事になるなら、真面目にマナの訓練をしておけば良かった。そうしたら、早期に解決する事が出来ていたかもしれないのに。



「一般の参加者のレベルアップも止められず、すみません……私がもっと抵抗する事が出来ていれば……」

「サタンとマナを循環し、生還しただけでも上々だ。貴公に非はない。責任の所在ならば、未然に防げなかった私にある……貴公はよくやった」


 五金総帥は私を責めなかった。それどころか封印を解いてしまった私は悪くないと、自分の責任であると言いきり、心が揺らぐ様子が全くない。


 この人のこういう所は素直にすごいと思う。普通なら狼狽えたり、感情的になるだろう状況で冷静に、淡々と今出来うる最善策を考える事が出来るのだ。しかも、責任も自ら背負い、周囲へのフォローも忘れない。……身内には冷徹だが、上司としては鑑だよ。本当。


 私は自分の拳をキュッと握り、心のモヤモヤを奥の方へと押しやった。そして、五金総帥を見習い、問題解決に集中するように努めた。


「……しかし、マナ石か……なるほど。大体の状況は把握した」


 一通り考えが纏まったのか、五金総帥は顔を上げ、綺麗なお姉さんの方を見る。



「天眼家の当主よ」


 五金総帥が綺麗なお姉さんに声をかけると、そのお姉さんは嫌そうな顔で何よと返事をした。私は五金総帥が呼んだ事でお姉さんの正体を知り、ぎょっと目を見開く。


 えっ!?このお姉さん天眼家の当主だったの!?嘘!?じゃあ今ここに三大財閥のトップが2人いるって事!?何それ緊張するんですけど!?一瞬今の状況が頭からふっ飛んだわ。というかこの人、この見た目で五金総帥と同年代!?えっ!?若すぎないか!?これが美魔女というやつか……取りあえず、失礼がないように注意しよう。権力者に目をつけられて良いことなんて一つもないからな。


精霊狩りワイルドハントが使用した転移魔法の痕跡を追えるか?」

「誰にモノを言ってるの?余裕に決まってるじゃない」

「そうか……ならば、その場所に転移させる事も可能か?」

「……転移したマナ使いと同属性を持ってるマナ使いなら出来るけど?」

「十分だ」


 五金総帥はお姉さんとの話を終えると、毅然とした動作で私たちの方を振り向いた。


「サタンが完全に実体化したのであれば、精霊界と人間界の境界が曖昧になり、ネオアースの至るところに精霊が溢れ、世界が混沌の渦に飲み込まれていただろう」


 ……ほう。


「しかし、まだその気配はない。サタンの実体化が不完全である事は明白。ならば我々の最優先事項は世界の混乱を避けるため、実体化に必要であるマナの供給源を絶ち、サタンの完全なる実体化を防ぐ事だ」


 なるほど?


「先程の情報が正しければ、恐らく、各エリアに設置されたマナ石を触媒とし、サタンにマナを供給している可能性が高い。ならば、実体化を防ぐため早急にそのマナ石を破壊し、捕らえられた精霊を保護しなければならない」


 納得はしたくないけど、理解する事は出来た。


 ずっと精霊界とか人間界とかマナ石とか知らない単語が出てくる度にスルーしてたけど、その名前の通り、精霊界は精霊が住んでる世界で人間界は人間が住んでるネオアースの事を指しているのだろう。空間の歪みで精霊界に行けるという事は、2つの世界は異次元みたいに別れていて、本来ならば交わる事はない。そして、話の流れからマナ石はマナの供給が出来る便利な石ってところか?専門的な事は分からないが、だいたいこんな認識で十分だろう。


 今重要なのは単語の意味ではなく、サタンが完全に実体化してしまうと、精霊界と人間界が混濁してネオアースに精霊がカード関係なしに蔓延っちゃうから大変だよ!止める為にマナ石を破壊しようね!って事が分かればいいのだ。


「捕らえられている精霊の保護に関してはアイギスこちらで手を回しておこう。貴公等にはマナ石の破壊を頼みたい」


 精霊狩りワイルドハントを追うためには、同属性のマナを持つマナ使いでなければならない。時間もないし、全員が別行動になる事は必須。精霊が奪われているヒョウガくんの事が心配になるが、人の心配をしている場合ではない。この流れは絶対、私も精霊狩りワイルドハントと1人で対峙しなければならない。そして、必ず倒さなければならないのだ。サモンマッチというカードゲームの力で。



「刺刀、冥界川シリーズの属性を説明したまえ」

「はっ!全ての精霊に共通する属性は冥界と闇ですが、スティクスのみ闇ではなく光となっています。そして、個々に別けられている属性はーー」


 本当に負けられない戦い。負けたら死ぬかもしれない恐ろしい戦いをしなければならないのだ。私は勝てるだろうか?


