ph65 影法師が見つけた場所

 展開していたバトルフィールドは消え、ヒョウガくんのMDマッチデバイスに20ポイントが追加された。


「そんな……」


 アボウくんは負けたことが信じられないのか、地面に両手をつき、震えながら四つ這いなっている。ラセツくんは、そんなアボウくんの姿をじっと眺めていた。


「……アボ」「つっっっえぇなお前ら!!」


 ラセツくんが何かを言う前にアボウくんは勢いよく体を起こし、上機嫌に笑いかけてきた。


「弱いって決めつけて悪かったじゃんよ。久しぶりに手応えのあるマッチができて楽しかったぜ」


 ……潔く負けを認めたな。なんか、こう……俺が負けるなんて信じらんないじゃんよ!!みたいなこと言うと思ってたんだが。


「えーっと……紫色の」

「あ、影薄サチコです」

「そうか!影薄サチコ!加護なしって馬鹿にして悪かったじゃんよ」

「いえ、別に気にしなくても」

「ぶっちゃけ、すっげぇ嫌な奴だと思ってたけど、お前の熱いプレイング見て見直したぜ!」

 

 その油断を利用させてもらったし、私の方こそ煽るような発言をしたから、素直に謝られたらちょっと心が痛い。

 

「お前の強さなら絶対加護持ちになれーー」

「マスター!!」

「……は?」

「やべっ」

「マスター!聞いて聞いて〜!!」

 

 影法師はすごく変な場所見つけたんだ!えらい?褒めて褒めて!と言いながら私に飛びついてきた。アボウくんはその光景をポカンと口を開けながら見ている。


「お、お、お、お前!!加護持ちだったのかよ!?」


 アボウくんは私に向かって人差し指を向けながら叫ぶ。


「騙したのか!?」

「……いつ私が加護持ちじゃないなんて言いました?」

「だってお前!マッチ始める前に!!」

「加護持ちじゃなかったとして、と、仮定の話はしましたが肯定した覚えはありませんよ」

「そんなん屁理屈じゃんよ!!つぅことは何か!?俺は精霊不在の相手に負けたってことかよ!!」


 アボウくんは頭を掻きむしりながらしゃがみ込んだ。


 ……流石に申し訳なくなってきたな。誤解させるように仕向けたのは確かだし、変に言い分けせず素直に謝ろう。


「あー……その、流石に言い過ぎまーー」

「完敗じゃねぇか!!」


 おい、何でちょっと嬉しそうなんだよ。アボウくんの情緒が分からん。さっきから落ち込んだり喜んだり忙しないなこの人。


「SSSC……面白くなってきたじゃんよ」


 アボウくんは大袈裟な身振りで立ち上がり、また私たちに向かって人差し指を向けると、不適な笑みを浮かべた。


「影薄サチコ!と……」


 言葉の詰まったアボウくんに対し、ラセツくんが氷川ヒョウガと、ヒョウガくんの名前を呟く。

 

「そう!氷川ヒョウガ!今回は俺らの負けだけどよ、SSSC本戦ではこうはいかねぇじゃんよ!!首を洗って待ってな!!」


 意気揚々と宣言したアボウくんはラセツくんの名前を呼ぶと、ラセツくんはこくりと頷き、2人同時に跳躍した。そして、まるで忍者のような動きでこの場を走り去り、あっと言う間に背中が見えなくなった。


 ……うん。あのさ、ずっと思ってたんだけど、加護持ちのサモナーって身体能力が高すぎる奴多くね?五金兄弟しかり、タイヨウくんたちしかり、どうなってんだよ。


「ふん。何度来ても結果は同じだ」


 腕を組みながら自信ありげに呟くヒョウガくんに、そういうのはいなくなる前に言ってやれよ。なんでいなくなってからカッコつけてんだこの子。と思ったが、何も言わず影法師の期待に応えるように頭を撫でる事にした。


「それで、影法師は何を見つけたんだ?」


 もはや条件反射となって影法師の頭を撫でていたが、ヒョウガくんの言葉に影法師の頭を撫でていた理由を思い出した。そして、便乗するようにヒョウガくんと同じ質問をすると、影法師は大口を開けながらニッコリと笑った。


