ph7 今日は女子会の日


 クロガネ先輩と再戦し、彼の家庭事情を聞いたあの日から私は毎日のようにクロガネ先輩とマッチしていた。平日だろうと休日だろうと構わずマッチしようぜと誘う先輩は本当に面倒臭い。何度かマッチして、遂に私が負けた時はこれで解放されると喜んだのだが、奴はその翌日もマッチしようぜと現れた。お前は海産物一家の息子を野球に誘うとこぞの友人か!!最初とキャラがブレブレじゃねぇか!!


 この状況が1ヶ月近く続き、さすがに堪忍袋の緒が切れた私はクロガネ先輩に暫く近づくなと冷たく拒絶した。クロガネ先輩は私の言葉にショックを受けたのか、顔が青くなり、デッキケースをポトリと落としが、正気に戻ると、ゆっくりとデッキケースを拾い上げ、ブラックドッグに支えられながらヨロヨロと去っていった。


 少し言いすぎたかと罪悪感が湧いたが、まぁ先輩のメンタルなら大丈夫だろうと気持ちを切り替え今日は平穏に過ごせると安心していたのだが……。






 これは純朴な少年を傷付けた罰なのだろうか?昼休みになったとたんにクラスメイトの女子3人に囲まれた。


 彼女等の目に敵意はなかったが、ランランと目を光らせており、何かを聞きたそうな雰囲気だ。しかも3人のうち1人はヒロイン力100%の打上ハナビちゃんである。


 これは、下手な罵倒よりも嫌な予感がする。私の選択肢は逃げの一手だ。三十六計逃げるに如かず。昔の人は良い言葉を残したものだ。その教えにあやかろう。


「サチコ!今日は一緒にお昼ごはん食べるわよ!」

「……あー、ごめん。私今から用事がーー」

「パンケーキ!!」

「ひぃっ!?」


 私の言葉に被せるように影法師が3人の内の1人、黄緑色の髪を三つ編みにし、大きな丸メガネをかけた女の子。柏木かしわぎモエギが何故か持っているパンケーキに飛び付いた。おい、お前は何をしているんだ。パンケーキはまた私が焼いてやるから今は止めろ。いや、本当に後生の頼みだから戻ってきなさい。普段あんだけマスターマスター言ってる癖に食い気の方が勝つのかよ。


「逃げようったってそうわいかないわよ!アンタの精霊の弱点は分かってるんだから!!」


 始めにお昼に誘ってきた山吹色の髪の勝ち気な女の子。蝶野ちょうのアゲハは腰に手を当てながら得意気に指を差す。


「私達アンタに聞きたい事があるんだから!!」

「あ、あ、あ、あのですね…その、む、無理にとは…その……」

「パンケーキ!パンケーキ!」

「もう!モエギしっかりしなさいよ!アンタが一番気にしてたじゃない!!」

「で、でででも、その……」

「パンケーキ!パンケーキ!」

「でもじゃないし吃らない!別に悪いことしようとしてる訳じゃないんだしもっと堂々としなさいよ!」

「ご、ご、ごめ……」

「パンケーキィ!!」

「すぐ謝らない!!」

「ひぃ、ごめ…あっ、ちがっ……」


 か、帰りてぇ……。何このカオスな状況?これならまだクロガネ先輩とマッチしてる方が良かったかもしれない。そして影法師、パンケーキパンケーキうるさいぞ。


 この場をどう乗り切るかと思案していると、肩を指先でちょんちょんとつつかれた。そちらに視線を向けると、困った顔をしたハナビちゃんがいた。


「急に誘ってごめんね。…でも私も前からサチコちゃんとお喋りしたいなって思ってて…これがきっかけになれたら嬉しいなって……勿論、無理にとは言わないよ!ただ、嫌じゃなければ少しだけお話出来ないかなぁ、なんて思ったりして……」