「コキュートスは氷」


「プレゲトーンは炎」


「スティクスは大地」


「アケローンは風」


「レーテーは水となっています」


 氷、炎、大地属性の適任者は既にいる。残るは風と水だが、冥界川シリーズはスティクス以外闇属性が入っている。私のメインは影だが闇属性のマナを持っている為、私の相手は風と水のどちらかか、最悪、両方だ。ヒョウガくんも闇属性はあるけど、精霊のいない彼に無理させる訳にはいかない。ならば、必然的に私が戦うことになるだろう。


「……そうか。ならば」


 五金総帥は私達を一瞥すると、迷いなく言葉を発した。


「コキュートスは氷川ヒョウガ」

「……」


「プレゲトーンはクロガネ」

「あ゛?」


「スティクスは晴後タイヨウ」

「!」


 五金総帥に名前を呼ばれ、3人ともそれぞれの反応をみせる。先輩は何やら不満そうだが、ヒョウガくんとタイヨウくんのやる気は十分のようだ。ここまでは予想通り、問題はこれから。


「レーテーは……刺刀、いけるな?」

「はい。水属性ならば僕が合致しています。レーテーの場所には僕が向かいます」


 ケイ先生は水属性だったのか。じゃあ残った精霊は……。



「……アケローンは影薄サチコ、貴公に任せる」


 私の相手は渡守くんか。


 確かに、渡守くんとは戦いたいと思っていた。嘆きの刻印を消すために、自分から声をかけた事もあった。……全ての刻印を刻まれた今となっては渡守くんに拘る必要はないのだが。


 さっきも担がれた時に軽口を言った。もしかしたら精霊狩りワイルドハントの中で一番戦いやすい相手かもしれない。


 けど、思い出される拘束された時の光景。手も足も出ずに地面に押さえつけられた。彼にとって私を殺す事など赤子の手を捻るより簡単なのだろう。そして、サタンの贄としての役目を果たした今、彼は躊躇なく私を殺しにくる。生かす理由がなくなったから。マッチをして負ければ待っているのは約束された確実な死。


 カードゲームで死んでしまうなんて……とんでもない世界に来てしまった。これ負けたら死亡診断書に死因カードゲームって書かれんの?ははっ、なにそれ笑える……現実じゃありえないっての……本当におかしい……おかしすぎるだろ……ははっ……あれ?何で手が震えて……あぁ、もう……ちくしょう……。



 怖いなぁ。


「はぁ!?」


 先輩の怒声が私の鼓膜を刺激する。ハッと戻る意識。顔を上げると、総帥に食って掛かる先輩の姿があった。


「ふざけんなよくそ親父!!サチコはサタンとマナを循環したんだぞ!!なのにんな無茶させられっか!!俺が両方ぶっ殺す!それでいいだろ!!」

「事態は一刻を争う。使えるモノは使うべきだ」

「てめぇ!!」

「先輩!ストップ!」


 先輩の気遣いはありがたい。けど、五金総帥の言葉は正しい。こんな状況で疲れてるから、怖いから戦いたくないなんて甘えは許されない。SSSC参加の有無を聞かれた時、それも全部分かったうえで出場を決意したんだ。怖いけど、逃げたいけど、覚悟は出来てる。


 それに、多分、この人が一番大変な役割を担うつもりだろう。最も危険で、恐ろしい役目を。


「……五金総帥はどうなされるおつもりで?」

「無論、サタンを止める」


 ほら、やっぱり。


「不完全とはいえ実体化しているのだ。誰かが時間を稼がねばなるまい。天眼当主は転移魔法を使用後、被害を最小限に抑える為に周辺に結界を張る必要がある。適任は私しかおらんだろう」


 サタンを止めるなんて大それた役割、私だったら恐怖とプレッシャーに潰されて出来ない。それに、もしも私達が失敗してしまったら、五金総帥は完全体となったサタンを相手にしなければならないのだ。総帥は、それも考慮してサタンをと言っているのだろう。


「分かりました」

「サチコ!」


 もう引き返せないんだ。いい加減、腹を括らなければ。


「大丈夫です。心配しなくても必ず勝ちます。信じて下さい」


 どこまでやれるか分からない。けど、やれる事はやろう。勿論、死ぬつもりはない。全力で生き残ってやる。リアルファイトなら惨敗だが、マッチなら勝機はあるんだ。


 そうだ!絶対に死ぬと決まった訳じゃない!用は勝てばいいんだよ勝てば!死んでたまるかこの野郎!そもそも渡守くんが刻印を刻んだせいで巻き込まれたんだ!!一体全体どうしてくれるんだ!責任とれよこの野郎!!……あれ?そう考えるとなんか腹立ってきたな……絶対に倒してやるから首を洗って待ってろ渡守この野郎!!