「とにかくすっごく変な場所!!」













「ここだよー!!」


 影法師に言われるがままついて行くと、変な模様が描かれた扉の前に辿り着いた。周囲の岩壁に紛れるような作りに、一般開放されているような場所ではないことは確かである。


「なんか、すっごく変な感じがする場所なんだ!この向こうからみゃみゃみゃーって気配がある!」

「ヒョウガくん、知ってる?」

「知らん」


 元精霊狩りワイルドハントでその組織のボスと近しい存在であったヒョウガくんすら知らないとは……。これは絶対に何かありそうだ。勿論、悪い意味で。


「どうする?」

「無論、調べる」

「デスヨネー」


 ヒョウガくんは扉に近づき、扉を拳で軽くノックするように叩いている。私は影法師をカードに戻しながら、ヒョウガくんの隣に並び、大きく描かれている模様をじっくりと眺めた。


 なんか、この模様見覚えあるんだよな……どこで見たんだっけ?


 私はその模様に既視感を感じ、引き込まれるように扉に触れた。すると、何故か模様が輝きながら、扉から分離するように浮かび上がり、思わず後退りした。



「!な、何が起こった!?影薄!?」

「いやいやいや!知らない知らない!!」


 ヒョウガくんが説明を求めるように私に視線を向けるが、知らないものは知らん。勝手に模様が浮かび上がったんだよ!!


 私の反応に、本当に心当たりがないと判断したヒョウガくんは、直ぐに頭を切り替え、浮かび上がった模様に触れた。


 躊躇とかないのかこの人と思っていると、模様に触れたヒョウガくんの手が消えて目を丸くした。


 どうやらこの模様はマナで作られた魔方陣だったようだ。しかも、転送系の。


 ヒョウガくんはこの魔方陣を使用しても体に異常がないかを確認するように、腕を出したり引っ込めたりしている。そして、危険はないと判断したのか、振り返りながら私の腕をがしりと掴んだ。


 おい、待てよ。何か嫌な予感がするんですけど!?


「行くぞ」

「本気!?」


 やっぱりか!


 こんな絶対何かありますみたいな所入りたくないんですけど!?私も一緒に行く前提で話を進めるのやめて貰っていいですか!?


「大会はどうするの!?」

「さっきのマッチで俺のポイントは37になった。多少寄り道しても問題ないだろう」

「……あー。じゃあ、二手に分かれない?ヒョウガくんがここを調べるなら、私はポイントを稼ぎにいった方が効率がいいでしょ?」

「駄目だ」


 食い気味に即答するヒョウガくんに、何でだよ!?と叫びたい気持ちを堪える。


「お前はもっと奴らに狙われている自覚を持て。単独行動は許さん」



 じゃあ敵に出くわしそうな場所に連れていこうとするのやめてくれ!行くにしてもせめてタイヨウくんと合流してからにしない!?主人公(仮)不在での行動なんて危険フラグじゃんか!!


 そう嫌だ嫌だと思いつつも、ヒョウガくんの意外にもあった腕力に敵わず、抵抗むなしく引きずられるように魔方陣の中へと入った。











 






 魔方陣の中に入ると、目の前には氷の世界が広がっていた。


 RPGでよくある氷の洞窟のような空間と言ったら分かりやすいだろうか?地面まで凍りついており、気を抜いたら滑りそうな足場に不安を覚える。寒いせいか前髪は少し凍り、吐き出す息は白くなった。火山エリアとの急激な温度変化に風邪を引きそうだ。


「ささささむっ。ここどこ?」


 私が腕を擦りながら辺りを見渡していると、ヒョウガくんは唇に指を当てながら神妙に口を開いた。



「……氷山エリアに来てしまったようだな」

「えぇ!?それは流石に不味くない!?」


 氷山エリアはチーム合計が100ポイントになって入れるエリアの筈だ。条件を満たしていない状態で、勝手にこの場所にいるのは、あまりよろしくないだろう。仮に、探索しながらタイヨウくんが氷山エリアにたどり着くまで隠れているにしても、個人で持てるポイントは50ポイントまでだ。タイヨウくんがMAXまで集めたとしても7ポイント足りない。運営にバレる前にさっきの場所に戻った方が良いだろう。


「大会で失格になったら元も子もないし、一旦かえーー」


 私がさっきの魔方陣で帰ろうと後ろを振り返るが、目の前の壁には何も描かれていなかった。


「……どうやら進むしかないようだな」


 ふ、ふ、ふ、ふざけんなよぉおおぉ!!一方通行とか聞いてないんですけど!?


