ph18 ヒョウガとセンとーsideヒョウガー


「貴様……何してっ!くっ……コキュートス!」


 俺を庇うように覆い被さってきた影薄は意識を失い、そのままもたれ掛かってきた。それを体で受け止めながら自身の精霊を実体化させ、追い討ちをかけようとしているアケローンの攻撃から俺達を守るように前に出させる。


「ま、……マスター!マスター!目を開けてよ!……やだよ……死なないで!!ますたぁ!!」


 影法師は実体化し、泣きながら影薄に縋り付く。ピクリともしない影薄があの人と、何度も呼び掛ける影法師が昔の俺と重なり、嫌な記憶が甦る。


 過去のトラウマとも言える光景を思い出して手が震えた。その手を恐る恐る影薄の口元に当て、呼吸している事を確認すると、ホッと息をついた。


 ……大丈夫だ。影薄は生きている。あの時とは違うんだ。


 俺は記憶を振り払うように頭を揺らし、渡守センを睨んだ。


「へぇ……友達を庇うなんて涙ぐましい友情だなぁ……それとも」


 渡守センは俺と影薄に舐めるような視線を這わせると、嫌な笑みを浮かべた。


「恋人だったりすんのかぁ?」

「コキュートス!不義への断罪だ!!アケローンを外に吹き飛ばせ!!」


 俺は奴の戯れ言を無視しつつ、影薄にこれ以上怪我を負わせないよう、精霊と距離を離さなければとスキルを発動させて反撃する。


「何だよ、そんなに大事に抱えちゃってよぉ。……図星なのかぁ?」

「……っ!!」


 奴の挑発に乗ってはいけないと、唇をかみしめて耐える。


「キヒヒッ……安心しろよぉ」


 渡守センは俺を嘲笑しながら腕輪のついている手を上げた。


「あの方は生死は問わないっつってたからさぁ」


 奴の腕輪が禍々しく光る。


「二人仲良く……」


 精霊の力は拮抗していたはずが、一瞬にしてコキュートスが掻き消された。どうやらアケローンの力が増しているようだ。


 あの腕輪が関係しているのか?


「うぐっ!」


 コキュートスが消された事により、フィードバックのダメージを受ける。激痛が走り、立っていられなくなった俺は膝をついた。


 アケローンが攻撃体制に入っている姿を視界に捉えるが、痛みで精霊を実体化させる事が出来ない。


「マスターは俺が守るんだ!!」


 影法師が俺達の前に飛び出すが、影法師の力ではどうすることも出来ないだろう。力の差は歴然だ。逆にフィードバックで影薄に更にダメージを負わせてしまう可能性がある。


「地獄に送ってやるよぉ!!」


 渡守センが手を振り下ろすと、その動きに合わせるようにアケローンが此方に接近して来る。


 影法師を呼び戻そうにも間に合いそうにない。


 せめて、直接攻撃からだけでも影薄を守ろうと強く抱きしめ、迫りくる攻撃に備えて歯を食い縛った。





 轟音が部屋の中で響く。



 身を揺るがせるような衝撃音だった。



 しかし、予想していた痛みは来なかった。俺は現状を確かめる為、反射的に閉じてしまっていた目をゆっくりと開けた。


 すると、どこから現れたのだろうか。大きな黒い犬の精霊が、その大きな前足で、アケローンの頭を床にねじ伏せていた。


 かなりの力で抑えているのだろう。床にはヒビが入り、アケローンの頭が少し地面に埋まっている。


 そして、渡守センの抵抗をものともせずに、奴の首を鷲掴み、壁に押し当てている黒髪の男がいた。


「地獄に行くのはテメェだ」


 男の瞳孔が開ききっている。何かに怒っているようだった。


 この男は誰だ?俺達の味方か?それとも渡守センの関係者か?


「サチコを傷つけてんじゃねぇよ糞野郎……」

「あ……がっ……」


 どうやら男は影薄の知り合いらしい。俺は男が敵ではなかった事に安堵し、少し警戒を緩めた。


 男に押さえ付けられている渡守センは、痛みで呻き声を上げている。


「……ブラック……」


 男の感情のない声が静まり返った部屋に響いた。


「殺れ……」


 男が自身の精霊に指示すると、ブラックと呼ばれた精霊はアケローンの首に噛みつき、生々しい音を立てながら引き千切った。



「ぐぎゃあぁああぁぁあ!!」


 アケローンが消滅し、その痛みがフィードバックしたのだろう。渡守センは耳をつんざくような叫び声を上げる。


「あぅ……がっ!!」

「おい、寝てんじゃねぇよ」


 男は、気絶しかけている渡守センの頭を地面に叩きつけ、無理やり起こした。


「サチコの痛みはこんなもんじゃねぇんだよ」


 そして、渡守センの髪を掴んで頭を持ち上げる。



「ご自慢の精霊出せや」


 男はおぞましい程の殺気を垂れ流していた。そして、その殺気に呼応するかの如く、男から謎の黒いオーラのようなモノが現れる。


 何だあのオーラは……あの男は本当に人間なのか?