 天使かな??さすがヒロイン。優しさに溢れている。美少女にこんなお願いされて断れる奴いるのか?いないだろ。彼女に惚れて玉砕していった男の子達の気持ちがわかった。


 彼女のお願いに負けた私は、彼女等がいつもお昼を食べているという屋上について行った。





 屋上は始めて来たが、とても居心地の良い空間だった。学園の綺麗に手入れされた中庭が一望できるし、屋上には花壇とベンチもある。日当たりも良く、お昼を食べるのに最適な場所だった。


 私達はベンチに座ると各々のお弁当を広げ、頂きますとお行儀良く手を合わせてから箸をつけた。


「で、五金先輩といつから付き合ってんの?」

「ごふっ!!」

「サチコちゃん大丈夫!?ハンカチ使う!?」

「はわわわわ」


 いきなりアゲハちゃんに切り出され、思わず水筒のお茶をこぼしてしまった。


 嫌な予感程当たるとはよく言ったもんだ。予想していた中でも最悪なテンプレ質問が来た。いや、本当に勘弁してくれ。小学生特有の男女が一緒にいるイコール付き合っているという謎の方程式は今すぐ消え去って欲しいと心の底から願う。


「付き合ってないよ」


 私の答えに納得がいかないのだろう。アゲハちゃんは不満そうに口を尖らせている。


「嘘よ。あんなに一緒にいて付き合ってないとかありえないわ。休み時間の度にうちの教室に来てアンタを連れてどっかに行くし、毎日登下校もしてるじゃない」

「いや、それには本当に浅いけど深い事情がありまして……」

「はぁ?それどんな事情よ」

「色々あってマッチする仲になっただけで本当にそういう関係じゃないから」

「そこです!!」


 さっきまでの吃りはどうしたんだと聞きたくなるくらい、モエギちゃんは大きな声を上げると立ち上がった。


「五金先輩と言ったら孤高の一匹狼!!ストイックにサモンマッチの腕を磨き、誰も寄せ付けず、強い信念を持った加護持ちのサモナー!常に妥協せず上を目指す姿は気高く、荒々しい雰囲気の中に美しささえ感じるお人で隠れファンクラブもあるという尊いお方!!」


 え?これ誰の話?私の知ってるクロガネ先輩であってるのか?あの人ファンクラブとかあったのか。確かに、目付きも柄も態度も悪いが顔はイケメンだったな。それに財閥の息子だしな。寄ってくる女生徒はいてもおかしくない。金持ちでイケメンとかあいつ人生イージーモードか。いや、親ガチャは失敗してるからトントンか?


 こんなに嬉しそうに語ると言うことは、モエギちゃんはクロガネ先輩のファンの1人なのだろうかと思いながらウインナーを咀嚼していると……。


「しかし!最近は孤独を貫く先輩に1人の愛しい存在が現れた!!」


 ……ん?雲行きが怪しくなってきたな?話の転換に嫌な胸騒ぎを覚えつつ、ウインナーを飲み込む。


「その存在は影薄サチコ!黒髪ロングのミステリアスな美少女!寡黙なクール系かと思いきや、心に熱い魂があり、サモンマッチとなればその知性のある瞳に炎を灯し、激しいマッチをするギャップが堪らないと一部から人気がある!タイヨウくんとの試合で見せた微笑みで落ちた少年達がいるとかなんとか!!」


 ちょっと待て、それは誰の話だ?私とは別の影薄さん家のサチコちゃんじゃないのか?もし仮にそれが私だと言うのなら君は早くメガネ屋に行って新しくメガネを購入することをオススメする。断言する。君のメガネは壊れている。そして影法師、パンケーキを食べながらウンウン頷くな。大人しく食べてなさい。


「二人は突然の出会いから惹かれあい…数々の困難を乗り越え恋人に…」

「全然違います」


 このまま喋らせると飛んでもない方向に話が飛びそうだったので無理やり介入する。


「私と先輩はたまたま近くの大会で会ってーー」

「そこから二人の仲は発展して行ったんですね!!」

「ごめん、一旦恋愛から離れてくれない?」


 どうあっても私と先輩をくっつけようとしてくるモエギちゃんに疲れ、助けを求めようとハナビちゃん達を見るが、二人はモエギちゃんのこの様子に慣れているのだろう。アゲハちゃんはまた始まったと言わんばかりに頬杖をついて手作りのサンドイッチをかじっており、ハナビちゃんはごめんねという風に眉をハの字にしている。成る程把握した。モエギちゃんは恋愛オタクなのか。一番聞きたがっていたとはそういう事か。母親秘蔵の少女漫画貸すから止めない?