 私は背後の氷の壁に張り付き、無意味だと分かりながらも、現実を認めたくなくてペタペタと触っていると、ヒョウガくんの呆れたようなため息が背後から聞こえた。


「諦めろ。そんなことをしても時間の無駄だ。行くぞ」

「……はい」










 足元に気を付けながら一歩一歩、着実に進んでいると、開けた場所に出た。


 中心部には、古代民族が何らかの儀式でも行っていそうな凍りついた祭壇があった。そして、その祭壇の下には大きな魔方陣が描かれており、近づくのが憚れるような禍々しい雰囲気を放っていた。



「……何か、嫌な感じの場所だね」


 ヒョウガくんもそう感じているのか、眉間にシワを寄せながら警戒するように、ゆっくりと祭壇に近づいた。私もヒョウガくんに追従するように後をついていき、彼がしゃがみ込みながら魔法陣をじっくりと観察している姿を後ろから眺めた。


 ヒョウガくんは魔法陣をなぞる様に手で触れ、何かに気づいたように目を見開いたので声をかける。


「!これは……」

「何か心当たりでも?」

「あぁ、この魔法陣は……っ!影薄!隠れろ!」


 ヒョウガくんに引っ張られ、祭壇から離れた場所にある白く濁った分厚い岩のような氷の後ろに隠れる。そのまま氷に寄りかかり、彼が鋭い目つきで睨んでいる祭壇付近を注視した。


 コツン、コツンと誰かが歩いているような音が洞窟内に響く。その音は確実に私たちの方へと近づいていて、何故ヒョウガくんが隠れろと言ったのかを察し、息を潜めた。


 足音を響かせながら歩いていた人物の姿を視界に捉え、緊張で口の中が乾く。その謎の人物は、渡守くんやエンちゃん達と似たような黒いローブみたいなコートを羽織っていた。フードを目深に被っていて顔はわからないが、格好から察するに、精霊狩りワイルドハンドの仲間と見て問題ないだろう。


「ンで俺がこんな雑用しなきゃなんねェんだよ」

「もぉ〜。センくんそんなこと言わない〜」


 ……1人じゃなかったのか。


  黒いローブの人物は、予想通り精霊狩りワイルドハンドの仲間だったようだ。フードを目深くかぶり、猫背でガラ悪く歩いている、おそらく渡守くんらしき人物と、小柄で完全に顔を晒しているエンちゃんと一緒に行動している姿を見るに、間違い無いだろう。


「仕方ないでしょ〜?ボスの指示なんだからぁ!」


 ボスの指示?最悪なタイミングだな。一体どんな指示を受けて来たのだろうか。


「火山エリアの魔法陣が誤作動しちゃったから原因を調べなきゃでしょ〜!」


 私らが原因かよ!!人数的にも地の利的にも不利な今、彼らに見つかったら不味い。このまま身を潜めてやり過ごすのが最善だろう。


「ふん、わざわざあっちから出向いてくれるとはな、都合がいい」


 ヒョウガくんが得意げに腕輪に手をかけた瞬間、私は慌ててヒョウガくんの腕に抱きつき、物理的に止める事に成功した。


「ヒョウガくんストップ」

「か、影薄!?何をっ」


 なるべく声を潜めつつ、ヒョウガくんがバカな行動をやらかす前に先手を打たなければと、最もらしい理由を聞かせる。


「考えなしに突っ込むのはよくない。彼らを倒すのはいつでもできる。でも、下手に見つかって、これからの行動に支障が出たら不味いでしょう?まずは様子を見よう」

「わ、わかったから離れろ!」


 ヒョウガくんの返答を疑わしく思いつつも、何度も本当だと言うので仕方なく離れた。しかし、念のため服の袖をしっかりと掴み、絶対に飛び出さないよう保険をかけておく。


「つゥか火山エリアはお前の管轄だろ。俺まで巻き込むんじゃねェよ」

「そぉんなこと言ってもいいのかな〜?あの事。ボスにバラしてもいいんだよぉ?」

「あの事だァ?」

「そうそう。ヒョウガくんに負けるのが嫌で言いつけ破ってレベルアップしかけ……」

「だァあァァァ!!手伝えばいいんだろ!!手伝えば!!」


 渡守くんは大股でずんずんと歩いていく。エンちゃんは待ってよぉと気の抜けた声を出しながら追いかけていった。この場に残ったのは最初に現れた黒いローブの人物のみである。