「1度なんざ生ぬるい……」


 







「何度でもぶっ殺してやる」

「っ、おい!」


 男は怒りで我を忘れていた。流石にこのままではまずいことになると止めようとするがーー。


「邪魔すんならテメェも殺す」


 男の殺気が俺の方へ放たれ、足が重くなり動かない。


 くそっ、影薄は何故こんな危険な男と知り合いなのか!!


 俺は影薄の交友関係に悪態をつきつつ、この男を止めるには影薄を起こす必要があると判断した。


「おい、影薄!起きろ!このままじゃまずいことになるぞ!」

「まずだぁーおぎでぇーべんじじでぇえぇぇ!!」


「おい!影う……」


 何度も呼び掛けていると、俺には無反応だが、影法師の声には反応して、ピクリと瞼を動いている事に気が付いた。


 こいつ、起きていないか?


 俺は無言で、影薄の背中の怪我をしているであろう場所に親指を置き、思い切り力を入れた。


「いだだだだ!私怪我人なのですが!!」


 俺の予想通り、影薄は起きていた。


 なんて奴だ……この状況で狸寝入りするか普通。


 俺は眉間にシワを寄せながら口を開いた。


「貴様の知り合いだろう。何とかしろ」

「嫌ですよ!今の先輩に関わったら絶対に録な事にならない。戦略的撤退です。ストップ二次被害。私は関わらない」


 ネクラ女の態度に苛立ち、自然と額に青筋が浮き出た。


「私が言っても止まるか分かりませんし、そもそも、先輩もさすがにその変はちゃんと弁えてーー」


 ネクラ女は黙った。


 男の状況を理解したのだろう。男は体から出ている黒い謎の不気味なオーラを纏い、渡守センの頭を何度も床にぶつけ、ブツブツと何かを呟いている。このまま放っておくと、本当に殺しそうな勢いだった。


「……なさそうですね、これ」

「分かったならさっさと止めろ」


 影薄は、深いため息をつくと、気だるげに起き上がった。



「先輩」


 影薄が男に声をかけると、先程までの殺気が嘘のように一瞬にして収まった。


 そして、男は満面の笑みを浮かべながら影薄に駆け寄る。


「サチコ!!」


 影薄は男の変わり身の速さに引いているのか、顔を引きつらせながら一歩後ずさっていた。


「それ以上はやりふぐぅ!!」

「サチコ!大丈夫か!?怪我は!?どこも痛くねぇか!?」

「あだだだだだ!痛い!先輩が抱きついたせいで現在進行形で痛いです!」

「わ、悪い!」


 男が慌てて影薄から離れようとするが、影法師も男に続くように影薄に抱きついた為、よけいに密着していた。


 影薄は男と影法師に挟まれ、苦しそうに顔を歪めている。


 ……これは助けた方がいいのか?


「ま゛ずだぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛」

「い゛っ~、だから影ほう……」

「じんじゃったがどおもだぁ~」

「……影法師」


 影法師は大声を上げながら泣いている。影薄が引き離そうと押しても嫌だと首を降り、強く抱きつく。


「よんでもぜんぜんおきないじ、おで、おで」

「……うん、ごめんね影法師」

「まずだぁのばがぁ!!」


 影薄は流石に悪いと思ったのか、眉をハの字にしながら影法師の頭を撫でている。


 男も便乗するように頭を押し付けているが、男に対しては、少し面倒そうな顔で撫でていた。


 殺伐とした雰囲気が収まり、緊張が緩んだ事で、ふと今の状況を思い出した。


 男と影薄がどんな関係かは知らないが、今は感動の包容をしている場合ではない。渡守センを捕まえなければ。


「貴様ら!そういうのは後にしろ!速く渡守センを……!?」



 俺が渡守センが倒れている方向へ顔を向けると、奴の姿が消えていた。


 どうやら俺の判断は遅かったようだ。













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