 私は吐き出したくなるため息を堪え、冷静な口調で続けた。


「休日にサモンマッチの大会があったから予定もなかったし参加して、そして勝ち上がって決勝で当たったのが先輩だったの」

「そ、それで!サチコさんは先輩の強さに惹かれたの!?」

「いや、その時は私が完膚なきまでに叩きのめした」


 モエギちゃんの目が点になる。二人も予想外だったのか、目を丸くしていた。


「それでプライドが傷付いた先輩に再戦を申し込まれてまたマッチしたんだけど、2回目も運良く勝ててね。そしたら負けず嫌いの先輩が勝つまで勝負を挑んできた。ただそれだけだよ」


 私が言いきると、内容が期待はずれだったのか、モエギちゃんが残念そうに腰を下ろした。


「じゃあ今日教室に来なかったのはアンタに勝ったからなの?」

「…まぁ、そんなところかな」


 アゲハちゃんは納得したのか、ふーんと呟くと、またサンドイッチを食べ始める。実際は、とっくに負けてて今日は冷たく拒絶したせいでなのだが、それを言うと誤解されそうなので黙っておこう。


「……じゃあ先輩の片想いか」

「だから何でそうなる!」


 アゲハちゃんの台詞に思わずツッコんでしまう。なんだ?この子も恋愛脳なのか?何処をどう取ったら今の話で恋愛に結び付く!!


「アンタがいない時に来た先輩がどんな顔してるか知ってる?こーんな風に眉間にシワ寄せて去っていくのよ?先輩があんなに笑うのはアンタの前だけよ。完全に黒でしょ」

「クロガネ先輩と会ってもサモンマッチの話しかしていないんだけど。好きな人とマッチの話しかしないとかありえないでしょう。そもそも、サモンマッチバカの先輩に恋愛って感情があるのかすら謎なんだけど」

「いや、あれは絶対アンタに惚れてるね。サモンマッチバカってんならハナビ、アンタも先輩を落としたサチコのテクニック聞いといた方がいいんじゃない?」

「な、何でそこで私が出てくるの!!そもそも私はタイヨウくんとはそんな…」

「あれぇ?あたしは別にタイヨウの事なんて言ってないけどぉ?」

「アゲハちゃん!!」


 何故かクロガネ先輩が私に惚れているという可哀想な話になりそうだったが、アゲハちゃんの標的はハナビちゃんに変わったようだ。これ幸いと話しに乗っかる。ハナビちゃんには悪いが犠牲になってもらおう。


「あ、やっぱりハナビちゃんってタイヨウくんの事好きだったんだね。いつからなの?」

「サチコちゃんまで!!」


 ハナビちゃんは首まで顔を真っ赤にして慌てている。可愛いな。さすヒロ(さすがヒロインの略)タイヨウくんは何でこんなに分かりやすいのにハナビちゃんの好意に気づかないのだろうか?これも主人公ならではの鈍感力みたいなもののせいか?


「それはですね!!」


 モエギちゃんがずずいと話題に入ってくる。この子。普段は大人しくて吃りまくってるのに恋愛の話になると饒舌になるな。本当に恋愛話が好きな。


「タイヨウさんとハナビさんの出逢いは幼稚園の時です!ハナビさんが名前で男の子達に苛められていた時にーー」

「モエギちゃん!!」

「あー、あの話ね」


 ハナビちゃんとタイヨウくんの思い出エピソードはこの三人では周知の話だったらしい。アゲハちゃんは聞き飽きたという風に半目になりながら紙パックのジュースを飲んでいる。