 黒いローブの人物は祭壇をじっと眺め、動かない。


 ……2人を追いかけないのだろうか?あの人物は祭壇に用があってきたのだろうか?


 ピカリ、とエンちゃん達が歩いて行った方向で光が放たれる。転送魔法陣でも使用したのだろうか?微かに聞こえていた騒がしい声が聞こえなくなり、洞窟内は静まり返った。そして、魔法陣を作動させた余波なのか、少し強めの風が吹く。髪が揺れ、氷の外に飛び出さないように抑えながら黒いローブの人物の方を見ていると、黒いローブの人物のフードも揺れ、その素顔が明らかとなった。


 いや、正しくは素顔が明らかになったわけではなかった。その黒いローブの人物は、顔の上半分を隠すような仮面をつけており、完全には明らかになっていなかったが、私はその正体に気付き、驚きで目を見開いた。


「……誰だ?アイツは……」


 ヒョウガくんは彼に思い当たる節がないのか、俺が抜けた後に新しく入ったのかと呟いているが、そりゃそうだろうと心の中で頷く。彼が君の前に精霊狩りワイルドハントになっているはずがない。だって彼の正体はーーーー








 シロガネくんじゃん。


 どっからどう見てもシロガネくんじゃん。


 仮面で顔隠そうがあんな特徴的な髪型そうそういねぇよ。というか、ヒョウガくんはなんで気づかないんだよ。あんなお粗末な変装で分からないとか終わってんな。


 黒いローブの人物ーーあぁ面倒臭いな、もうシロガネくんでいいや。シロガネくんは祭壇を一通り見ると、満足したのかゆっくりとエンちゃん達が向かった方へ歩いて行った。私とヒョウガくんはシロガネくんが去るのを待っていると、先ほどと同じようにピカリと光が放たれ、そこそこ強い風が吹いてシロガネくんが完全にいなくなったという確信を得る。


「あの力強いマナ、只者ではなさそうだな」


 ヒョウガくんは氷の岩影から離れ、私の方を振り返る。


「奴らは暫く火山エリアに留まりそうだな。影薄、別のエリアに移動する手段を……影薄!?お前っ!!」


 私の方を見たヒョウガくんは驚いたように駆け寄る。一体なんなんだと戸惑っていると、私の両肩に手を起き、詰め寄ってきた。


「何故泣いている!?」

「へっ?」


 ヒョウガくんに言われ、自身の頬に触れてみる。すると、熱い液体のようなものが自分の手に当たった。


 私、マジで泣いてる。え?なんで?


 自分でも理由の分からない涙に困惑し、原因を突き止めるように心の中で自問自答をする。



 何で泣いてるんだろう。真面目に意味が分からな……


 そう考え込み、頭の中に浮かんだ答えにハッとなった。

 

 あ、そうか。


 私、安心したんだ。


 そう自覚すると、どんどん涙が溢れ、止まらなくなった。


 なるべく考えないようにしていたけど、本当は私のせいでシロガネくんが殺されていたらどうしようってずっと不安だったんだ。


 自分本意な理由だが、私のせいで誰かが死んでしまうなんて耐えられなかった。まるで、自分が人を殺したような気持ちになり、その事実を受け入れることが到底できなかった。だから、彼が生きていた事に酷く安心して、無意識に涙が流れたのだ。


 よかったと、生きてて本当によかったと思わず口から零れる。


 彼は生きている。まだ間に合うんだという事実にジワジワと心が暖かくなり、必ず助けて見せると決意した。


 ボヤける視界の中、ヒョウガくんが慌てながら泣き止まそうとしている姿を見えたが、まだ止まりそうにない。


 いや、マジで急に泣いてごめん。すぐ泣き止むから。後もうちょっとだけ待って。


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