 そう心の中で自身を奮い立たせ、先輩と向き合った。


「そうじゃねぇ!俺が嫌なんだ!!」

「先輩、我が儘を言わないで下さい。そんな事を言ってる場合ではーー」

「もうお前が傷付く姿を見たくねぇんだよ!!」


 私の両肩に先輩の手が置かれた。先輩は悲痛そうな顔で私を見つめる。


「サタンが実体化したって聞いて、サチコがもう目覚めないんじゃねぇかって思ったら気が気じゃなかった」


 ……ヤバい。さっきのタヌキ寝入りが相当堪えているようだ。


 先輩に呼び掛けられた時、直ぐに起きなかった事が先輩を追い詰めてしまったのだろう。いや、私も直ぐに起きようと思ったんだ。思ってはいたんだよ!!


 でも仕方がないじゃん!?いろんな情報聞いちゃった手前、下手に起きたら殺されると思ったんだから!!あんな状況で私全然平気ですけど?サタンとのマナの循環?楽勝でしたわー。なんて言えるか!!先輩来た後もなんか物凄い攻防してたし、あの雰囲気で起きれるか!!そりゃ、覚悟を持ってSSSCに参加したけど、基本的に私は凡人なんだよ!!普通に無理だから!!あの状況で咄嗟に割って入るなんて無理だから!!


「あんな恐ろしい思いは二度としたくねぇ……お前から離れたくねぇんだ」

「先輩……」

「お前がいなくなったら生きてけねぇ……」


 ようやく引き離したというのに、再度先輩に抱きつかれ、必死にもがくが離れるどころか腕の力が強まるだけだった。


 ヤバいヤバいヤバい!!心なしか先輩の目からハイライトが消えてる気がする!!ちょっ、待って!!もしかして私先輩のヤンデレスイッチ押した!?押しちゃったのか!?どうしよう!!心当たりがありすぎる!!スイッチの上でタップダンス踊った並みに押した記憶しかない!!


 焦りで冷や汗を流しながら、どう先輩を言いくるめようかと考えていると、後ろから聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「え?何?アンタんとこの息子、あの子とそういう感じなの?そういうアレなの?」

「……」


 違います。本当に違うんで、五金総帥も黙らないで下さい。いやマジで勘弁してくれ!


 誰か助けてぇ!と必死に心の中で懇願していると、その願いが届いたのか、五金総帥がクロガネ先輩の名前を呼んだ。


「あ゛?んだよ。俺は何言われてもサチコから絶対ぇ離れねぇぞ」

「ならばプレゲトーンを倒し、合流すればよかろう」

「ふざけんな。俺は一秒たりともサチコから離れるつもりはーー」

「天眼家の当主」

「はいはい」


 説得は無理だと判断したのか、総帥はお姉さんにアイコンタクトを送り、お姉さんはその合図で持っているカードにマナを込めた。


 そして、薄れる体に問答無用で転移魔法を使用しているのだろう事を悟る。うん、懸命な判断だ。


「あ゛!?くそババア!!てめぇ!!」

「誰がくそババアよ!クソガキィ!!」


 先輩もお姉さんが何をしているのか気づいたのか、お姉さんに突っかかっている。


 流石だな先輩、天眼家の御当主にくそババアなんて……私は逆立ちしても言えないよ。


「お前も五金ならば責務を果たせ。さすれば私は何も言わん」


 総帥は先輩に向かってそう冷たく言い捨てると、サタンを止める為かくるりと背中を向けて歩き出した。


 先輩は抗議する事を諦めたのか、舌打ちをしながら総帥の背中を見送ると、私の方を向いた。


「くそ!サチコ!待ってろよ!直ぐ迎えに行くからな!!絶対に!絶対に無理すんなよ!!」


 先輩は最後にぎゅうと私を力強く抱き締めると消えていった。先輩が無事に転移して行った事にホッと息をつき、さぁ私も行かなければと心に喝を入れる。が、同時に大事な事を思い出し、心底焦る。


 や、やってしまった!!タイヨウくんとヒョウガくんにシロガネくんとヒョウガくんのお姉さんの事について言うの忘れてた!!


 取り敢えず伝えるだけ伝えておこうと2人の方へと顔を向けるが、既に転移した後か、2人の姿は影も形もなかった。


 え?大丈夫かな?マッチの途中で相手の正体に気づいて動揺して苦戦とかしたらどうしよう!?本当にやらかした!!ごめん!タイヨウくん!ヒョウガくん!!絶対に勝つから許して!!


 そう心の中で謝りながら、私は転移を受け入れるように目を閉じた。




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