「べ、別に好きになったとかそんなんじゃなくて、昔タイヨウくんに助けてもらった話ってだけで……」


 顔を真っ赤にしながら声が小さくなっている姿に説得力ないなと思いつつ、聞いてもいいのかと確認のように彼女をじっと見つめると、ハナビちゃんは観念するように自分から話し始めた。


「花火って夜にする事が多いでしょう?私の名前打上ハナビって言うから、男の子達から花火の癖に昼間に出てくるなーってからかわれる事が多くてね」


 ハナビちゃんは当時を思い出すように目を細める。


「だから、私自分の名前が嫌いだったの。この名前のせいで苛められるんだって思っちゃって……でもある日、からかわれている所に居合わせたタイヨウくんが駆け付けて男の子達を追い払ってくれたんだけど……私、不貞腐れちゃってタイヨウくんに八つ当たりしちゃったの……どうせ君ももそう思ってるでしょって助けてくれたタイヨウくんを突き放しちゃったの」


 小さい子って名前でからかったりする事が多いからな。それにハナビちゃんは可愛いし、その男の子達ハナビちゃんに惚れてたのでは?だから構って欲しくて苛めてたとかありそうだな。全国の気になる子を苛める諸君。相手の子に君の気持ちが伝わるどころか嫌われる可能性が高いから今すぐ止めることをお勧めする。


「そうしたらタイヨウくん走って何処かに行っちゃって……でも直ぐに手持ち花火を持って戻って来たの……それで一緒に花火をしようって誘ってくれて…朝とか夜とか関係ないって、花火はいつやっても楽しいって…俺はどっちの花火も好きだから気にするなって言ってくれたの」


 タイヨウくんの人間性ヤバすぎないか??まだ幼稚園児だろう?本当に人生1週目なのだろうか…。私みたいに前世あったりしない?既に人格が出来すぎていていて末恐ろしいんだが…。


 ハナビちゃんは可愛らしく両頬に手を当てながらえへへと笑っている。何だそのあざと可愛い仕草は。様になってるな。さすヒロ。


「だから、それから自分の名前が好きになったのって話なのに二人が勘違いしちゃって……」


 いや、勘違いではないな。ハナビちゃんは確実にタイヨウくんに惚れている。手鏡で自分の顔を見て欲しい、恋する乙女の顔が映ってるから。


「アゲハちゃん、ハナビちゃんは無自覚?恥ずかしいだけ?」

「無自覚」


 なるほど。それは厄介だ。主人公とヒロインが揃って鈍感とかありえるのか?いや、むしろ主人公とヒロインだから鈍感なのか。そうすれば話は作りやすいし、焦れったい恋模様で話が展開できるからな。


「マスター、おれ…もうお腹いっぱい」


 パンケーキをたらふく食べた影法師は満足したのか私の側に戻ってくると私の影の中に入って眠ってしまった。そしてちょうど良く、昼休みの終わりを知らせるチャイムがなる。


「授業が始まっちゃう!!急いで教室に戻らなきゃ!!」


 三人は慌ててお弁当をしまっている。特にモエギちゃんは話しに夢中になってお弁当を半分ぐらい残していた。

 私?私は既に食べ終えてお弁当も畳んでいる。


 私はのんびりと立ち上がり、三人の準備が終わるまで待っていると、ハナビちゃんが駆け寄って来た。


「今日は本当にありがとう。五金先輩との関係が気になってたのは本当たけど、私達、前からサチコちゃんと仲良くしたいなって思ってたの…だから今日こうやって話せて本当に楽しかった…また話せたら嬉しいな」


 ハナビちゃんは自然な仕草で小首を傾げる。マジでそういう所だよ!!本当にヒロイン力高ぇな??

 

 なるべく避けたいと思っていた人物に話しかけられ、今日は厄日だ。二度と話しかけられないようにしようとか考えてたのに気づいたら私の口はこう動いていた


「も、もちろん…ヨロコンデ」

「本当?ありがとう!!」




 いやぁ…もう、本当に…さすヒロ。



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