閑話1ーsideクロガネー


 アイツと出会えなかったら今頃俺はどうなっていただろうか……そう、柄にもなくたらればの話を考える時がある。






 アイツを始めて見掛けたのは、小さなショップ大会でマッチをしている姿だった。



 あの時の俺は、五金家の恥だと言われ、敷居を跨ぐ事は許さないと実家から追い出されたばかりだった。一応、五金に連なるモノとしてみすぼらしい姿を世間にさらせないと最低限の衣食住を与えられていたのは幸いだったが、あぁこれで完全に見限られたんだと自暴自棄になっていた。


 手当たり次第にショップ大会に出場し、相手を叩きのめす事で鬱憤を晴らしていた俺は、同じように相手を力で捩じ伏せて勝利するアイツの姿に目を奪われた。


 決勝でアイツと戦った時は、隙のないプレイングに圧倒され、完膚なきまでに叩きのめされた。敗北して腹立たしいはずなのに、何故かアイツの鋭い眼差しにゾクゾクしたんだ。







 大会後、アイツは忽然と姿を消した。もう帰ってしまったのかと慌ててブラックを呼び出して探し、何とかアイツを見つけることができた。

 必死に駆け寄り、何も考えず口を衝いて出た言葉は再戦の申し出だった。



 結果は……再戦をするどころか、名前を聞くことすらままならなかったが……。




 アイツが再戦を断った理由は最もで、俺は何も言い返せず、アイツの背中を見送ることしか出来なかった。

 それでも俺はアイツと会いたくて、マッチをしたくて一日でも速く再戦できるようにデッキ調整をした。


 俺は、一晩かけてデッキ調整が終わるやいなや、流行る気持ちが押さえられず、ブラックにアイツを見つけるまで帰って来るななんざ、無茶な命令をしてしまった。でも、それぐらいアイツに会いたかったんだ。そして、アイツを見つけたとブラックから報告を受けた時は、喜びで心が震えた。



 時間の経過が今までで一番長く感じ、どうやったらアイツと上手く話せるかとシミュレーションして時間を潰した。そして、放課後になると、約束のバトルフィールドまで急いで向かった。


 なかなか来ないアイツに、時間も指定していれば良かったと後悔しつつ1時間ほど待っているとアイツが姿を現した。


 ブラックに茶々を入れられたせいで考えていた会話のシミュレーションは全部流れちまったが、マッチするのかと聞く好戦的なアイツの目を見てるとどうでも良くなった。




 念願のアイツとのマッチ。今度こそ負けるわけにはいかねぇと意気揚々と挑んだのに……アイツの弱さに失望した。


 大会での圧倒的な強さなど見る影もなく、俺の攻撃になす術もなくやられるアイツの姿にどうしようもなく苛立った。アイツが勝利に貪欲にしがみついて来たのなら良かったかもしれねぇが、実際は負けるかもしれねぇという状況でアイツは余所見しながらヘラヘラ笑ってやがったんだ。




 ふざけるなと怒りがわいた。


 何で負けそうになってんのに笑ってんだと、あの時の、勝利を渇望していたお前は何処にいったんだよと……。


 結局お前もそこらの有象無象と同じなのかと幻滅し、もういいと、アイツに何を期待していたんだと諦めた時、アイツは……あの状況からたった1枚のカードで逆転しやがった。

 攻撃のフィードバックで全身に激痛が走る中、アイツが真っ直ぐに俺を見つめる瞳を見て、俺は自分の心の中にあった苛立ちの原因を理解した。


 負けたら五金家の癖にと、勝ったら五金家だから加護持ちだから当前と言われ、誰も俺を認めてくれなかった。だけど、アイツはずっと俺と向き合ってくれていたんだ。今まで会った腐った奴等のように五金家とか加護持ちとかそういった色眼鏡はなく、俺個人を真剣に見てくれていた。


 勝利に貪欲な姿とか、圧倒的な強さとかそんなのはどうでも良かったんだと、俺はただ、俺という存在を真っ直ぐに見てくれる存在が欲しかったんだという事に気づいたんだ。


 その瞬間、俺は始めて穏やかな気持ちで敗北を受け入れた。


 だが、情けねぇ事にあのまま痛みで気絶した俺は、目が覚めると薬品の匂いが漂うベッドの上にいた。ここは何処だと辺りを見渡すと、アイツが直ぐ側の椅子に座っていた。


 何を言えばいいか分からなくて、黙って塞ぎ込んでいると、アイツは名前を教えてくれた。


 影薄サチコ…そう、名乗ったんだ。


 脳裏に焼き付けるように何度も心の中で呟く。やっとアイツの名前を知れたと歓喜していると、アイツは…サチコはもう用はないと立ち去ろうとしていた。


 その姿に親父が重なり、サチコも弱い俺に失望してしまったのかと焦燥に駆られ、どうか俺から離れて行かないでくれと腕を伸ばしたのだが、俺の考えは間違っていたようだった。サチコは俺の弱さに失望していなかった。ただ親が心配していたから帰ろうとしていただけで、失望するどころか、俺という存在を受け入れてくれていたのだ。負けてもいいんだと、敗北から学び、それを生かせれば経験になる。そうして強くなっていけばいいと、俺に優しく教えてくれたんだ。



 嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、それから毎日、サチコが許してくれる限り会いに行った。

 マッチをしている間は、サチコはずっと俺を見てくれる。それがサチコを独占しているみてぇで心がすげぇ満たされた。


 サチコに勝っちまった時、アイツの側に入れなくなったと悲観していたが、ブラックがマッチしたけりゃすればいいだけだろ言うだけ言ってみろと、背中を押してくれたおかげで、サチコとのマッチに理由なんていらないんだと知り、心が軽くなった。


 だが、俺が自分の都合を押し付けすぎたせいでサチコに拒絶されてしまった。冷たい瞳で近寄るなと言われた時は死にたくなった。


 これ以上サチコに嫌われたくなくて、でもどうしたらいいのか分からなくて、アイツの姿を後ろから眺める事しかできなかった。


 昼休みによく飲んでるパックジュースを見て、ミルクティーが好きだと知った時は紅茶を入れる練習をした。チョコレート菓子をよく食っているのを見て、サチコの好きな紅茶に合いそうなチョコレート菓子を作る練習をした。

 そうしてサチコを眺める日々を過ごしていると、ふとした拍子に自分の行動を省みて思った。いや、気づいちまった。


 これ、完全にストーカーじゃねぇか!!と…。


 俺は頭を抱えて、今すぐ尾行を止めようとしたが最悪なタイミングでサチコに見つかっちまった。


 正直、終わったと思った。


 ストーカー行為なんざ気色悪ぃ。完全にサチコに嫌われたと思って血の気が引いたが、優しいアイツは許してくれた。


 俺は今までの自分の行いを反省した。サチコの優しさに甘えてばかりはダメだと、もう二度とサチコに迷惑をかけねぇと心に固く誓った。それなのに、シロガネのせいでまたサチコに迷惑をかけてしまった。更には、サチコには黙っていた俺の体質まで暴露されてしまった。


 今度こそサチコに嫌われると恐怖し、どんな顔してサチコと向き合えばいいか分からなくなっていた時、優しいサチコはいつも通りにマッチをしようと笑ってくれた。


 俺はそのサチコの綺麗な笑みに釘付けになった。サチコの笑顔を見て、サチコにだけは負けたくないと強く願った。サチコよりも誰よりも強くなって、この笑顔を守りたいと…そう、思ったんだ。




 サチコがシロガネとチームを組むと知った時はもの凄く嫌だったが、アイツがしたいことならと我慢した。

 けれど、せめて俺のカードを持っていて欲しいと思った。サチコの役に立つなら俺なんかよりもサチコに使って欲しいと思ったんだ。



 サチコに渡した影鬼は、俺がもっと小せぇ頃に、親父にサモナーとしての運命力を鍛える為、自分の主力モンスターを一発で当てろと1パック分の金だけを渡されて放り出されていた時に、たまたま同じカードショップに買いに来ていた同い年ぐらいの奴と一緒に選んだパックだった。


 モンスターカードが当てられなかったらどうしようと悩んでいた時に、ソイツはじゃあ自分のパックを選んでくれと言ったんだ。それでモンスターカードが当たらなくても大丈夫だろうと、俺のパックを選ぶ練習になるだろうと言ってくれたんだ。


 俺はソイツに言われるまま、影属性のパックを選び、運良くレベル3の影鬼を当てる事ができた。


 モンスターカードが入っていた事が嬉しくてソイツに言うと、ソイツはなんとそのパックをあげるなんざ言いやがったんだ。モンスターを当てないと帰れないならちょうどいいと、選んだのは君なんだから君が持っていればいいと。

 それは悪いと返そうとしたが、ソイツは並んでいる影属性のパックを素早く取ると、レジに並び、さっさと帰って行ってしまった。


 あれからソイツと会うことはなかったが、遠い昔にこのカードを譲ってくれた名前も知らない、顔も思い出せなくなっちまったアイツも、断る俺に無理矢理渡したのは、こんな気持ちを抱いていたからだったのだろうと思った。


 俺の代わりにサチコの側にいて欲しいと、俺を救ってくれたこのカードがサチコを守ってくれるように、サチコの力になってくれるようにと願った。






 俺はサチコに出会えず、あのまま自棄になっていたら道を踏み外していたかもしれねぇ。サチコという親友と出会えて本当に良かったと思っている。そう言うとブラックは何故か呆れた目をしていたが、お前がそう思ってるならそれでいいと言った。


 明日はいよいよSSCだ。サチコが俺以外の野郎とチームを組む姿はあまり見たくはねぇが、応援しに行こうと思う。











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